Ⅷ-193 お化け屋敷の攻防


 今日の鬼ごっこはお休み。

 その代わりに、ギンギツネとの一日デート。


 つまりはそういうこと。

 勝負はギンギツネの勝ちだった。


 ”うふふ、運命は私に味方してくれるのね…!”


 お預けを悔しがるキタキツネの地団駄。

 蚊帳の外に置かれたイヅナの叫び声。


 たった数時間ながら、濃い思い出の多い鬼ごっこだった。


 二人とのデートの後、また鬼ごっこの続きが始まる。

 そっちも、あんな風になっちゃったりするのかな…?



 だけど、やっぱり気になるのはデートの中身。

 なんでも、入ってみたいアトラクションがあるとギンギツネは言う。


 どこかと思ってついて行くと……ああ、お化け屋敷だった。


「…なんで、よりにもよってお化け屋敷?」

「あら、嫌だったかしら? 昨日はあんなに入りたがってたのに」

「まあ、そうだったけどさ…」


 くすり、面白そうにギンギツネは微笑んだ。


 ギンギツネはこういうユーモアが好きなのかな。

 ううん…よく分かんない。


「ほらノリアキさん、あの子たちにも手を振ってあげたら?」

「……よく、そんな気になるよね」


 今日のデートはストーカー付き。


 危ないことが無いようにと、僕とギンギツネ以外の三人が遠目でずっと見守ってくれている。


 


「うぅ、なんでギンギツネが先なの…!?」

「本当なら私がノリくんを捕まえてたはずなのに…!」


 怨嗟の呟きが聞こえる。怖い。

 フレンズになって鋭くなった聴覚を恨んだ。


「みんなー! 私、とっても幸せよー!」

「……程々にね?」


 元気に手を振り、ここぞとばかりに煽り倒すギンギツネ。

 

「あれ、でも明日はキタキツネと……」

「だーめ。今は、私とのことだけを考えて?」


 風に吹かれた枝のように揺らめき、しなやかに寄りかかってくるギンギツネ。


 柔らかい尻尾。

 ふわふわの手袋。

 今日は一段と毛並みが整っている。


「…いつもより、綺麗だね」

「うふふ、分かる?」


 嬉しそうにギンギツネは微笑んだ。


「おめかししてきたの、特別な日になるから」


 ふわっと髪を靡かせる。

 それを見て、僕は考えを改めざるを得なかった。


 ただの綺麗じゃ、言い足りない。


「…じゃあ、入ろっか」


 けど、何て言えばいいか分かんない。

 だから僕は、ただ彼女の手を引くことにした。

 口下手で、ごめんね。


「いいのよ、別に」

「…え?」

「いいえ、何でもないわ。ほら、行くんでしょ?」

「あっ、うん…!」


 入口の脇に、昨日ここを塞いでいた木の板が立て掛けられている。


 こみ上げる笑いを噛み殺しながら、足でちょこんと小突いてやった。


 …あ、割れちゃった。


「…もう、何してるの?」

「あはは……」



 最初のゲートをくぐった先。


 華やかなテーマパークは一瞬にしてその姿を変え、おどろおどろしい暗闇の空間が僕達を出迎えてくれた。


「わあ、色々変わってる…」


 頭の片隅に、大昔ここに来た記憶がある。


 いつだったか、それは忘れた。

 でも来た気がする、何も覚えてないけど、とにかく覚えてる。


 そしてそんな僕の勘によれば、このお化け屋敷はリフォームされている。


「イヅナちゃんが改装したんですって、ホテルのついでに」

「へぇ…」

「最初からそのつもりで、全部計画してたんでしょうね」


 くふふ。

 そこまで推測を述べたギンギツネは、いきなり不気味な笑い声を漏らした。


「あぁ、ごめんなさい。ついつい昂っちゃって」


 た、昂る?

