美少女魔剣士スケ様見参!

 加賀への旅を許されてから五日目。あの時と同じ顔触れでわしらは客人を待っている。


「本当に遅うござりまするな」


 温厚な玄蕃も少し苛立っているようだ。わしらが待っている客人は旅の従者だ。五日前、父が読んだ文に書かれていた『テキトーに小洒落たお供を見付けてあげるよ』の言葉。

 家光は直ちにその言葉を実行に移してくれた。そして二人のお供を見付けてくれた。そのうちの一人が今日ここへ来ることになっている。どんな素性の者かは一切知らされていない。


「やっぱりさあ、先入観ってあると思うんだよね。僕は初対面の印象を大切にしたいのさ。だから光国君たちには何も教えないよ。あ、心配は要らないよ。この僕が箸にも棒にもかからない甲斐性かいしょう無しを君たちに紹介するはずがないじゃないか。ふっふっ」


 などと言って、お供に関して何も教えてくれなかったのだ。

 しかしここまで時間にずぼらでは家光の言葉も当てにはできぬ。特に最後のふっふっが気になる。

 微妙な胸騒ぎを覚えながらも過ぎていく時を眺めているしかない。そろそろ昼の時鐘が聞こえてくる頃だろうか、そう思った時、障子の向こうから声がした。


「お客人、お見えになりました」

「やっとかあ~、待ちくたびれたよ」


 それまで父に顔を向けていたわしら三人は、客人を迎えるべく障子に向かって座り直した。障子がいきおいよく開く。


「みんなあ、お待たせー!」


 驚いた。耳と目が同時に驚いた。明朗活発にして張りのある声。姉と同じく鈴を転がすような高音の響きが耳から頭に突き抜ける。身に着けているのは経帷子きょうかたびらの如き白い小袖に緋色の袴。まるでやしろの巫女のようだ。そして何より驚いたのは髪。まげを結わぬ流れるような黒髪が肩の下まで伸びている。どこからどう見ても女だ。


『なんたることだ。如何なる了見で旅の供に女を選んだのだ。いや、早合点はいかんな。ここは異世界。見た目が女だからと言って中身も女だとは限らぬ』


 客人はわしら三人の前を悠然と通り過ぎて父の真ん前に座わった。それに合わせてわしらも元のように父に向かって座り直した。再び明るい声が座敷に響く。


「あたしの名は山県やまがたスケひめ。魔の習わしに従ってスケは片仮名よ。年は一六歳。よろしく頼むわ」


 スケ姫? やはり女なのか。玄蕃と姉を見ても不審に思っている様子はない。これが当然という顔をしている。父に至っては頬が緩んで鼻の下が伸び切っている。若い娘を見るとすぐにこれだ。


「あ、スケ姫ちゃんって言うんだね。カワイイ名前じゃないの。えへへ」

「あなたが殿様? ちょっと頼りない感じね。それより、そっちも自己紹介してよ。あたし、何にも聞かされていないのよ」


 なんだ、その物言いは。如何に客人とはいっても態度が大きすぎるのではないか。それに今気付いたのだが、どうして帯刀したままなのだ。取次の者は何をしていたのだ。


「あ、自己紹介ね、えっと、僕は水戸……」

「待って、父さん。その前にお客人に話がある」


 わしは父の言葉を遮った。いくらなんでもこのまま放ってはおけない。


「ねえ、君、ひとつ訊いていいかな。どうして刀を持ったままなの。武具のたぐいは表御殿へ入る前に刀番かたなばんへ預けるのが常識でしょう。どうしてその通りにしないの」

「ふっ、馬鹿言わないで。得物えものは命と同じ重みがあるのよ。他人に預けられるわけないでしょう。それにこれは刀ではないわ。つるぎよ。何も知らないくせに偉そうな口を利くのはやめてもらえないかしら」

「そうだぞ光国。刀は武士の魂って言葉を知らないのかい。あ、でもスケ姫ちゃん、こちらは全員丸腰なんで、その物騒な物を腰から外して、手の届かない場所に置いてくれないかな。気が休まらないから」

「殿様の命令なら仕方ないわね。これでいい」


 スケ姫は二本差しの武具を腰帯から引き抜き、畳一枚分遠ざけて置いた。一本は確かに剣だが、もう一本は普通の脇差のようだ。

 父も玄蕃も姉も満足顔である。他の三人が納得しているのなら、わしもこれ以上の文句は言えぬ。


「あ、じゃあ、自己紹介の続きね、えっと僕は水戸徳川家……」

「待って、父さん、その前にもうひとつ話がある」

「ちっ、今度は何よ」


 スケ姫は舌打ちすると、あからさまに不機嫌な顔をしてわしを睨み付けた。上等だ。このように礼儀の知らぬ者に遠慮など必要ない。


「君ね、好き勝手が過ぎるんじゃないかな。面会の約束は巳の刻だったはずだよね。今、何刻か分かってる? もうすぐお昼だよ。これだけ僕らを待たせておいてお詫びの一言もないなんて、図々し過ぎるんじゃないのかな」

