Ⅷ-191 遊園地にて泊まりがけ


「ぜぇ……ぜぇ…!」


 走る。

 息を切らして、足を引き摺って、進むことだけ考えて。


 うん、大丈夫。


 ここを撒ければ、このピンチさえ乗り越えればいい。

 そうすれば回復して、また次の戦いに臨める。


 だから今は早く、もっと速く、前に―――!


「……うわっ!?」


 転んだ。

 平地に足を取られた。

 何も無い所で転んでしまった。


 この分だと、いよいよ体力の方も限界かも知れない。

 まだ一時間も走ってないはずなのに……不甲斐無いな。


 でも悔やんでる暇はない。


 早く立ち上がって、逃げないと…


「うふふ…やっと追いついた」

「っ……!?」


 そんな、もう…!?

 いくら追い掛け慣れてるからって、流石に早すぎるよ。


 イヅナはじりじりと、心を嬲るようににじり寄ってくる。

 甘ったるく、毒のように戦意を蝕む言葉を添えて。


「ねぇノリくん、なんで逃げるの…?」

「あはは、逃げるに決まってるじゃん――」

 

 足を止めることなんて出来ない。


 僕は逃げ続けなきゃいけない。


 だって。



でしょ?」



 始まりは、今日の朝まで遡る―――




―――――――――




「とうちゃく~! 久しぶりだね、遊園地っ!」

「そうだね。懐かし…くはないかな」


 そんなに何度も来た覚えも、大した思い出が残っていることもない。


 辛うじて思い出せるのは、島を挙げて開いたパーティーの記憶。


 イヅナが初めて素性を明かしたは確かに印象的かもだけど、思い出って呼ぶには物騒すぎる。


 とどのつまり、なんにも無いって訳。

 それはこの蜘蛛の子一匹いない、閑散とした遊園地の様子と全く同じだ。


「まるで貸し切りだね、スタッフさんもいないし」

「そこは大丈夫、ボスたちにしっかり仕事させるから!」


 見回しながらしばらく指を遊ばせ、見つけたボスを指差すイヅナ。


 あれは…コーヒーカップの整備かな?

 僕たち五人の為だけに、中々苦労をさせちゃってるね。



「で、何するの? ボク、あんまり遊園地とか興味ないんだけど……」

「もしかして、昨日のお誕生日会の続きなのかしら?」


 イヅナに疑問を呈するギンキタ。

 二人は何も聞いてなかったみたい。


 昨夜のうちに『レクリエーションをする』と聞いていた僕とホッキョクギツネは、何となくお互いを見て微笑み合った。


 不思議なものだね。

 ただ知ってるだけなのに親近感が湧いてくるなんて。


「まーまー、それは後で説明するよ。それよりね、先に見せたい建物があるんだ~」


 詰め寄る二人をかわして、イヅナは飄々とした調子で疑問も受け流す。


「ホントだよね…?」

「嘘つく意味ないもん、信じちゃってよ」

「…言い方がうさんくさい」

「あはは、ひどいね~」


 今日のイヅナはだ。

 いつもなら言い返しちゃいそうなキタキツネの言葉にも、ほんわかと笑って対応している。


 僕としては、常日頃からこれくらい寛容だと助かるんだけど。


 ……難しいよね、やっぱり。


「ささ、早く行こ? 時間が勿体ないよ」


 上機嫌で僕の手を引くイヅナ。

 見せたい建物ってどんなのだろう。


 うーん…イヅナのことだし、やっぱり神社とかかな?


「うわぁ、何これ……!?」


 …そう思っていた僕は、目の前に姿を見せた現代的な建築物にとても驚かされることとなった。


「ふふん、立派でしょ? 私が設計して、ボスたちに建てさせたんだよ!」

「あ、ボスが建てたんだね…」


 そっか、あくまで設計……ううん、それでもすごい建物だなぁ…!


