Ⅶ-180 追って『未来』よ、そこにいるから。
時は遡ること数時間前…ミライが何かを見つけて小屋を飛び出す少し前のこと。
ロッジ付近の森の中。
登山をする調査隊の動向を監視しながら、イヅナは調査隊をキョウシュウから追放する手筈を頭の中で組み上げていた。
―――――――――
「ふぅん…そろそろ出発かな」
私は小さな
視界共有の動作も確認。
後は目立った行動が見られるまで、私は傍観を決め込むよ。
「よしよし、これで全部みたいだね」
事前にホッキョクちゃんから聞いたグループの数と同じだけ、尾行用のセルリアンを向かわせた。
勿論寝ないけどね、そんな暇無いし。
「よーし、頑張っちゃおー」
パラっとめくってノートのページ。
鉛筆で指すは十行目、思い描くのはキョウシュウから調査隊を追い返した後の計画。
実を言うと、彼らをこの島から出て行かせる方法はもう思いついている。
あまりにも単純な方法だし、勿体ぶるまでも無いから言うけど……セルリアンを出して、まだ危ないと思わせて逃げ出させるの。
ね、簡単でしょ?
…だから必要なのは、その後にどうするか。
この方法で生まれるであろう欠点も補える、とても優秀な事後策が必要なのです。
「そう。飽くまで『調査』だから危なくなれば出て行くはず。だけど…その後がねぇ…」
セルリアンの脅威が去っていない。
そうと分かればどうするだろう?
大まかに考えられる可能性は二つ。
潔くすっぱり諦めてしまうか。
もしくは、更なる準備を整えてからもう一度やって来るか。
私たちの立場で言えば前者が良いんだけど、当然ながら後者が選ばれる可能性もある。
…少なくともその時が来ない限り、私たちには分からない。
だから、なるべく悪いケースを想定して方策を練る。
練っているものの……情けない話、お手上げかもしれない。
…思いつかないんだよ。
彼らを、この島に入れないようにする方法が。
それに、今の私の妖術のスペックじゃ不可能だ。
あと数年は経ってくれないと、どう足掻いても出来る気がしない。
でもどちらかと言えば、手段が思いつかない方が深刻だろうね。
能力の練度なら多少は融通が利く。けれど、それ以前の問題だったら本当にどうしようもないんだもの。
「それでも、私がやらなきゃ…!」
邪魔だ、アイツらは異物だ。
どんな手を使ってでもこの島から消さないと。
もしもの時は、彼らをヒトの群れにさえ帰さない方がいいかも知れない。
それが最善策なら、実行するのにも、何も困ることは……
「……ん?」
ふと肌を刺した違和感。
それは遠くから感じた視線。
まるで、山の上の方から……
「…っ!」
体は咄嗟に動いた。考える暇もなかった。
私は違和感の主に視線も顔さえも向けることなく、体を翻して木々の隙間に隠れた。
「あー…もしかして、パークガイドさんだったりするかなぁ…」
火山の上は度々飛んで通っている。
何があるかなんて全く意識していなかったけど……朧気ながら、ここを登った先に古い小屋が建っていたような記憶もある。
まあ、どうでもいいや。
とにかく、姿を見られたと直感した。
その勘を信じるとすれば、私を見た誰かは確かめにやって来るかもしれない。
「やれやれ、なんで私がゆっくりできないかなー…」
外の世界に意識を向ければ、ガサゴソ聞こえる遠くの草葉。
何とも足がお速いもので、隠れる暇もなさげな様で。
いいよ、追いかけっこが御望みなら付き合ってあげる。
…精々、化かされないようにね?
―――――――――
「くぅ……確かに、この辺に見えた気がしたんですけど…」
高速で山を下り、勢いのままに緑の中へと飛び込んだミライ。
不思議そうに周囲を見回し、片手に持った双眼鏡でより遠くの景色を確かめた。
「結構早く来たと思ったんですが……まさか、気付かれていたんでしょうか?」
数分前…イヅナの姿を双眼鏡で発見したように、この場所から山の小屋まではそれなりの距離がある。
それ程遠くからの視線に気づき、よもや危険を察知して逃げてしまうなんて。
ミライの知る中にそんな超常めいた能力を持つ動物はいない。
しかし彼女は…数少ない事実から導き出したこの突拍子もない推論に…納得するかのように得意げな頷きを見せていた。
「…ええ、そうでしょう。むしろ、それくらいでなければ説明が付きません」
ふふ、と軽く息を漏らす。
そして何となく向けた双眼鏡を覗き、口角を吊り上げた。
「私の勘も…衰えていないようですね!」
双眼鏡をベルトに引っ掛け、ミライはスタンディングスタートの姿勢を取る。
パークガイドにしては整っているそのフォームは、長年自然と親しみあってきた彼女が身に着けた、この大自然の中で逞しく生きていくための本能。
「…ふっ!」
草を蹴り、風を切り、白いその影を追いかける。
「すぐに行きますからね、不思議なキツネさんッ!」
全霊を込めた叫びは、どちらかと言えば好奇心に満ち溢れていて。
そんな愚直で真摯な姿勢だからこそ、迫るものがあったのかもしれない。
……そう、物理的に。
「え…うわっ!?」
「追いつきました! さあ、姿を…あれっ?」
「くっ…本気になっちゃってさ…!」
一瞬、ほんの刹那の間、イヅナの着物を掴んだ右手。
しかしイヅナも黙ってはいない。
すぐに手を振りほどき、ドロンと緑の中に姿をくらましてしまった。
…じゃあ、振り出し?
