Ⅷ-194 遊園地だってゲーム三昧!
「ノリアキ、こっちこっちっ…!」
喜びを全身で。
ぴょんぴょんと跳ね回りながら、キタキツネは僕を呼ぶ。
「あはは、はしゃぎ過ぎると疲れちゃうよ?」
「でもでも、じっとなんて出来ないよ~っ…!」
はしゃぎ回る様はさながら、雪の上を跳ぶ狐のよう。
やがて、僕の隣にすっぽりと収まったキタキツネ。
上に掲げられたネオン看板は、真昼間というのに光り輝いている。
『ジャパリゲームセンター:暗くなるまでやってます』
いよいよ、このネオンに意味は無いみたい。
―――――――――
…今日は一日、キタキツネとデート。
場所はもちろんゲームセンター。
遊園地の外れにそびえ立つこのゲームセンターは、平面の広さだけならホテルをも凌ぐ広大な建物だ。
時刻は朝の八時。
赤ボスに聞いた開店時間とほぼ同時に、僕たちはここにやって来た。
「あぁ、ゲームがいっぱいある…!」
もう慣れた自動ドアをくぐって、構内に足を踏み入れる。
視界いっぱいに広がるゲーム機の数々。
そして強烈な光、けたたましい音、無人なのに押し寄せる熱。
もちろん初めてな僕達は、しばしの間この光景に圧倒されていた。
「……すごいね」
「えへへ、一日じゃ遊びきれないや…」
既にキタキツネは臨戦態勢。
あっちに行ってこっちに行って、思い思いに気に入りそうなゲームを物色している。
…対する僕はというと。
「なんだか、目がチカチカしてきた…」
滅多に見られない光の暴力に頭を痛めていた。
キタキツネは何で平気そうなんだろう、僕より光には敏感そうなのに。
「こっちはクレーンで…あ、カードゲームの機械もある…!」
いい意味で、鈍感だなあ。
大好きなゲームに夢中だからこそ、全然気にならないのかも。
だけど…どうにも後が怖い。
なるべく気を付けていよう。
何かあった時、キタキツネを介抱できるのは僕だけなんだから。
「…ノリアキ、なんでボーっとしてるの!?」
「ごめん、今行くよ」
もちろん…ちゃんと楽しむよ。
「ノリアキ、最初はこれにしようよっ!」
そう言って、キタキツネはシートに座る。
最初のチョイスはレースゲームだった。
いの一番に対戦ゲーム…あはは、キタキツネらしいや。
「いいよ、でも…勝つからね」
「ボクだって、初めてのゲームなら負けないもんっ!」
僕もシートに腰掛ける。
筐体にそれぞれジャパリコインを入れて、ゲームスタート。
最初のコースは海沿いの道。
燦々と地を照らす太陽、波を受けて色づく砂浜。
視点を変えて陸地を見れば、滑らかに舗装された道路と奥にずっと広がる文明。
大自然と人工物が作り出す壮観な景色。
ただのゲームとは思えない、とても綺麗な……
「ノリアキ、もう始まってるよ?」
「え、あ、ホントだ…!?」
慌てて踏み出すアクセル。
当然の如く最下位スタート。
…ボーっとしてた。
いや、単に景色に見惚れていただけ。
今のは良すぎるグラフィックが悪い。
ややこしいけど。
「でも、逆転の目はまだ残ってる」
試合はまだまだ序盤も序盤。
結果が決まったと言うには早すぎる。
それに、このゲームには便利なアイテムがある。
入手方法は透明な箱。
コースの途中に配置された”それ”に車で突っ込めば、現在の順位に応じて便利なアイテムを手に入れることが出来るんだ。
アイテムによっては、レースの戦況を一気にひっくり返すことだって出来る。
「ぶっちゃけ運だけど、きっと大丈夫…!」
出てくるアイテムは順位によって変わり……順位が悪いほど、強力な効果のアイテムが出やすい。
…と、横の紙には書かれている。
「さあ、良いの来てね…!」
弾けるボックス。
回るルーレット。
クルクル来るのは…銀のたけのこ。
「あ、えっと……”加速アイテム”」
横のガイドで効果を確認。
なんでも、時間内なら何回でも使えるタイプのアイテムみたい。
低い順位で出るアイテムだし、やっぱり中々の性能。
でも、今の僕とは相性の悪いアイテムだ。
操作に慣れてない今、加速しすぎたらコースアウトしてしまう。
あーあ、高速でオート運転をしてくれるアイテムが欲しかったな。
「えへへ、ノリアキ遅いね?」
「あ、もう二周目…」
出遅れなかったキタキツネは一位でラップを通過。
ぼ、僕だって!
