第14話 雷となる

「ああん、騎士長ぉ」

「……状況は」


 クラウスは努めて冷静に言葉を返した。聖女近衛騎士隊エアフォースの召集と、客人であるラインハルト・パーシバル公子の護衛をイオリアに任せた後、その姉、エオリアには、城塞都市マイカ全体の状況把握を求めた。

 実はクラウスは、エオリアが苦手であった。扇情的に男を誘うような甘い話し方。漂う甘い香水の香り。妙に艶かしい身体の曲線は、いまのクラウスには目にすることが出来ないが、二年間のそれよりも進化している事だろう。年齢はシホより二つ上のはずだが、そうだとしても、あまりにも『女性』の部分での差が激しい。その理由を、クラウスは知ってもいた。

 エオリアとイオリアは、幼くして天空神教に従者として仕えた。教会組織に仕えるようになったのは確か、姉が十に満たない頃だと聞いている。それ以前は、娼館で生活していたのだという。母親は娼婦で、父親はわからない。生まれついての環境で、ある程度まで育った二人は、「そういう趣味の客もいる」と、娼館の主から強制されて、客を取ってもいたのだという。その事が内部の密告で王国に通報され、その娼館は取り締まりの対象となり、取り潰しとなったそうだ。密告者はカロラン姉弟きょうだいの母親だったらしいが、それを確かめる術はもうない。彼女は取り締まりの際、治安維持騎士団が娼館に踏み込んだどさくさの中で、娼館の主である女に殺されている。

 カロラン姉弟にはそうした事情があり、姉だけを唯一の肉親と頼りにしながら、守っても来たイオリアと、弟だけは守り通すと、汚れ仕事も引き受けてきたエオリアのいまには、その事情が大いに反映されている。彼女の話し方や、纏う香り、身体付きを魅せる服装や仕草などは、そうした必要にかられて身につけたものだ。

 それを全て理解した上でも、クラウスは彼女が苦手であった。彼女の板に付いてしまった話し方を耳にすると、自分の過去を思い出すからだ。本当の父親に捨てられ、母親に見放され、失意のうちに教会の門を叩くに至った、自分自身の過去を。

 自分には、守る何かがなかった。だから、シホを見出だした前最高司祭からシホを任されるまで、あらゆるものを捨ててきた。死んでいた、と言っても過言ではない。だが、エオリアには、守るものがあった。娼館にいたときも、教会で従者として務めるようになっても。だから必死だった。必死で、生きるための力を求めた。エオリアの声には、その必死だった頃の悲しみが含まれている。そしてその事を、おそらく本人も気付いている。演じている、と考えている。それを感じる事が、クラウスには辛いのだ。


「騎士長の想像通りねぇ。敵は中から発生したんだと思うわ。まあ、あんな金属のお人形さんが歩いて街に入ってきたら、目立つわよねえ」

「数は?」

「百か、それ以上。増えてはいないから、発生源がまだあるわけではなさそー。あ、それからぁ、あたしたちが感じている魔剣の気配は、間違いなくあれから出ているわねえ」


 彼女が話すたびに、甘い香りが揺れる。シホを前にしている時とは、まるで異なる緊張感をクラウスは抱く。


「発生源は、いまはないのだな」

「たぶんねー。ん、あれぇ、もしかしたら……」


 エオリアが何かに気づいたように言うと、クラウスの隣にいた彼女の気配が。遅れて暖かい風が吹き付けられてくる。彼女の持つ魔剣フラムの力で、彼女は短い時間であれば熱風を推進力にして宙を舞うことが出来る。いま、クラウスに吹き付けているのは、彼女が纏った風だろう。


「あー、騎士長、いたと思う。見つけたわあ」


 妙に間の抜けた声が頭上から降ってくる。


「男がお人形さんに追われてるぅ。右手の通りに、いま出てくる。……さあん、にい、いち……いま!」


 クラウスは、取り立てて急ぐこともなく、エオリアが指定した右方向を見た。その瞬間、通りに轟音が響いた。

 目視出来ないクラウスには、一瞬、何が起こったのかがわからなかった。が、その後の粉塵や、木材が崩れる音を聞き取ったクラウスは、それで通りに面した家屋のひとつが爆発したのだ、と悟った。


