Ⅵ-168 戦いのイロハ、臆すべからず。
「はぁ…はぁ…っ!」
まだ青い落ち葉を踏み散らして。
遥か後方から聞こえる戦いの音を聞き、振り返りたくなる衝動を抑えて。
…私は、全速力で走っていた。
「さっさと連れていかなきゃ…」
カムイは、口では無茶をしないと言っていた。
「…し、信じられる訳ないでしょっ!」
あの目は無謀にも突っ込んでいく目だ。そう私は確信していた。
確かにカムイには力があるし、戦いを乗り越えて生きる意志も感じる。
だけど、そんな些細な決意なんて一瞬で塗りつぶしてしまうくらいの…もっと強い諦めが、アイツの目にあった。
「何なのよ…私よりずっと強いくせに…!」
想像が付かない。
アイツなら、並大抵のセルリアンなんて片手で捻るように倒せるのに。
そんな強さを持っていても抗えない、抗う気すら起きない
「もう…一々危なっかしい奴なんだから…!」
今の私にできるのは足を止めないこと。
早く神社のみんなにカムイの危険を知らせて、一緒に戦ってくれるようお願いすること。
あと少しで着く。
「くっ…みんなっ!」
息を荒げたくなる気持ちを抑え、腹に力を込めて呼び掛けた。
そして私は、巨大なセルリアンが出たことと、カムイが奴を抑えるために戦っていることを手短に伝える。
「なるほど…事情は分かったであります! みなさん、すぐに向かいましょう!」
「そうっスね! カムイさんが心配っス…!」
彼女たちが一緒に戦うと名乗り出たのは、私が協力を呼び掛けるよりも前だった。
「みんな…ありがとう…」
「お礼なんて…これくらい当然っスよ!」
ビーバーの言葉を聞いて、私の涙腺は余計に緩む。
ああ、私もしおらしくなったものね。
普段なら、気兼ねなく頼み事だって出来たのに。
それくらい…アイツが心配ってことなのかな。
「ですが…私たちだけで戦えるでしょうか…」
「確かに、前に出た奴より大きそうな雰囲気だったからね…」
私の返事に、プレーリーはうんうんと頷く。
私は例のゾウ型セルリアンとやらは見ていない。
だけど、あの時戦った合体セルリアンと同じくらいだとカムイから聞いた。
今回は、それよりずっと大きい。
こんな場所で足踏みしている暇なんて無いと分かっている。
だけど、焦って駆け付けたところで何が出来るのかという思いも募る。
誰か、もっと強い助っ人がいてくれれば…
「…もしも、オイナリサマなら」
神様なら、私たちを助けてくれるかもしれない。
そうだ、オイナリサマは神社に来ているはずだ…
「オイナリサマは何処? 居ないの…?」
「あ…確か、用事があると言って図書館の方に歩いて…」
「と、図書館!? …いつ?」
「少し前っスけど…チャップマンシマウマさん?」
決心したら、私の準備は早い。
ほんの少しだけど、脚は休ませられた。
もう一度だって走れる、アイツの確実な安全を取るためなら。
「オイナリサマのこと…探しに行って良い? セルリアンなら下ったところ、探すまでもなく見つかるから」
一応聞くけど、有無は言わせない。
時間なんて無い、何か一つでも手遅れになる前に、掴まねば。
「分かったであります。チャップマン殿とオイナリサマ殿が戻って来るまで、私たちがカムイ殿を支援するであります!」
「…ありがと、行ってくるね」
ビーバーの指した方向へと私は駆け出す。
「間の悪い神様ね、カムイが危ないってのに…!」
零れる独り言。
誰も聞かないから独り言。
呼ぶ声さえも独り言。
オイナリサマを探して、私はプレーリー達と逆に丘を下りていく。
私を邪魔するように吹き抜けていく風の中で、ふと思った。
あのカムイでさえ叶わない
「だとしても、他に方法なんて無いのよ…!」
それでも考える。
もしそうだったらどうする?