 ここは薄暗いよ。

 そういうこと言われると、違った意味で怖くなっちゃう。


 …でも、ギンギツネが言いたいことは別にあったみたい。


「……だって、デートは私が一番。曲がりなりにも私が、イヅナちゃんの計画を突き崩したってことだもの」

「そ、そっか…」


 …いまいち、よく分かんない。


 だけど、ギンギツネにとっては多分大切なことなんだろう。

 じゃあ、僕から特に言うことはない。


「うふふ。じゃあイヅナちゃんの分まで、存分に楽しんであげないとね~」


 …その煽り癖だけは、直した方がトラブルが少なくなると思うけど。



 袋小路のような行き止まりの壁に、乱暴に開けられたような穴と看板。


 看板には「入口」と書かれている。

 穴は、人が一人どうにか通れそうなくらいの大きさだ。


 どうやらここが、お化け屋敷の本当の入口みたい。


 ええと、そう…『怖がらせるアトラクション』としての。


 つまり、ここから本格的に怖くなるってことだよね。


「ノリアキさん…もし怖いなら、抱き締めてくれたって良いわよ」

「ど、どうしても怖かったらね?」


 ギンギツネが微笑みながら提案してくれるけど、流石にそれは遠慮したい。


 だって面目が立たないもの。


 僕も、”お化け屋敷くらいは平気なんだ”ってところを見せてあげなくちゃ。


「でも心の準備は出来てるからね、そうそう脅かしになんて―――わああっ!?」


 どっかーん。

 大爆発の音。


 びっくりして、思わずギンギツネに飛びついちゃった。


「…あらあら、思ったより早いのね?」

「こ、これは反則だってばぁ…」


 爆発って。

 多分危なくない爆発だけど、よりにもよって今来るなんて。


 ホラゲーなら終盤に出てくるやつじゃん、序盤はちまちまと恐怖心を積み立てていくのが定番じゃん!


「可愛いわね、ノリアキさんったら…!」

「……おほん! 次は無いよ。今度は驚いたりなんてしない、ギンギツネをエスコートするんだから!」

「楽しみね、頼りにしてるわ」


 若干ニヤつきながら寄りかかって来るギンギツネ。

 おかしい、どうして爆発に驚いていないの?


 ……まさか。


「…ギンギツネって、最近ここに入った?」

「さあ? 別に、お化け屋敷に忍び込んでをしたり……なんてことは全くないわよ?」

「…そっか」


 あぁ、早々に諦めた方が良い気がしてきた。


 ギンギツネの用意した仕掛け…響きだけでも恐ろしい。

 注意すればするほど、逆にドツボにハマってしまう気がする。


 …進みたくないなぁ。


「あら、どうしたの?」

「…なんでもない」


 まあ、そう言ってる場合じゃないのは知ってるよ。


 でも…進みたくないなぁ。




―――――――――




 十数分後。


 例の出落ちからようやく立ち直った僕は、心持ちギンギツネに寄りかかりながら次のエリアまでやって来た。


 次のエリアの入口は、廃墟にポツンと残っていそうなボロボロの扉だった……


「『保健室』ってあるわ。順路はこっちみたいね」


 ギンギツネが扉の上を見て言う。

 僕も上に視線をやると、確かにそんなことが書かれていた。


 でも、それより気になることがある。


「…学校だったっけ、ここって」

「いいの、気にしない方が吉よ?」


 それが吉なら、あの爆発は大凶じゃないのかな。

 一枚噛んでいると知った途端に、あらゆる言葉を怪しく感じてしまう。


「さあ、勿体ぶらずに入りましょ」

「え、ちょ、ちょっと……!?」


 色々とすっ飛ばしてギンギツネが入場。

 僕もついてく。

 一人は怖いから。


 …あれ?


 平気なところを見せるんじゃなかったっけ。

 

 いや。

 でも。


 怖いものは、怖い。


「ま、待ってよギンギツネ」

「もう、エスコートはどうしたの?」

「それは、余裕が出来たら……なんて」

 

 消え入りそうな声を振り絞った。

 言い終わった後のお屋敷は静かだった。


 気になるのはギンギツネの反応。


 しばし固まっていたかと思うと、急に堰を切ったように笑い出した。


「ぷっ…うふふ…!」

「わ、笑わないでよ…」


 お腹を抱えて笑う。

 清々しいくらいに大きく笑う。


 なんか、恥ずかしい気持ちも起きなくなってきた。


「ご、ごめんなさい…ふふ、だってあまりにも可愛いから…」

「か、かわいい…!?」


 と思ったら闇討ちされた。

 グサリ、音を立てて言葉が突き刺さる。


「…もういい、行くよ!」

「あっ、いきなり強引…♡」


 ギンギツネの手を引いて、脇目も振らず全速前進。


 仕掛けも知らない。

 甘い声も無視。


 突き進めば怖いものなんて何も――――


「あ、そこからゾンビが…」

「で、で……出たあっ!?」

「…うふふ、やっぱり可愛い」


 ごめんなさい。

 やっぱり怖いです。



 …その後は散々だった。


「ギンギツネッ、何か絡まってくる…!?」

「あ、もう少し上の方…そう、いい感じの陰になってるわ…!」

「助けてよー!?」


 ミイラにグルグル巻きにされ。



「この辺は平和……ふえっ? えっ!? つ、冷たいっ!」

「決まったわ…透け方も素敵ね…」

「ねぇ、流石にこれは…」


 幽霊に濡れた布を被せられ。



「ボス? まさかこれも…」

「……私を見ても、別に私が嬉しいだけよ?」


 壊れかけのボス…は、コスプレかな。


「だったら全然大丈――」

「…あら、固まっちゃった?」

 

 ついにはボスの基盤に触って感電。

 もう、お化けも何も関係なかった。



―――――――――



「つ、疲れた……というか、ズルいよギンギツネ…!」

「…あら、どうして?」

 

 ニヤニヤ、満面の笑み。

 いかにも満足そうで何よりだけど、僕はただただ大変だ。


「だってここの仕掛け、ギンギツネがんでしょ?」

「まあ、そうね」


 あっさり認めちゃった。

 さっきはたけど……面倒になったのかな?