「なにこれ、へんなの」

「何よキタちゃん、このの素晴らしさが分かんないの?」

「だって、ボクたちの宿が一番安心するんだもん…」


 まあ、あの宿には慣れ親しみすぎちゃったからね。

 今更ホテルがあるって言われて、そんなにワクワクしないのも仕方ないかも。


「ふふふ…この中を見ても同じことが言えるか、楽しみだね……?」


 イヅナは不気味に笑いながら、僕たちを中へ誘う。

 もしかしたら、罠でも仕掛けてあるんじゃないかな…?


 ……疑っちゃ悪いよね。


「じゃあ行こっか、時間も勿体ないし」

「さあさあ、四名様ご案内~」


 こっちを向いて、後ろ向きに歩くイヅナ。

 その先には、閉まったままの透明なドアが見える。


 あれ、このままじゃ危ないんじゃ…?


「ねぇ、そろそろドアが……」

「ん、どうしたの?」


 イヅナがぶつかると思った瞬間、なんとドアが勝手に開いた。


「……なんだ、自動ドアだったんだね」

「うふふ、ハイテクでしょ?」

「それはそうだけど…」


 ドキドキして損した。

 イヅナはなんかニコニコしてるし、僕の反応は思惑通り?


「もう、入るなら早く入ってよっ!」

「あっ、キタちゃんそっちは…」


 痺れを切らしたキタキツネ、イヅナが止めるのも聞かずに突っ走っていく。


 走る先は自動ドア……


「…わぁっ!?」


 …じゃなくて、ただのガラス。


 ぶつかる直前にようやく気づいたみたいだけど、時すでに遅し。

 走り抜けた勢いのまま、大きな音を立てて正面衝突を起こした。


「はぇ…うえぇ…」


 キタキツネはふらふらとよろめいて、ガラスには体の形のヒビが入っている。

 建てて早速、修理が必要になっちゃったみたいだね。

 

「あーあ、話を聞かないから…」

「あうぅ…ノリアキぃ…」

「もう、気を付けないとダメだよ?」


 図鑑には”キツネは臆病で用心深い生き物”と書いてあったけど……どうしてこう、奔放で猪突猛進な性格になっちゃったんだろう。

 

 最初に僕と会った時には、図鑑の説明のままの大人しい子だったのにな…?


「ごめんなさい、次から気を付けるね…?」


 反省は…してるのかな?

 耳も尻尾もしゅんとしてるし、見た目だけじゃなさそうだ。


 よしよし。

 痛かったよね、次は気を付けようね。


 そう声を掛けて、頭を撫でてあげる。


「きゃあ~っ!」


 ドンッ!


「…え?」


 すると聞こえてきた衝突音、そしてわざとらしい叫び声。

 

 い、いきなりどうしたんだろう?


 声のした方を見ると、少し前のキタキツネのようにガラスに張り付いているイヅナ。

 イヅナはふらふらと足取りを踏み、抱き付いて僕の方に頭を差し出した。


「ど、どうしたの?」

「わたし、ぶつかった。いたい。なでて」

「……はいはい」


 要は妬いただけ…って言っちゃ悪いかな。

 だってイヅナは本気だもんね。


 言われるままに手を動かしながら、僕は思い出す。


「ねぇイヅナ…入らなくていいの?」

「…あっ、そうだった!」


 慌てて離れようと……はせず、僕を引っ張りながらホテルに入るイヅナ。


「全く、騒がしいわね」

「皆さん元気で、わたしはよろしいと思います」

「そう、変わってるわね」

「……そうでしょうか?」



 元気なイヅナに先導されながら進む僕ら二人と、それを遠目で眺めながらホテルに足を踏み入れる二人。

 

 合わせて四人。


 その全員が、美しさに言葉を失う。


「あ……」


 まず目に付いたのはその煌びやかさ。

 天井にシャンデリア、地面は大理石、柱は何かの水晶だろうか。


 バランスというものを度外視し、とにかく『輝かしいもの』を搔き集めて形にしたような内装だった。

 それでいて、綺麗だった。


「あぁ…やっぱりいつ見ても綺麗……! ノリくんも、そう思うでしょ?」


 恍惚に頬を抑えて、消え入りそうに問いかける声。

 