答えは出なかった。
「あ、いた…」
出る前に、見つけてしまった。
私が駆け寄る前に、オイナリサマが歩みを寄せてきた。
「チャップマンシマウマさん…でしたかね?」
「は、はい! 聞いてください、カムイが……っ?」
アイツの危険を訴えようとした私を、オイナリサマは手の平一つで抑えてしまう。
「まあまあ、落ち着いて」
「は、はい…?」
私は手で胸を押さえる。
さっきまで抱えていた焦燥が一瞬で消え去ったようで、私は妙な気分に包まれた。
キツネにつままれたような表情をする私を見て、目の前の神様はクスリと笑う。
「大丈夫ですよ。貴女が来ることは分かっていましたから」
その言葉でついに状況が掴めなくなり、ただ困惑するしかない私に向かって、オイナリサマは囁いた。
「だから少しだけ…お話、いたしませんか?」
…ああ、直感しちゃった。
この先私に降りかかるのは、きっと碌でもないことだ。
私は自分の勘の良さを、この時ばかりは恨んでしまった。
―――――――――
「っ…中々やるな」
槍を横薙ぎに振るい、牽制しながら先に付いた落ち葉を払う。
チャップマンシマウマを送り出してから俺はずっと、このセルリアンと何にもならない小競り合いを続けていた。
「さて、応援はまだ掛かりそうか…?」
ほんの一瞬だけ上の方を振り返ってみるも、誰かがやって来る気配はない。
…まだまだ長引きそうだ。
俺は巨大セルリアンのサンドスターを吸ってまた重くなった槍を一旦仕舞い、代わりにサイレンサー付きの拳銃を”再現”した。
「試してみるとするか。誤射の危険が無い内にな」
再現した銃の型は…えっと、何だったかな。
”サイレンサー付き”という条件しか頭に残さなかったせいで忘れてしまった。
うん、フレンズたちを音で脅かすのは悪いからな。消音は大事だ。
果たして、本物のサイレンサーの消音性能が如何ほどなのか俺には知る由も無いが、そこは上手くサンドスターがやってくれるだろう。
頑張れサンドスター。期待してるぞ。
「まず一発…食らいな」
引き金を引く。
狙いを定めた銃口から、鉛弾とは似ても似つかない光の弾が飛び出した。
「おっと、そういう感じか…!?」
高速で突き刺さる光弾はセルリアンを貫き、苦しみの呻き声が聞こえる。
若干俺の予想とは違う結果だが、武器としての性能は十分なようだ。
「まあ、イメージが曖昧だったからな…」
明確に”再現”できなかった部分は補完されるのだろう。
サンドスター様様。オイナリサマ様様って奴だ。
…『様』を三つ重ねるのは微妙だな。
「まあいい、二丁で行こうじゃないか」
同じ型の銃を左手にも”再現”し、二つの銃口でセルリアンを再び狙い撃つ。
無慈悲な光弾が何度もセルリアンに突き刺さり、決して無視できないダメージを与えていく。
この調子ならば、応援の出番なく倒せるかもしれないな。
ならそれでいい。
彼女たちを危険に近づけたくはない。
「まだまだ行くぜ、この調子で……っ!?」
マズい。
突然頭痛が…!?
「うお…やべっ!」
痛みに頭を抱えてしまった俺。
その隙を見逃すほど、間抜けなセルリアンではなかった。
巨体の右腕を振り上げ、重力のままに叩き落とす。
砂埃と葉の吹雪と、轟音が知らせる衝撃波に巻き込まれて吹き飛ばされる。
「ぐ、ううっ…!?」
土まみれになって投げ出された俺は、再現した二丁の拳銃をどちらも失ってしまった。
「ちっ…アレが限界か…?」
とりあえず俺は起き上がり、木陰に身を隠して状況を分析する。
不幸中の幸いか、俺は先ほど襲いかかってきた頭痛の原因に心当たりがあるのだ。
平たく言うなら、サンドスターの使い過ぎ。
銃から放たれる光弾だが、何も無から生成されるはずはない。
きちんと原料があって、それは俺の体内のサンドスター。
銃の機能を”再現”するために、消耗品の諸々も能力で補充されるのだ。
「使いすぎなら、しばらく槍で戦うしかないな…」
”リロードを必要としない”という長所はあるが、今回はそれが仇となった。
次からは気を付けないとな。
俺は銃を引き付け、手に持って消去する。
自分が”再現”し作り出したものは、多少離れていても制御下にあるのだ。
「じゃ、やるか」
この隙にどっかに逃げられても困る。
あの巨体でよもやそんな芸当は出来ないだろうが、体力を削っておくのも俺の仕事だ。
応援が来るまで、もうちょっとの辛抱だ。…だろ?
「前半戦は、まだ終わってないぜ…!」
手始めに、その右腕を貫いてやるとするか――!
