第4話 『銀の騎士』アルスミット・アイヒマン
「前方、弓兵隊!」
「構うな、全速力で進軍! 弓を引く間を与えるな!」
ラインハルトがそう判断したのは、横隊を組んだ敵弓兵の数が、余りにも少なかったからだ。あの人数では、こちらの騎兵の突進は止められない。
案の定、ルートクルス城城門前に配置されていたオードの弓兵達は、押し寄せる騎兵の異常なまでの速度を目の当たりにし、恐れをなしたのか、弓を引く事無く逃げ出した。幾らか踏み止まった者達があったが、騎兵から振り下ろされた鋼鉄の輝きの前に、次々と倒れていった。
城門を一気に潜り抜け、城内の前庭になだれ込んだラインハルト以下騎士団は、予めの作戦通り、隊を二つに分けた。
その場に残り、後方からの追撃に対応しつつ、城内周囲に配置された敵部隊を掃討する馬上部隊。
そしてもう一つは、ラインハルトが指揮を執り、アルスミット以下の騎士数十名が従った。素早く騎馬から飛び降りると、城の中の制圧へと向かう。
「こちらだ、続け!」
中央門から城の中へ。ラインハルトを囲むように、自然と騎士達が隊を成す。
先頭に立つのは『銀の騎士』である。
「まず、玉座を取り返す! その後、各部屋の敵勢力を排除!」
アルスミットが騎士達を統率し、怒涛の如く歩を進めながら下命する。騎士達は応じこそしないが、各々に心を引き締めていく。その現れのように、得物を持つ手が強くなったのが、ラインハルトにも見て取れた。
「ルートクルス城を奪還する!」
ラインハルトもまた、彼らと共に闘争本能を滾らせた。高らかに宣戦を布告する。
それとほぼ同時だった。城内から、何かが爆発したかのような、壮絶な音が溢れ出た。それが狂気に駆られた敵戦士達の、常軌を逸した鬨の声だと認識するには、玉座へと続く長い廊下の奥から、実際に戦士達が押し寄せてくるまで、若干の時間を要した。
「横隊!」
アルスミットが短く一つ、令を叫ぶ。応じた騎士達は瞬く間に、さながら堅固な壁を思わせる通路いっぱいの横隊に隊列形態を変えた。その無駄一つない見事な変換は、厳しい試練の末、『
「傷付けばすぐに引け!」
「皆、決して死ぬな!」
アルスミット、ラインハルトが交互に叫ぶ。
「抜刀!」
騎士達がラインハルトの声を受け、一斉に剣を抜いた。石造りの堅牢な城塞の廊下に、鋼鉄の刃が煌く。
その直後、剛腕に斧を振り上げ迫る蛮勇の徒と、正義と秩序の使者である騎士達が、真正面から激突した。揉み合うような、極限の接近戦である。
「突破する、続け!」
最早、間合いすら存在しない混戦。
その中にあって、驚異的な剣技を振るう騎士がいた。
『銀の騎士』アルスミット・アイヒマンである。
『沈黙を告げる騎士団』は騎馬による奇襲、急襲を実現する、高速戦闘を主眼とした騎士団である。その為、鎧などの装備も、他の騎士団と比べ、軽装なものとしている。しかし、あくまでもそれは、他の騎士団と比べての事である。命を守る鎧は、鎧であり、相応の重量を持っている。
だが、アルスミットは、その
さもそれは、場違いに過ぎる光景を想起させる。
王侯貴族の、華やかな舞踏会である。
アルスミットは敵の攻撃を、手にした剣や、全身鎧の湾曲を使って受け流すような事はしない。全て身のこなしだけで避ける。彼個人だけを見ていれば、そこが血煙の舞う苛烈な戦場であると、想像する事は難しいだろう。
優雅。
その一言に尽きる身のこなしである。
一撃、もう一撃と繰り出される剛斧を、人で溢れ返った通路の中、ほんのわずかな動きだけで的確に避け、繰り出す剣で一度に二人以上を斬り伏せる。その流れるような動きの中で靡く銀色の髪が、彼の異名を物語っていた。
相変わらず、舞っているかのようだな、アルスミットは。
ラインハルトは横隊の二列目にいた。アルスミットの流れるような動きに、感嘆の息を吐く。彼と戦場に立つのは初めてではないが、何度見てもその姿に目を奪われる。まるで相手を引き寄せるように攻撃を躱し、差し伸べ、抱きしめる手のように、死そのものを振り下ろす。その動きに無駄はない。精緻さと優雅さが同居した、完全なる舞いである。
やはり彼の動きに魅了されたラインハルトは、ほんのわずかな間、彼の動きを目で追った。
その時である。
奇妙な感覚がラインハルトの中を駆け抜けたのは。
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