景色に、見惚れてさえいなければ……
「でも、まだまだ追いつける!」
銀のたけのこも無駄じゃない。
この一周の間に、順位を4位までのし上げることが出来ている。
……まあ、言ってもイージーだし。
いや、ポジティブに考えよう。
CPUは敵じゃない。
僕が競うのはキタキツネただ一人。
あと一周、全力で運転すれば―――!
「――はい、ボクの勝ち」
「…だよね」
キタキツネも初めて。
僕も初めて。
お互いゲームには慣れていて、実力はほぼ互角。
だったら、最初に大きく遅れた時点で勝ち目なんて無いも同然。
結局僕は、二位に甘んじざるを得なかった。
悔しいな。
最初に、景色に見惚れてさえいなかったらな。
あーあ。
このゲームの画質が、もう少し悪かったらなぁ……
―――――――――
「このぬいぐるみ、かわいい…」
クレーンゲームに置かれたボスのぬいぐるみ。
ガラスに張り付きそうなくらい顔を近づけて、中を見るキタキツネ。
のほほんとした呟きがとても可愛らしい。
確かにぬいぐるみも可愛いよ。
だけど、キタキツネはそれしか見えてない。
僕からはぬいぐるみとキタキツネ……可愛いものが二つも見えている。
つまり、僕の勝ち。
………いや、訳が分からない。
うん。
ゲームで負けたからって、無闇に勝利を求めるのは止めよう。
冷静に、落ち着いて、気を確かに。
僕はキタキツネに声を掛けた。
「…それ、欲しい?」
「欲しい! ねえノリアキお願い…これ取って?」
手を合わせて、首を傾けて、蕩けるような甘い声でのおねだり。
これ以上なくあざとい仕草の欲張りセット。
……取ってあげない訳にはいかないな。
こんなに素晴らしいものを見せられちゃったんだから。
「よし、僕に任せて」
「えへへ、ありがと~」
鞄から巾着袋を取り出す。
ジャラジャラ。
今日の軍資金が武者震いをしている。
違う、これは威嚇の鳴き声だ。
詰まるところ、これはぬいぐるみへの宣戦布告。
互いを擦りあう金属音は、奴を必ず手中に収めるという決意の音。
「じゃあ、始めようか」
ゲームセンターの喧騒の中、息の音をふっと溶かして。
一枚目を機械に呑ませる。
チャリン。
とても静かな聖戦の火蓋が、今この瞬間に切って落とされた。
「……最初に、奥行き」
ぬいぐるみを取るための二つのステップ。
まずは、一つ目のボタンを押してアームの前後の位置を決める。
狙った位置に止めるため。
とにかくアームを動かす感覚を掴むことが大事だ。
最初のクレジットは捨てて、横からアームの様子を観察しよう。
「…なるほど」
機械の横に陣取ってボタンを押す。
限界までアームを後ろに下げ、動く速さと移動の限界との両方を知ることが出来た。
「次は横…」
ぬいぐるみを手に入れるための第二ステップ。
横に動かすことで、アームをぬいぐるみの上に陣取らせる。
これもやはり感覚。
このゲームは捨てて、勘を掴む方向に注力しよう。
目を見開いて、準備は万端。
思いっきりボタンを押し込み、横のギリギリまでアームを移動させた。
「……なるほど」
ボタンを離す。
するとそれからアームが降りて、開いて虚空を先が突く。
少し掠って傾いたけど、すぐに戻って影響は無し。
やっぱりラッキーは狙えない。
ぬいぐるみを手に入れるのなら、全て計算した上だ。
「ノリアキ、行けそう?」
「任せて、大体掴めたよ」
試行を重ねれば……多くてあと五回。
そうしないうちに、勘もぬいぐるみも手に入る予感があった。
何よりキタキツネのため。
長く待たせちゃ悪いからね。
「じゃあ、二回目だ…!」
機械との戦い。自分との戦い。喧騒との戦い。
試行を重ね、神経を研ぎ澄まし早十数分。
最初の予測通り。
合わせて五回目の挑戦で、僕はぬいぐるみを排出口に落とすことに成功した。
「取れたよ、キタキツネ!」
「あっ…」
キタキツネにそっと手渡す。
…やばいね。
何がやばいって、柔らかい。