まさか、そんな訳は無かろう。
この一瞬のやり取りで勢いづいたのはミライだった。
当然の反応であろう。彼女は確信を得たのだ。
あの時見たフレンズの姿は、決して幻影ではないのだと。
「くぅーっ、今度こそ、捕まえますからね!」
(ああもう、厄介な勢いが付いちゃったよ…!)
対して、この状況を好ましく思わないイヅナ。
出来ることならば、今すぐ例の転移シートを使ってこの場から逃げ出してしまいたかったことだろう。
だが彼女がその一手を指すことは無い。
少なくとも今はそうするべき瞬間ではない。
(まだ、コイツが私をどう思ってるのかが分かんないんだよ…!)
ただの臆病なキツネのフレンズか。
もしくは何らかの秘密を握っている特殊なフレンズか。
前者ならば、このまま無知な鬼ごっこを続けるのが一番だろう。
後者ならば、多少の疑惑を増してでも逃げてしまう方が良いだろう。
(ああ、なんて不思議なキツネさんでしょう、ぜひ戯れたいですねぇ…!)
正解はと言えば…まあ半々なのだが。
しかしミライは、この調査の裏でイヅナたちが暗躍していることを知らない。
更に言えば、何かが起こっていることさえ気づいていない。
そしてイヅナは、そのことに気づいていない。
(もう、一体どっちなの…?)
(ああ、早く出てきてくれないでしょうか…!)
詐欺師は相手の嘘を訝しむ。
化け狐は、逆に自分が化かされていないかを心配する。
イヅナはそれを恐れるあまり、大事な事実を見落としているのだ。
だから…彼女は空を飛ぶことすら出来ない。
「うふふ…そろそろ出てきてくれませんか? 怖くなんて無いですよ、一緒に楽しみましょう…?」
(『怖くなんて無い』って…そういう言葉が一番怖いって分かんない訳!?)
緑を挟んだ膠着状態。
先に動くはキツネかヒトか。
(…行くしかないか)
衝動に駆られたのは、イヅナの方だった。
「ん…? ……わわっ!?」
ガサガサッ!
風より強く葉っぱを靡かせ、白い狐が叢から飛び出す。
そう…狐。
フレンズではなく、動物としての狐だった。
「おや、これは…」
先程まで楽しげに追いかけっこをしていたミライも、これには些か驚いた様子。
しばらくの間、逃げて行くイヅナを小走りで追いかけて…
(見間違い? いいえ、確かにフレンズさんの姿をしていました。この私が間違えようはずもありません。では、なぜ…)
ミライは考えて。
イヅナは逃げて。
尻尾が揺れて。
それを見て。
(…いえ、どうでも良いですね)
論理が、吹き飛んだ。
「うふふふ…普通の狐さんだとしても、捕まえさせてもらいます!」
「…っ!」
「おお、何てすばしっこい…っ!」
(ふふん、当然でしょ?)
感嘆の呟きに満更でもないイヅナ。
生憎、動物の姿をしていた彼女は…得意げな顔をする代わりに尻尾をフリフリすることで感情を表現した。
その姿を見たミライ。
彼女の理性が、爆ぜた。
「ハッ!? やはり、美しく、強い…! ジャンプ力もさることながら…揺れるもふもふの尻尾! 素早い跳躍を支える空間把握能力に加えて、美しく風になびくお耳! なんて素晴らしいんでしょう…これは、天からのお使いなのでしょうか…!? ああ、しっかりと拝まなくては…!」
早口で何かを喚きたて、突拍子も無く土下座を始めたミライ。
そんな彼女の姿を見たイヅナは。
(なにこの人、頭がおかしいんじゃないの…?)
中々に、辛辣な感想を胸に抱いていた。
―――――――――
…そのまま数分の間、ミライは土下座を続けていた。
イヅナも前触れなくミライの狂気に触れてしまったせいか、何をするでもなくその場所でミライの奇行を眺め続けていた。
しかしそんなシュールな時間にも、いずれ終わりはやって来る。
(…あ、今なら逃げられるじゃん)
それに勘付いてしまえば、もうこれ以上ここで無駄に時間を潰す道理はない。
イヅナはテレポートの術式を起動し、火山山頂付近の小さな施設に座標を合わせて転移する。
そして一瞬のうちに、イヅナの姿は神隠しの如く消え去った。
「……ん?」
そしてミライも…イヅナの気配が消えたことを肌で感じ取ったのだろう。
転移が終わると同時に顔を上げ、土下座を止めて立ち上がった。
「あのキツネさんは、夢…? …いえ、そんな筈はありません。確かに居ました! …ハッ、アレはまさか、オイナリサマ…!?」
ミライは知らない。
この島に居を構えるオイナリサマの、ある種イヅナを超えた恐ろしさを…
「まあ、それは追々考えるとして…いやはや、衝動のままに動いてしまいましたねぇ…」
困ったように頭を掻く。
本当に自業自得なのだが…ミライは、何食わぬ顔で火山まで戻れる程の図々しさなを持ち合わせていなかった。
それと、体力も。
「船に戻る訳にもいきませんし……あ、近くに良い場所がありましたね」
だが彼女は思い出した。
時間を潰せて、そして休むこともできる。
そんなお誂え向きのスポットが…この近くにあることに。
「…では、ロッジに向かうとしましょうか」
懐かしのロッジ。
今でも沢山の思い出が残る…お客さんと、フレンズと、パークガイドの憩いの場。
潤んだ目で見た空の先、誰の姿があっただろう。
それはきっと………ミライと、あのホログラムにしか分からない。
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