Ⅷ-190 誕生日会が突然に…?
「ノリくん! お誕生日…おめでとーっ!」
パァンッ!
イヅナが鳴らしたクラッカーから、色とりどりのリボンが舞い散る。
「え、えっと…」
「もう一年かあ、長いようで短かったね。思い出をたくさん作ってきたけど、今日は今までで一番……」
「ちょ、ちょっと、待ってってば!?」
全然わからん話の流れ。
僕は思わずイヅナを止めた。
「……ん?」
ことん。
可愛らしい擬音を立てて、イヅナは首を傾げる。
だけどそんな風にされても、僕にはやっぱり戸惑うことしか出来ない。
「イヅナちゃん、誕生日ってどういうこと?」
「そうよ。私たち、そんな話全然聞いてないわ」
ほら、キタキツネとギンギツネも困惑してる。
「……?」
ホッキョクギツネに関してはまあ……”誕生日”そのものを知らなくても、仕方ないのかな。
そんな三人にはお構いなし。
イヅナはただ僕だけを真っ直ぐ見つめて、うっとりとした表情で話し出した。
「今日はノリくんがこの島に来て365日目、つまり一年なの」
「うん」
「つまり今日はノリくんのお誕生日でしょ?」
そっか、誕生日。
僕が果たしていつ生まれたのか、色々と考える余地はあるけど……まあ、別に今日でいいのかな。
「…多分、そうなるね」
「そう。だから、お誕生日会を開くことにしたんだ!」
「そうなんだ…サプライズ?」
「うん、驚かせたくって」
だったら成功だね。すごく驚いたよ。
……クラッカーの音に。
ええと…さて、そんな感じに僕は丸め込まれた。
けれど僕以外の不満は残ってるみたい。
まずは、キタキツネが口をとがらせて文句を言い始めた。
「ねえ、だったらなんでボクたちに黙ってたの?」
「え? だって絶対に一番に祝いたいじゃん」
「ぐ…」
一番が良いから黙ってた……か。
何ともイヅナらしい答えだね。ちょっと安心しちゃった。
けど、やっぱりキタキツネには不服なのかな。
「………確かに、そうだね」
そうでもなかった。
というか、説得されちゃった。
でもまだ一言目だよ?
もしかして、そんなに共感できる考え方だったのかな。
「ボクも…ノリアキの一番になれるなら、それくらいする」
うん、そうらしい。
とりあえずこれで、キタキツネの不満は解決……かな?
あとは、ギンギツネとホッキョクギツネだけど……
「イヅナちゃんのことだし、もう準備も終わってるんでしょ? なら、今になって私からとやかく言うことは無いわ」
「……?」
ギンギツネは半ば諦めてて、ホッキョクギツネは…眠たいのかな?
ともあれ文句はないみたいだし……いいかな。
みんなの様子を見て、イヅナがうんうんと満足げに頷く。
景気づけにもう一つ、始まりの合図のクラッカーを鳴らした。
「よーし、話もまとまったし、早速始めよっか! 待っててね、キッチンにお料理がいっぱいあるから!」
「ああ、だからずっと立て籠もってたのね」
ギンギツネがそう呟いた頃、イヅナは既に部屋の外。
バタバタと走り回って、時に念力で空中に浮かせながら、次々にお皿いっぱいの料理をテーブルに運んで来る。
美味しそう。
確かにとっても美味しそうだけど。
……こんなにたくさん、食べられるかな?
それと、ある食材のせいで色合いがちょっとね…
「…油揚げ、やっぱり多いよね」
「好きなんでしょうね、こんな風に埋め尽くしたいくらいには」
「イヅナさん、今日は張り切ってますね」
感心しているホッキョクギツネ。
キラキラな目でトントンと並べられていく料理を眺めている。
長らくボーっとしてたけど、さっきの話は聞いてたのかな。
一応、聞いてみよっか。
「えっと、ホッキョクギツネ……わ、分かってる?」
「はい。なにか、ノリアキ様にとって特別な日でしょう?」
「……あはは、すっかり忘れてたけどね」
でも、お誕生日か。
改めて考えてみると、とっても不思議な感覚。
僕が生まれた瞬間ってきっと、あのロッジで最初に目を覚ました時だよね。
それを覚えてるなんて珍しい。
もっと言えば、生まれ方も普通じゃないし。
……それは、フレンズのみんなも一緒かな?