ぬいぐるみも、キタキツネの手も。
それでも一番柔らかいのは、キタキツネの笑顔だった。
「え、えへへ…ありがとう…!」
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて、空いた手で僕の腕を掴んだ。
うん、もふもふ。
どうにかこのまま、一緒に日向ぼっこをしてたいけど。
…まあ、そうも行かないよね。
「ノリアキ、次はあれをしたいな」
とうとう来たか格闘ゲーム。
いよいよ、キタキツネのギアも入っちゃったのかな。
目をこれ以上なく輝かせて、ぬいぐるみが腕の圧で半ば押し潰されている。
…ちょっと羨ましい。
「ほら、行こ?」
「おっと……あはは、引っ張りすぎだって」
グイグイッと。
片手とは思えない力で引かれ、僕らは格闘ゲームの元まで。
正面の椅子に腰掛け、ぬいぐるみを頭の上に乗せたキタキツネ。
「……そこに乗せるの?」
何というバランス。
狐耳の力だけで支えるなんて。
「持ってると邪魔になるから」
「…うん」
返事はもう素っ気ない。
完全に対戦モードに入っちゃったみたい。
僕も集中しよう。
全力で…今度こそ勝たないとね。
―――――――――
その後も、とても楽しかった。
格ゲーの後は協力ゲーム。
迫り来るゾンビを銃でどんどん撃ち倒していくホラーサバイバル。
それが終われば今度は音ゲー。
太鼓を叩いたり、丸い輪っかをなぞったり、一言では表せない厨二的なデザインのだったり。
とどめは最初のレースゲーム。
今度こそ、僕は一勝をもぎ取ることが出来た。
…九敗と引き換えにね。
ああ、とっても楽しいな。
でも、そんな時間の終わりは唐突。
「ソロソロ、閉店ノ時間ダヨ」
「え、もう? ……うわ、本当だ。暗くなってる」
日光の代わりにイルミネーションで照らされた街道。
ネオンもいよいよ役目の時間で、建物の前に色とりどりの光を落としている。
仕方ない、終わりなら帰らなきゃ。
キタキツネの肩をそっと叩いて、頭から落ちてきたぬいぐるみは両手で受け止めた。
「…ん、どうしたの?」
「もう閉めるって、帰らなきゃだよ」
「……そっか」
残念そうに俯いて、でもキタキツネは椅子を立った。
「……」
「ノリアキ? 行くんじゃないの…?」
「あぁ、ごめん。やけに素直だなって思っちゃって」
今まで通りなら、きっと違う。
ボスを脅しつけてでも、気が済むまでゲームをやろうとしていたはずだ。
どういう心変わりだろう?
キタキツネから出てきた答えは、おおよそ意外なものだった。
「その…ノリアキを、困らせたくないから」
「…え?」
「え、えへへ…」
はにかむキタキツネ。
ぬいぐるみを胸に、目を閉じて呟く。
「今日は楽しかった。だから、楽しいままで終わらせたいなって」
不思議だ。
うるさいゲームセンター、けたたましい機械音の中。
小さな呟きが、こんなに鮮明に聞こえるなんて。
「…そっか」
僕の相槌は、聞こえたかな?
きっと答えは、微笑みの中。
「折角だし、ゆっくり歩いて帰らない?」
「うん、そうする…!」
静寂の中へ、ゲームセンターの外へ。
薄暗く仄かに暖かい、遊園地のまどろみに浸る。
「ノリアキ。このぬいぐるみ、大切にするね」
「…あはは、嬉しいな」
「それにね…今日のことは、絶対忘れない」
蛍光と水しぶき。
透き通るように美しい噴水の前。
微かな明かりが、赤らんだ彼女の頬を照らし出す。
横から肩に寄りかかって、キタキツネは潤んだ目で言う。
「ねぇ。今更、こんなこと言うのもおかしいけど……ずっと一緒にいようね、ノリアキ?」
身体も重さも唇も、心も委ねたキタキツネ。
そのまま少しずつ、僕らの顔は段々と近づいていって―――
「……もちろんだよ、キタキツネ」
――口づけは、誰にも見えないところで。
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