「ああー、だめだったわねえ。逃げられなかっみたいー」

「……発生源か?」


 エオリアの香りと暖かい風がすぐ隣に近づき、クラウスは囁くように聞いた。


「たぶんねー。いま、この通りのど真ん中に倒れてる。家ごと吹き飛ばされたから、生きてはいないんじゃないかしらぁ?」


『追われていて』『逃げられなかった』『男』ということは、発生源は人だった、ということになる。どんな方法を使って、あの敵を城塞都市内に招き込んだかはわからないが、エオリアの対象観察は正確だ。間違いなく、その男が発生源だっただろう。風の力を使い、流れてくる遠くの物音も感じとることの出来るエオリアは、おそらくこのマイカに起こった異変の発生源の、息づかいや足音を聞き取ったのだろう。もしかしたら、吐き捨てる台詞まで聞こえたかもしれない。魔剣フラムグラスは二本で一対の魔剣だが、カロラン姉弟は二本を一本ずつ使用している。エオリアの方がいくらか魔剣に対する適応が高く、魔剣の特性たる数々の魔法の力を習得していた。

 いま、その発生源の男は、通りに倒れている、という。その直前の爆発。さらにその直前には、人形に追われていた、という状況。クラウスは感覚を研ぎ澄ませた。どんな方法かは置くとして、男を巻き込んだ爆発は、あの魔剣の気配を持つ敵によるものだ。崩れた家屋の粉塵の向こうに、その無数の気配をクラウスは感じ取った。


「……推して参る」


 クラウスは腰を落とすと、『イアイ』の構えを取り、一本目を踏み出した。そして二歩目には、全速力になって飛び出す。腰に帯びた魔剣『雷切らいきり』に、魔力が注ぎ込まれていくのを感じる。その魔力の流れ込み方が、速い。クラウスは右手に握った雷切の柄に意識をやる。柄巻つかまきの上から巻き付けた別の紐と、その先に付いた飾り石に、青い魔力が流れ込んでいる想像が伝わる。つい先ほど、フィッフスから譲り受けたものだが、彼女が言っていた通りの効果を発揮している様子だった。クラウスは自分の移動速度が常人を超える瞬間を感じた。敵の群れが、目の前に迫る。

 雷切を握る右手に力を込めたのと、敵が動いたのはほぼ同時だった。敵の群れから感じられる魔力が大きくなった、と思ったのも一瞬、その魔力がこちらに向けて、いく筋もの帯となって飛来した。おそらく、家屋を破壊した魔法の力であろう、と瞬時に閃きはしたが、クラウスは足を止めることはしなかった。飛来する魔力の帯を、ぎりぎりで避けながら、さらに踏み込む足に力を込める。頬に、肩に、足に、魔力の帯が擦過さっかし、熱い傷を作るが、構わず敵との距離を詰めた。

 敵との距離が無になる刹那の前に、クラウスは雷切を鞘から解放した。鞘の中を滑り、速度を増した一刀は、その瞬間に魔力の臨界を迎えた。抜き放たれたカタナの刃は強力な雷の魔力を帯び、その一刀で手近にいた敵四、五体をなで斬りにした。さらにクラウスは止まることなく、返した刃で袈裟懸けの一刀を振り下ろす。刃に宿った雷の魔力が解き放たれ、その直線上にいた敵が解き放たれた青い雷に撃たれて倒れる。


「そんなに一直線に攻めなければ、騎士長なら無傷ですむ相手じゃなあい?」


 いつの間にか背後に立ったエオリアが言った。


「そんな時間はない」

「まあったくぅ、真面目なんだからぁ。でもそういうところが……」


 エオリアがその先に何を言おうとしたのかは、わからなかった。クラウスは新たな雷となって走り出していたからだ。臨界を迎えた雷切の魔力が、クラウスに視力を取り戻させる。初めて目にした敵の姿は、確かに金属性の人形だった。金属の塵を重ね合わせて人形にしたような無骨な姿が、無数の赤い魔力を帯びのように飛ばして反撃してくる。が、クラウスが全身に纏った雷が、その帯を自動的に迎撃する。クラウスは最早避けることすらなく、一直線に敵の群れに飛び込むと、再び十体に迫る人形を一瞬で切り伏せた。

 より速く。より強く。シホに仇なす敵を斬る。それが、シホと出会うことで生かされ、シホによってこの世に引き戻された自分が、いまもなおこの世に存在する理由。自分に二度も生を吹き込んだ彼女の為に、仇なす全てを討つ、雷となる。

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