ホッキョクギツネを見た。
この子も、動物にサンドスターが当たって生まれたんだよね。
やっぱり不思議だ。
彼女を見つめる瞳に、好奇心が入りこむ。
ホッキョクギツネは僕の視線に気づくことなく、イヅナに視線を向けている。
しばらくの間じっと目で追い続けて、一言。
「…羨ましい」
「え?」
小さく呟かれた言葉に、僕は驚いた。
羨望と呼ばれる感情は、ホッキョクギツネとは縁の遠いものだと思っていたから。
彼女は一瞬僕を見る。
そして正気に戻ったように飛び跳ねて、しどろもどろな弁明を始めた。
「あ、いえ……イヅナさんは、一日も欠かさずに数え続けてきたんですよね。ずっと、今日の為に」
「うん…だと思う」
またイヅナに視線を向ける。
今度は分かった。
秘められた想いは憧憬だ。
「あぁ、やっぱり羨ましいです……そんなこと、わたしには最初から不可能でしたから」
「…そっか。そうだね」
ホッキョクギツネだけは、この島出身じゃないんだ。
この島の外で、ホートクで出会った。
だから、僕の最初の瞬間に立ち会えるわけもない。
出会いの瞬間から既に閉ざされていた可能性。
最初から僕と一緒に居られたイヅナに、いくら羨みの気持ちを抱いても何もおかしいことは無い。
「……でも、そこまで気にしてません」
ふんわりと強く、腕を抱き締められる。
柔らかな上目遣いで、彼女は頬を擦りつけた。
「今、一緒にいられる。それで、十分に幸せです」
「…そっか。ありがとう、ホッキョクギツネ」
みんな、僕を必要としてくれている。
でも僕はきっとそれ以上に、必要とされたがっている。
だからこの優しさに甘えてしまう。
溺れてしまう、温泉のように暖かなドロドロの中に。
お誕生日会はきっと、もっといつもより盛り上がるはず。
「もうすぐ始まりそう…楽しみだね」
「はい、そうですね♪」
「ちょっと、ホッキョクギツネばっかりくっつかないでよ!」
「あらあら、もうお熱くなってるのね…?」
「もう、私が準備してるのにみんな何なのー!?」
あれれ。
おかしいな?
この危なっかしい騒がしさが、もっと欲しい体になっちゃった。
―――――――――
「じゃあ、改めて”おめでとう”の言葉を……」
何処から出したかクラッカー。
大きさはなんと今日一番、中身も音も最大級。
そうだね、耳は閉じておこう。
ふぅと大きく息を吸ったら、その時までのカウントダウン。
「3、2、1……!」
さあ、ついに――!
「これ食べたい! ねぇノリアキ、取って?」
「…え? あ、うん……はい、どうぞ」
遮るようにキタキツネ、僕にジャパリまんを取ってもらおうとする。
味は質素ないつもの青。
パーティーなのに、コレで良いんだ……
「私がこれがいいわ。お願いできる?」
「う、うん…いいよ。はい、ギンギツネ」
それに続いてギンギツネ、こっちは天ぷら、見栄えが良いね。
「あ、あの、ノリアキ様……」
「…これだね、よいしょっと」
ホッキョクギツネはおずおずと、お魚の握り寿司を指差した。
「……」
「えっと、その…イヅナは、どれにする?」
「…これ」
涙目のイヅナ。
この子がこんなに目を赤くしたのは……キタキツネがイタズラで、稲荷寿司の中にワサビを大量に混ぜ込んだ時以来というもの。
勢いに押されて取っちゃった僕も悪いけど、かわいそうだなあ……
とりあえず、イヅナが指差した鼠の天ぷらは取ってあげた。
でも、どうしよう……
「ねえ、誕生日ってそんなに大事? ボクはよく分かんないけど」
イヅナの気持ちを知ってか知らずか――十中八九わざとだろうけど――キタキツネが挑発するような言葉を口にする。
「あはは、キタちゃんには理解できないよね? 大丈夫、期待してないよ」
イヅナもいつもの調子で煽り返して、視線はバチバチ。
結局、普段と大して変わらないご飯の席になっちゃった。
「もう、二人とも落ち着いて?」
「でもキタちゃんは…!」
「イヅナちゃんが…!」
この時ばっかりは口を揃えて、二人は互いを責め立てる。
分かるよ、気持ちが抑えられないこと。
だから、真ん中にいる僕がキッチリ収めないとね。
頭を撫でながら、二人をそっと宥める。
「お願い、今日は我慢してくれないかな? ね、せっかく豪華なご飯がいっぱい並んでるんだからさ」
「ん…」
「で、でも……」
イヅナは納得してくれた。
キタキツネは若干渋っているみたい。
じゃあ……アレ、やろっかな? 後が怖いけど…
「…キタキツネ、お口空けて」
「……あーん」