「うるさいわねえ。あたしだって約束の刻限に間に合わせようと頑張って歩いたのよ。でも江戸へ来るのは久しぶりで道がよく分からないし、加賀への旅だからてっきり前田家へ行けばいいと思って本郷の江戸屋敷を訪ねたら、小石川の水戸徳川家へ行けって言われるし、そんなこんなで遅れちゃったのよ。あたしが悪いんじゃないわ。ちゃんと行先を教えてくれなかったそっちが悪いのよ」

「ああ、そうなんだね、行先を間違えたんだね。それは悪いことをしたねえ。大変だったねえ。よくここまでたどり着けたねえ。偉いよ。僕にはスケ姫ちゃんがどんなに苦労したか、よ~く分かっているからね。光国君、ちょっと遅れたくらいで文句を言うのはやめようね。相手は年下の女の子なんだし」

「……はい、父さん」


 父の悪い癖だ。相手が若い娘だと途端に甘くなる。わしがどれだけ文句を言おうと父が取り成してしまうのでは言うだけ無駄だ。まだ言い足りないことはあるが一旦引き下がることにした。


「それじゃ自己紹介の続きね。僕は水戸徳川家初代当主の頼房君で~す。好きな食べ物は那珂なか川で獲れる初鮭。趣味はお香の匂いを嗅ぐことクンクン。好きな女の子のタイプは気の強い子かな。あ、スケ姫ちゃん、ドンピシャ!」

「あ~はいはい、そうですか」


 スケ姫はしらけ切った顔をしている。当たり前だ。聞いているこちらまで赤面してしまう。言葉が腑抜けだと中身まで腑抜けになってしまうのか。言葉遣いとは大切なものだな。


「で、一番端に座っているのが大老の友玄君。みんなは玄蕃って呼んでるよ」

「ああ、あなたが玄蕃なのね。感謝してるわ」


 スケ姫の言葉を聞いて玄蕃は軽く頭を下げた。なんだ、玄蕃の知り合いなのか。そうだとしたら見る目がない。そもそも旅の従者に女を選ぶ時点で間違っている。


「その横は加賀前田家の大姫。僕の娘で家光君の養女。夫の死の真相を知りたくて、弟の光国君に加賀へ行ってもらうように頼みに来たんだよ」

「長い道中になるわね。体には気を付けてね」

「えっ、あたしがお供するのはあのお姉さんではなかったの。がっかり」


 おいおい、旅に出るのが誰なのかも知らせていないのか。いくら「初対面の印象を大切にしたいのさ」って言っても、最低限の話くらいはしておくべきだろう、家光よ。


「あらら、スケ姫ちゃんに肩透かし食らわせちゃったみたいだね。ごめんごめん。旅に出るのはその横の光国君だよ。僕の息子で次の当主。加賀まで面倒見てあげてね」

「よ、よろしく」

「ふんっ!」


 思いっ切りそっぽを向くスケ姫。若い頃のわしなら間違いなくキレていただろう。が、今のわしは七二歳の老人。かろうじて平静を保つことができた。こんな娘を連れて旅に出なければならぬとは、先行き不安で仕方がない。


「これで自己紹介は終わり。今度はそっちの話をしてくれないかな。スケ姫ちゃんの素性について家光君からは何も聞いてないんだよ。簡単な紹介でいいからお願いできるかな」

「いいわよ。生まれたのは信州の片田舎。ご先祖様は武田家で活躍した武将らしいわ。凄いでしょ」


 武田家、となると山県昌景まさかげか。なるほど、玄蕃と知り合いだった理由が飲み込めた。玄蕃の祖父は武田家家臣の伊藤玄蕃。昔の縁故を頼りながらこの娘を探し出したのだろう。それにしても生意気な話し方だ。怒りが薄らぐどころか増していく。


「物心つく前から力に目覚めていたみたい。で、家宝の剣を譲られ、名もスケ姫と改めたわ。それからは武者修行三昧。今ではあたしの右に出る者はいないくらい強くなったのよ。はい、紹介終わり」


 もう終わりか。確かに簡単でいいとは言ったが短かすぎるだろう。見ろ、父でさえ呆気に取られた顔をしているではないか。


「えっ、もう終わりなの。えっと、ご両親の話とか、どうやって生計を立てているかとか、好きな男の子のタイプとかは……」

「そんなの必要ないでしょ。旅のお供に相応しいかどうか、それが分かればいいんだし」

「えっと、つまりどこかの武家に奉公しているのではなくて、浪人の身の上ってことでいいのかな」

「ちっ、」


 今度は父に対して舌打ちか。なんという傲慢不遜な態度だ。腹の中の怒りが膨れ上がってくる。


「しつこいわねえ。何よ、その言い草。浪人には旅の従者を任せられないって言いたいの。身分なんか関係ないでしょ。要は腕が立つかどうかなんだし。水戸徳川家の当主が聞いて呆れるわ。そんな古臭い考えは捨てなさいよ、頼房」

「口を慎まぬか、この小娘!」


 わしは立ち上がった。駄目だ、もう辛抱できぬ。堪忍袋の緒が完全に切れてしまった。

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