 でも面倒に巻き込まれた回数は僕の方が多いから、僕の勝ちだね。


 …そんな訳はない。


「どこに何があるか、ギンギツネは大体知ってるんだよね」

「ええ、記憶力は良い方なの」

「……怖い訳ないよね」

「うふふ、そうなっちゃうかしら」


 誤魔化しか白状か、どっちつかずな態度の彼女。


 多分気分だ、楽しんでるんだ。

 僕も、もう少し楽に楽しみたかったよ。


「…もしかして、僕が怖がるのを見たかっただけなの?」

「まさか? そんな想い、たったの十割しかないわ」

「全部じゃん!?」


 たったの十割、すっごい言葉。


 もしかして、想いが限界突破して十割を超えることもあるのかな?


 ……うん。 


 してたね。

 とっくに。

 限界突破。


「……もう、やだよ」

「あら、まだ最後の仕掛けが残ってるのに」

「教えて、知ってたら怖くないから」

「……仕方ないわね」


 ゴニョゴニョ。


「……最後の最後に、それ?」

「ええ、中々いい仕掛けだと思わない?」

「同意はするよ、でも…ねぇ、ギンギツネは僕をいじめたいの?」


 ジト目を装って、なるべく呆れた声を出して言う。

 

 すると態度が一転。

 釈明するようにギンギツネは慌てて喋り始めた。


「と、とんでもないわ! ただ、ただね…?」

「…うん?」


 どんな言い訳が出るのかな。


 楽しみだった。

 開き直るとは思わなかった。


 むしろ、こっちは放置しておくべきだった。



「ノリアキさんが困る姿とか、苦しんでる姿とか……案外悪くないかもって、思い始めてるわ…」



 人間って、本当に驚くと叫ぶことも出来ないんだね。


 僕はもう人間じゃないけど、きっと根っこは変わってない。


 一番怖いのは、お化け屋敷じゃなくてギンギツネだった。


「…お願い、程々にしてね?」

「ええ、分かってる…つもりよ」


 付け足された一言が死ぬほど怖い。

 だけど、もう天に祈るしかないね。

 

 いざとなったらイヅナに守ってもらおう。


 うん。

 それが一番だ。


 ああ。


 イヅナって、頼もしいなぁ…




―――――――――




 ギンギツネの助けもあって、最後の仕掛けは無事に通り抜けることが出来た。


 因みにその仕掛けはゴール前。

 床が脆くて踏むと一転、砂のプールに落とされる。


 最後の最後にバラエティ調。


 ギンギツネのセンスには本当に脱帽した。


「あぁ…やっと出られた…」


 最初から最後まで――捕まった瞬間から、今この時まで――ギンギツネの手の平の上で転がされっぱなしだった。


 ギンギツネはほくほく顔で、僕は今にも倒れそう。


 もしも僕らの姿を誰かに見られたら、何かおかしな勘違いをされそうだ。


「ねぇ、二人の様子おかしくない…?」

「まさか…手を出したの…!?」

「お化け屋敷は暗い空間です、事に及んでも不思議じゃありません…!」


 うん。

 だろうね。知ってた。


 ホッキョクギツネが論理的に興奮してるのは意外だけど、まあいいや。


 これで今日のデートも終わり。

 楽しいけど、とにかく疲労を重ねすぎた。


 ホテルに到着した瞬間、緊張が緩んで足がもつれる。


 あはは、かなりのってやつかな。


 今夜はゆっくり寝て、明日のキタキツネとのデートに備えよう―――


「ねえ」

「…え?」


 部屋に向かおうとした僕の手を引く。

 もちろんそれはギンギツネ。


 ギンギツネは舌なめずりをして、妖しげに口の端を吊り上げた。


「どこに行くつもり? まだデートは終わってないわよ?」

「でも、お化け屋敷は…」


 チッチッチッ。

 軽快にに舌を鳴らして、たった一言。


デート」

「……あ」


 たったの一言で、全ての反論を封じられた。


「今日はまだ終わってないわよ。でも、どうしてもノリアキさんが寝たいって言うのなら……」

「待って、あの、ギンギツネ……」


 迫って来る。

 逃れられない。

 

 僕はもう、牙に掛けられた獲物だ。


「今夜はとっても…長くなりそうね♡」



 …その日、僕は知った。


 日付が変わる瞬間というものを。


 ギンギツネは言った。

 寝るまではずっと今日なのだと。


 は長かったよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る