大きく開いたキタキツネの口に、半分に割った稲荷寿司を押し入れる。
出汁のよく染み込んだお揚げに、単純ながら美味しい酢飯。
一段と気合の込められた、イヅナ一番の力作だ。
「…おいしい」
「うふふ、当たり前でしょ? だって私が作ったんだから…!」
「そう、だったね」
美味しく食べてはいたけれど、”イヅナが作った”と言われると表情を苦くするキタキツネ。
でも手ごたえはあった、もう一押しだね。
「これを食べられるのだってイヅナのおかげだからさ、どうにか…抑えてくれないかな?」
パチンと手を合わせて、懇願のポーズ。
やっぱり最後は頼んで落とす。
単刀直入なお願いごとに勝る言葉は無いよ。
「…わかった。今日は、我慢する」
ほらね。
これで一件落着。
気を取り直して、お誕生日会を楽しもう。
「丸く収まったところで、私から一ついいかしら?」
「ど、どうしたのギンギツネ…?」
「ふふ、あーん」
大きく口を開けて、目の前で止まったギンギツネ。
困った僕が固まっているのを見かねて、今度は耳元で静かに囁いた。
「…私にも、キタキツネみたいに食べさせて欲しいわ?」
「あ、うん…」
やっぱり始まっちゃったよ、食べさせられ合戦。
まあ仕方ない。
今回はイヅナのお寿司の力で説得したけど、食べさせたことには変わりないもんね。
「じゃあ、これでどうかな」
ギンギツネのお口に、サクッと香ばしいかぼちゃの天ぷら。
あむっとくわえたギンギツネは……あ、あれ?
どうしてだろう。
いつまで経っても、食べようとするそぶりを見せない。
「……ん」
…と思ったら、天ぷらを口にしたまま顔をこっちに近づけてきた。
これって、反対側を噛めってことかな?
「む……んん?」
「ふふふ…!」
ギンギツネは笑顔になった。
勘だけど当たったみたい。
「な、なんて食べ方を…!?」
「ねぇ、ボクはそんな風に貰わなかったよっ!」
「あわわ…えっと、わたしはどうしたら…!?」
まあ、騒がしくもなるよね。
僕が心の中で腑に落ちていると、ギンギツネはどことなく不満げ。
こ、この先…
僕には、何をすればいいか分かんないけどな…?
すると、ただでさえ近いのに、ギンギツネはもっとにじり寄ってきて…!
「っ!?」
え、抱き付いてくるの…!?
いきなりの行動にびっくり。
でもそれだけじゃ驚き足りない。
間髪入れる隙もなく、ギンギツネは僕に全体重を預けてきた。
そんな風になったら、もちろん座ったままじゃいられない。
そのまま僕らは倒れ込んで、ついには上に乗られる形に…!
「ちょ、ちょっと…何やってるの!?」
ナイスタイミングの横槍。
ギンギツネを止めたのはイヅナだった。
「もうギンちゃん、好き勝手しないでよ!」
よしよし。
これでイヅナがギンギツネを説得してくれれば、きっと全部安泰だ。
「あら、じゃあ貴女もこっちに来れば?」
「え……?」
あれ、動揺してるような。
まさかとは思うけど、迷ってるのかな…
怖いし、一応
「えっと、イヅナ? ちょっと、助けてくれると嬉しいんだけど……」
天を仰ぐイヅナ。
苦しそうに呻いて、胸元で手を握って、地団太を踏む。
やがて、こちらを見る。
イヅナの目は、とても綺麗に赤らんでいた。
「……ごめんね、ノリくん」
…あはは。
もう、パーティーはめちゃくちゃだね。
―――――――――
「…はい、お茶ですよ」
「ありがとう……何も入ってないよね?」
「あ、当たり前ですってば!」
全力で否定するホッキョクギツネ。
まあ、当然だよね。
よくよく考えたら、お茶に何かおかしな混ぜ物をする方が稀だった。
「えっと、お疲れですか…?」
「そうだね、かなりもみくちゃにされたから…」
一線は越えてないけど、疲れたことに変わりはない。
楽しかったけどね、やっぱり体力が保たないんだ。
でも一年に一度だって思ったら、これくらいはしゃいじゃっても仕方ないのかも。
「明日から、また普段通りの毎日かあ…」
「あ、それなんですけど」
「…え?」
もしかして、まだ終わらないのかな?
「どうやら、他にも何かやるみたいですよ。確か遊園地で、『れくりえーしょん』をするとか何とか……」
「…そっか」
それはとっても、嬉しいな。
「じゃあ、今日は早く寝ないとね」
大丈夫かな。
楽しみすぎて、眠れなくならないといいけど。
「はい……ゆっくりお休みください、ノリアキ様」
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