―――――――――
「…やあっ!」
乱暴に振り抜いた槍の先がセルリアンの胴体を抉る。
飛び散ったサンドスターは日光を反射し輝いて、まるで小さな虹のよう。
「まったく…しぶとい奴だ…!」
元から数えてなどいないが、数えきれないほど俺はコイツの体を切り裂いた。
しかしコイツの力は衰えるところを知らず、未だにその巨体は健在である。
こうなったら、セルリアンの『核』を破壊して芯から倒してしまう他に方法は無い。
「けどそれも…『出来たらやってる』って話か…」
実のところ、コイツの核はもう見える。
半透明な体の中央、分厚い皮膚の奥底に、光を歪ませ異彩を放つ巨大な核が、ハッキリとその姿を現している。
「一気に貫ける武器でもあればな…」
一応手元に候補はある。
散々サンドスターを吸い尽くし、異様な重さと硬さを得たこの
だが確証はなく、下手をすれば武器を失う。
体内のサンドスターをかなり消費してしまった俺にとって、それは非常に痛い損失となるだろう。
「不意を突くか、隙を作れれば…」
「無事でありますか、カムイ殿ーっ!」
「ん…ふっ、ようやく来たか」
走るだけでへとへとになり、肩で息をするプレーリーを見て反射的に呟く。
後からビーバーたちも合流し、この丘にいるほぼ全員がこの場に出揃った。
「プレーリーさん、だから急ぎ過ぎちゃダメだって…」
「うぅ、反省しているであります…」
「ともかくナイスタイミングだ。チャップマンは?」
「オイナリサマを探しに行ったであります」
なるほど、確かにそれが一番確実だ。
オイナリサマならこの程度造作もないだろうな。
「分かった。だけど過度な期待はしない、俺たちだけで倒すつもりで行くぞ」
「了解っス!」
手をこまねいている分際で言えたことではないが、下手に手出しをされては困る。
これは俺の戦いだ、俺がそう決めた。
だから、直接オイナリサマの手を借りることだけは、絶対に避けたい。
「ですが…大きいでありますね…」
「ど、どうやれば倒せるんスか?」
「算段はある、協力してくれ」
全員が頷く。
巨大なセルリアンに恐怖を感じていても、闘志は失われていない。
俺は安心し、全員に作戦を伝えた。
「――さて、始めるか。しっかり役目は覚えたか?」
無言の肯定。
もはや問いは無意味なようだ。
俺は頷き、槍を構えて真正面に立つ。
「…行くぞ!」
俺の号令と共に、フレンズたちは散り散りになった。
一人その場に残った俺は、その時までまた耐え忍ぶ。
「さあ、後半戦…ってとこだ」
これ見よがしに槍を構え、戦いのポーズを取った。
セルリアンは反応した。
当然だ。
今までこの槍で、この構えからの攻撃で、幾多の傷を与えられたのだ。
無視できる道理はない。
俺が倒れない限りこれで時間は稼げる。
だが、そんな仮定は無意味だ。
「俺は負けないぜ。さあ、仕掛けてやる…!」
放たれる斬撃は、敢えてセルリアンの表面だけを掠める。
突き出して与えた貫きは、ほんの少し痒みを与えるように刺すだけだ。
俺は本気で手を抜いて、セルリアンの注意だけを一身に受ける。
お互いにいじらしい想いだろう。
セルリアンは力を抜いている敵を仕留められず。
俺はその瞬間を今か今かと待ちわびている。
だが――
「…ようやく、合図が来たか」
俺はセルリアンを飛び越し、あらかじめ決めていた方向へと動き出す。
セルリアンは当然俺についてくる。
他に奪うべき輝きも、倒すべき敵も存在していないからだ。
プレーリーたちは、合図をして既に逃げてしまった。俺がそう指示した。
「そうだ、こっちに来い…!」
そして、数分後。
「…よし」
俺は小さくガッツポーズをした。
理由ならすぐに分かる。
だってその直後に…
――ガガガガガッ!
踏んだ地面が崩れ落ち、奴は大きな落とし穴にハマったからだ。
そう。
これこそ俺が、俺たちが奴に強要した最期の隙。
俺は飛び出した。
構えた槍を、無防備なセルリアンの核へと向ける。
「ああ…終わりだッ!」
勢いのままに突き刺し、まだ届かない槍を足蹴にして、更に深く、深く、暗い闇の中に黒を沈めていく。
柄を伸ばし、両手で掴み、セルリアンを足場に、まだ深く。
叫ぶ。
核を貫く全力と、心を穿つ決意を込めて。
「おおおおおぉぉぉッ!」
そしてすぐ、終わりはやって来る。
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