「確かに綺麗だね。…少し眩しいけど」

「…そっか。なら少し控えめにするね」


 パチン。


 イヅナが指を鳴らすと、穏やかな光がロビーを包み込む。

 見上げると、天井のシャンデリアが柔らかなオレンジに染まっていた。


「さて、ロビーはこれくらいにして。お部屋の方を見に行かない?」

「うん、そうしよっか」


 イヅナの提案に頷いて、僕はみんなの様子をうかがう。


 ギンギツネとホッキョクギツネは腰を下ろしてロビーの見物。

 キタキツネは真ん中の噴水に手を突っ込んで遊んでいた。


「…そろそろかしら?」

「うん、寝るお部屋を見に行くってさ」 

「そう、じゃあ行きましょうか」


 ギンギツネが椅子から離れると、ホッキョクギツネも続いて立ち上がる。


 そんな中、気付かないまま遊んでいるキタキツネ。


 見かねた僕が呼ぼうとしたら、それよりも早くギンギツネが声を掛けた。


「置いてっちゃうわよ、キタキツネ?」

「え? ……わわ、待ってノリアキ!」


 ギンギツネが呼んだのに、引き止めるのは僕なんだね。

 まあ、別に大したことじゃないけど。


 幻想的な水の世界への旅から戻って来たキタキツネ。


 美しさを噛み締めているかと思えば、実際は手を合わせて寒さに歯を食いしばっている様子。


「うぅ…手が冷たい…」

「…キタキツネも大概妙なはしゃぎ方してるよね」

「えへへ、なんでだろ…?」

 

 なんだかんだ言って楽しんでいる様子。

 

「お部屋も楽しみだね」

「…うん!」


 素直に笑うキタキツネがかわいい。

 うん…やっぱりかわいい。

 それだけ。




―――――――――




「じゃじゃーん! ここが、このホテルで一番豪華なお部屋だよ!」


 四階建てホテルの最上階。


 広い部屋はロビーとは打って変わって木目調、質素かつ壮麗に雰囲気がまとめられていた。

 息を吸えば、木から香る仄かに甘い香りが心地よい。


 そして注目すべきはやはりインテリア。


 和風にアレンジされた大きなベッドはこの部屋とよく似合う。

 イヅナ曰く、外で言うところのサイズらしい。


 調度品も過不足なく揃えられている。

 もちろんとても多く、一週間泊まり続けたとしてもこの部屋の全てを味わいつくすのは不可能かもしれない。


「うわ、予想以上…」


 外に目を向けても、その美しさは絶えることが無い。

 壁に大きく嵌められた窓から遊園地と海が、反対の窓からは火山が見える。


 観覧車は海を背景に日光を受けて輝く。

 きっと夜も、ライトと月明かりで美しいに違いない。


 火山は打って変わって緑と山肌と虹色。

 この部屋の雰囲気も相まってこれ以上なく壮大な自然を感じられる眺めだ。


「…なんか、めまいがしてきた」


 確かに素晴らしい。

 この島で最上級の機能性を誇る建物と言っても過言ではないだろう。


 でも、その反面疑問にも思う。

 

「こ、こんなに凄いの必要なの……?」

「もう、要るから建てたんだよ?」

「いや、まあ、イヅナはそう思ったんだろうけど…」


 僕は困って苦笑い。

 その顔で気づいたのかな、イヅナはハッとしたように手をポンと叩いた。


 ”そういえば言ってなかったね?”


 前置きをして、イヅナはやっとここに来た目的を話し出す。


「お誕生日会の続き、レクリエーション。それを、この遊園地に泊まりがけでするつもりなんだ」

「それは…何日もかけてってこと?」


 コクコク。

 嬉しそうに頷く。


「…何をするの?」

「うふふ、よくぞ聞いてくれました!」


 今日一番の笑顔。

 真っ白な尻尾を千切れんばかりの勢いで振り回して、イヅナは宣言した。



「これから遊園地で…をするよ!」


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