第4話 罪。そして、贖罪

「我々からお伝えしたいのは、今後です」


 ルディという男の声には、その場を一瞬にして仕切り直す色がある。話し方は投げやりでありながら、絶妙な瞬間に、絶妙な大きさ、強さで話されるからだと、ラインハルトは気づいた。


「フランベルジュはラインハルト様を狙うでしょう。彼の剣も、我々が封じるべき対象であるし、力の大きさから考えても、当然、捨て置く訳にはいかない存在です」

「しかし、先の戦いで、わたしたちは、ある百魔剣の使い手たちと遭遇しています。彼らがオード王国の兵力に数えられている様子もあった。こちらも捨て置くことは出来ません」

「すでに神聖騎士団は、次の要衝の攻略に入った、との報告もあった。我々も行動するのであれば、急がなければならない」


 ルディ、シホ、そして僧兵と続けられた言葉で、ラインハルトは彼らが何を考えているのかを察した。


「私に『沈黙を告げる騎士団』を動かせ、と?」

「百魔剣との戦いを考えるのであれば、我々はそうお願いせざるを得ません。ラインハルト様の手元にあるプレシアン、ラインハルト様を狙うフランベルジュ、そして、オード王国の戦力として動いている百魔剣たち。それらを一ヶ所に集中させることで、我々も戦力を分散させることなく、戦うことが出来ます」

「しかし……」


 副官を勤めるアルスミットは重症を負って未だ目覚めず、指揮官であるラインハルトも、漸く起き上がることが出来たばかり。ダキニ攻城戦で失った兵の数も多く、元々数の少なかった騎士団は、もはや壊滅的であると言っていい。中途半端な戦力で騎士団を運用すれば、また多くの部下を失うことになりかねない。


「お気持ち、お察しします、とは言いません。実際、わたしも、相当の痛みを伴うことを言っている自覚はあります。それでも、わたしたちは、全てをお話した上で、ラインハルト様のお力添えをお願いせざるを得ません」


 百魔剣を封じるために。


 まっすぐに向けられるシホの瞳の力は、迷いなくラインハルトを貫いて来る。並大抵の決意ではないし、すでに多くのものをその小さな肩に背負っていることも想像させた。自分に、これほどの覚悟と決意があるだろうか。自分よりも年若い、少女と大人の狭間にいる女性が、これほどの感情をどうして背負っているのか。ラインハルトは考えた。当然、答えになる言葉は見つからず、代わりのように浮かんだのは、なぜかウファの姿だった。


 おれは負けん、キサマには、キサマにだけは、負けるわけにはいかん!


 凄絶な怒りを炎のように吐き出すウファの姿が見た。ラインハルトが目指した世界から、こぼれ落ちた男。奴隷解放によって、ウファが『家』と呼んだ寄る辺を、彼は奪われた。


 よく思い出せ、ラインハルト・パーシバル。自らの罪を。


 罪。


 ウファはラインハルトの目指した世界を、罪、と呼んだ。


 これは、誰の罪だ?


「ラインハルト様……?」


 いつの間にか、シホの視線から目を背け、俯いていたことに、シホの呼び掛けで気がついた。ラインハルトが顔を上げると、そこには変わらない、強い決意と覚悟に満ちたシホの瞳があった。しかし、ラインハルトはその時、最前とは違う光を、シホの瞳の奥に見た気がした。少女と大人の狭間にいる彼女が、これほどの感情をどうして背負っているのか。その理由。


 これは、誰の罪だ?


「……わたしは、わたしは、わたしの手でウファを止めなければなりません」


 気がつくと、ラインハルトはそう話していた。そして、その言葉がラインハルトの感情の堰を切った。


「それが、わたしに出来る、わたしの贖罪です」

「私怨、ではないのか」


 そう問い返したのは僧兵だった。私怨。部下の騎士たちの命を奪い、アルスミットを重症に追い込んだ、その復讐、という意味であろうことは、ラインハルトにもすぐに想像がついた。ラインハルトはすぐに僧兵に視線を向け、自分の正直な想いを言葉にした。


「勿論、ないとは言えない。だが、それ以上に、わたしはわたしの行いと向き合わなければならないと思っている」

「その言葉に偽りがないことを祈る……」

「強い負の感情を持ったまま、魔剣と戦うことは危険です。まして、ラインハルト様がこの先もプレシアンを使うと言うのであれば」


 僧兵の言葉を補うように、シホが言った。その声には、すでにラインハルトの決意を確認する気配があった。ラインハルトは視線を再びシホに戻す。揺るがないシホの瞳に、今度は間違いなく、疑いなく、ラインハルトは自分と同じものを感じた。


 罪。そして、贖罪。


 勿論、それだけではないだろう。しかし、彼女の決意には、そうした感情がある。かつて彼女と百魔剣の間に、どんな出来事があったかはわからない。しかし、彼女は、自身の決意を強固なものとしたとき、恐らくはいまの自分のような、もう二度と同じ過ちを繰り返さない、繰り返させない、という感情を纏った。


「……騎士団を動かすことは出来ません。しかし、わたし自身がシホ様の騎士団に同道することは可能でしょう。に、侵略被害を受けた土地の領主の息子が同道しても、不思議はありません」


 政治的な判断と無理矢理のこじつけだが、この理由であれば、どこからも非難の矛は飛んでは来ないはずだ。天空神教最高司祭には、『聖女』シホ・リリシアには、それだけの力がある。


「……ありがとうございます。子細はまた後程、ルディから」


 ラインハルトが言わんとしたところを汲み取ったのか、シホが口にしたのはそれだけだった。シホ、ルディ、僧兵の三人が、示し合わせたように席を立ち、退出していく。その先頭には、あの漆黒の傭兵の姿もあった。


 貴様らの存在そのものが罪であることを知るがいい。その命で!


 部屋を後にする聖女近衛騎士隊の背を追いながらも、ラインハルトの目にはウファの姿がちらついていた。あの日のウファの叫びが聞こえていた。成さなければならないと思った、思い込んだ行い。しかし、相容れなかった人。恐らくは、ウファだけではない。彼はその代表として、ラインハルトの前に現れただけなのだろう。だからこそ、ラインハルトは向き合わなければならないと思った。その機会を得たことに、まずは感謝をし、そして、長机の上にある『聖剣』に目を落とした。


『聖剣』と呼ばれていた魔剣。


 ウファの剣を受けるために、わたしはこの剣を使いこなさなければならない。


 ラインハルトは決意と共に魔剣プレシアンを取った。

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