第3話 怨讐の剣
「ラインハルト様の手に、プレシアンがあることは、想定外でした。しかし、わたしたちが調査に来たのは、このプレシアンを含む百魔剣についてです」
「関所砦が『斬られた』という現象が、その発端です」
シホの言葉を継いだのは、ルディだった。言葉こそ丁寧だが、どこかなげやりな様子は相変わらずだった。が、ラインハルトを見るその眼光は、切れ者の印象を隠し切ることが出来ていなかった。
「シホ様の手の者が調べた結果、燃え落ちた関所砦の残骸は、確かに何かに斬り裂かれた後があった、との報告でした。その断面は、僅かですが、組んだ石材が焼け溶けていたそうです」
「鉄や鋼で、力任せに切り開いた訳ではない、ということ。そして、関所砦が焼け落ちたこと。それらからわかるのは、炎を意のままに操り、想像を絶する大きさの炎、ないしそれに近い、石材を溶かすほどの熱量を持った斬撃を繰り出すことの出来る存在」
今度は僧兵が先を続けた。
「そういう超常のものが存在する、ということです」
「……では、やはりウファ……」
どこからともなく炎を生み出し、意のままに操る。それはウファ以外には出来ないように思えた。ラインハルトが僧兵に問い返すと、応えたのはシホだった。
「ええ。しかし、わたしの知る限りでは、その、ウファという男が持っている剣には、それほどの力はないはずです」
ラインハルトは自分でも、わからない、という顔をしているだろう、と思った。現にウファは、ラインハルトの前で炎を操り、自らも炎同然の姿となり、アルスミットに重症を負わせた。それでも、力はない、というのだろうか。それとも、ウファではない、他の誰かが、あの関所砦を『斬った』というのだろうか。
「ウファという剣士が持っている剣は、フランベルジュという魔剣です。フランベルジュは確かに炎を操ることが出来る位階『騎士』の魔剣です。その炎があれば、火のないところでも、あの関所砦を炎に包むことは可能でしょう。しかし、砦を真っ二つにするほどの、巨大な炎の斬撃、となれば、話は別です」
「……では、それはフランベルジュが、あのウファという剣士が行ったことではない、と?」
ラインハルトの問いかけに、シホは首を横に振った。
「いえ、おそらくは、フランベルジュが、たった一人で行ったことです。その方が、あれだけ強力な炎の魔剣使いが複数いることより、現実的です。問題は、フランベルジュが、それほどの力を出せることです」
「強い恨み」
口を開いたのは、あの漆黒の傭兵だった。中性的に整った唇が動き、短く紡いだ言葉に、ラインハルトは背筋の冷えるものを感じた。狂気を纏った、といえるほどの形相で、ラインハルトに向かって罵声を浴びせるウファの姿が脳裏を駆けた。
「フランベルジュが他の『騎士』と違うところは、手にしたものの魔法に対する適正を魔法の力に還元しているのではなく、手にしたものの、誰かを強く恨み、仇に思う、その感情を、魔法の力に還元している、とされているところだ。文字通り、身を焦がすほどの怒り、恨み。その力が強ければ強いほど、フランベルジュと持ち主の親和性は高まり、魔法の力は強大に……位階『領主』にすら迫る」
「百魔剣物語の中には、そうしたフランベルジュの物語もあります。中には持ち主自らが炎と化す記述も。フランベルジュは元々は『騎士』でしたが、様々な持ち主の恨みを受け入れ、位階に左右されない、強大な力を手に入れていることも考えられます。そして、おそらく……」
「ウファの、恨みの感情の深さ……」
リディアの言葉を継いだシホに、ラインハルトはうわ言のように返した。シホは頷いただけで、それ以上は何も言わなかった。ダキニの戦いで知り得た、ウファという男の素性を聞いて、シホはラインハルトと同じことを考えたのだろう。
おれたちから家を奪ったんだっ!
強烈な怒り。ラインハルトに対する恨み。殺しても殺したりないと考える、深すぎる感情。
「フランベルジュは『怨讐の剣』とも呼ばれています。もし、先ほどラインハルト様が話された通りの人物が手にしているとすれば、非常に強力な炎の力を宿していることになると思います」
怨讐の剣。
ラインハルトの胸に、その言葉が、実際の刃のように突き刺さった。
「怨讐の剣の所持者の狙いが、ラインハルト様である以上、何度でもラインハルト様を狙うでしょう。必ずもう一度、ラインハルト様の元に現れます。そして、わたしたちは、その魔剣と戦いたい」
「魔剣と、戦いたい?」
シホの口から、過激な言葉が飛び出した。その容姿からは想像も出来ない言葉は、怨讐の剣の存在に打ちのめされたラインハルトにも、相応の驚きを持って迫った。
「調査、と申しましたが、我々は研究をしている訳ではありません。我々の目的は、百魔剣を封じることにあります」
「百魔剣を、封じる……」
要領を得ないまま、鸚鵡返しに紡いだラインハルトの言葉に、シホはただ頷いた。そして、彼女は語った。なぜ彼女たちが百魔剣を封じるのか。シホの前に『聖女』と呼ばれ、天空神教の最高司祭にあった女性、その人物の頃から、大陸の歴史の裏側で続けられて来た百魔剣と天空神教の暗闘。密かに力を取り戻しつつある魔剣たちの脅威を払い、再び封じ込めるために、シホと彼女が組織した『聖女近衛騎士隊』は活動しているのだということ。
「力ある魔剣の目覚めは、この大陸に滅びをもたらします。罪も罰も、痛みも、本来、創造神によって与えられるものです。だからわたしたちは乗り越えられるのです。神はわたしたちを滅ぼそうとはお考えになりません。しかし、あれは、神の罪でも、罰でも、痛みでもない。人の手が作り出した罪であり、罰であり、痛みなのです」
シホは何かを読み上げるかのように、流暢に言葉を紡いでいく。隣に座る僧兵が、僅かに顔を上げた姿が、ラインハルトの視界の端に映った。
「かつて、統一王国は、その強大すぎる魔法の力を暴走させ、滅んだと伝わっています。それゆえ、魔法の力を扱える人間が、誰もいないのだと。いまの、魔法の力を制御できないわたしたちには、強すぎる力なのです」
「それゆえに、シホ様たちは、百魔剣を封じる戦いを……?」
ええ、とシホは応え、笑った。
「まだまだ、駆け出しですけどね」
それまでの会話からは逸脱する、それは明るすぎる笑みだった。
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