Ⅵ-167 今度こそ、逃げなくて良いから

 跡形もなく砕け散ったセルリアンの成れの果てが、塵のように肩へと降りかかる。


 鬱陶しいそれを手で払い、地面に柄を突き立てた武器に少し寄りかかって、俺は気の抜けた溜め息を吐いた。


「はぁ~…」


 今日の得物は大きな鎌。


 出てきたセルリアンと黒槍ロンの相性が悪かったから、何となく有利そうな鎌を”再現”して戦ってみた。


 結果、優位に立ち回ることが出来た。


「…午前なのにもう二回目か。全く、セルリアンお前たちも少しは休んでくれよ…」


 鎌の柄を引き抜き、役目を終えたソレを塵に帰してから、俺は完成間近の神社の様子を見に行くことにした。



「…立派だな。少し前までただの丘だったとは思えない」


 本格的な建築を始めてから、今日で丁度一週間。


 オイナリサマの見立て通り、約七日という短時間で工程は殆どが終わり、いよいよ完成まで秒読みの状況。


 知っての通り彼女たちの手際は素晴らしく、この先も特にトラブルは起きないだろう。


「ええと、何してんのかな…?」

「瓦を張ってるのよ、ほら、屋根の上にいるでしょ?」


 後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには見掛けた縞模様。

 一拍置いて、少し前に共闘した彼女の容貌を思い出した。


「ああ、チャップマンシマウマか。…休憩中か?」

「そんなとこ、カムイも休めば? 一人でセルリアン退治して疲れてるでしょ」

「ああ…そうしようかな」


 何処に腰を下ろそうかと辺りを見回していたら、チャップマンシマウマが向こうを指差す。


 見るとそこには、木のテーブルとベンチが造られていた。籠入りのジャパリまんも置かれていて、まさに休憩にはもってこいの場所だ。


「良いな。頑丈で綺麗で座りやすい…これは、誰が?」

「プレーリーとビーバーよ」

「へぇ…流石、あのログハウスを建てただけのことはある訳だ」


 揃ってジャパリまんを口に入れ、俺たちはお互いの近況を伝え合う。

 俺からは倒したセルリアンの話、彼女からは建設中に起きた出来事のアレコレ。


 他愛のない世間話の中で、殺伐としていた俺の心は若干の潤いを取り戻していた。


 チャップマンシマウマは気難しくないし、過ぎた称賛を飛ばしてもこない。

 本当に気さくな友人みたいな感じで、過度に言葉を選ぶことなく会話ができる。


 俺はオイナリサマの結界に閉じ込められ、長い間話し相手を得られなかった。

 だから、うん…癒されるな、こういうのは。


 そう思った俺は…彼女との会話を切り上げることにした。


「あら、もう休憩は終わり?」

「プレーリーたちの様子見でもしようかと思ってな。思えばセルリアン退治ばっかりで…まともに様子を見れてなかったからさ」


 現場監督はオイナリサマに引き継ぎ、必要なことは彼女に一任していた。


「そ。じゃあ、歩き疲れたら戻ってきなさい」

「ああ、行ってくる」


 ごく短い時間だったが、有意義な休憩だった。楽しかった。


 だから、深入りは避けなければならない。

 自分の為に、何より彼女の為に、仲良くなりすぎることは禁忌なのだから。


 …さて、こんなことを考えてたって気が滅入るだけだ。


 俺は気を取り直し、今度こそ神社の様子を見に行った。




―――――――――




 …チャップマンシマウマの言っていた通り、みんなは瓦を張る作業に取り掛かっていた。


 下に積まれた瓦を数人で上に渡し、屋根に立つ数人がそれを受け取る。そして何かを屋根に塗り、隙間なく瓦を貼り付けていく。


 流れるように進んでいく丁寧な作業に、俺は自然と見入ってしまう。

 そして更に俺の目を引いたのは、作業途中の屋根の外観だった。


 何も無い平坦な屋根と、瓦が張られた後のよく見慣れた屋根の姿。


 このように対照的な様子が、すぐ近くに隣り合って見える光景は実に珍しい。

 

「…あれ?」


 それまでボーッと眺めていた俺は、ふと一つの疑問を覚えた。

 瞬間、さっきまでの呆けようが嘘のように頭が回る。


 脳裏をよぎり、グルグルと駆け巡った問いはやがて、口をついて呟きとなる。


「あの瓦って、一体どこから…?」


 木材の他に、基礎工事の為のアレコレとか石畳用の岩の確保をした記憶はある。だが、ああいった瓦とか接着剤を準備した覚えはない。


 フレンズのみんなは律儀だ、よもやコッソリ用意したとも思えないのだが…


「おお、カムイ殿! 見に来てくれたでありますか…!」

「まあな。ところで、あの瓦って何処で用意したんだ?」


 疑問を放置しておくのも気持ちが悪いし、丁度良く通りがかったプレーリーに訊いてみた。


「アレでありますか? オイナリサマが持って来てくれたのですが…」

「…考えてみりゃそうか」


 出所がよく分からない物の出自は、大体オイナリサマだと思っておいた方が楽だな、この際。


「うん…なるほどな。神社の方、何か問題はあるか?」

「全くのゼロであります、お二人が良い用意をしてくれたお陰でありますよ」


 手伝いこそしたけれど、面と向かって褒められると気恥ずかしい。

 俺は適当な相槌を打って、話を逸らそうとある提案をした。


「なぁ、邪魔じゃなかったらの話だけど…少しやってみても良いか? 俺に出来る仕事で良いからさ」

「いえいえ、大歓迎であります!」

「良かった…ええと、何が出来るかな…」


 話題を上手く変えられたことに安心し、本当に手伝うのかと自分の軽率な発言を咎めた数十秒。


 プレーリーはご機嫌な様子で俺を現場まで案内し、なんやかんやと話を付けて瓦を貼り付ける作業を俺に引き渡してくれた。


 よりにもよってこの仕事か…いや、信頼の証だろう。頑張らねばいかん。


「どういう風にすればいい? 生憎全然分からないものでな…」

「大丈夫っスよ。オレっちたちも、全部オイナリサマに教えてもらいましたから」


 なるほど、それなら俺にも出来そうだと納得する。


 しかしオイナリサマは、俺の知らない内に色々と仕事をしていたようだ。


 彼女に全てを任せたのは俺だし、文句を言う筋合いはないが…一言くらい、伝えてくれても良かったな。



「…ま、やってみるか」


 ビーバーの指南通りに瓦貼りを始める。


 まずは、屋根に接着の為のセメントを塗りつける。

 オイナリサマのお手製のようで、サンドスターの力で普通のセメントよりも塗りやすく、貼りやすいようだ。


 次に――というか最終段階だが――本命の瓦を貼りつけていく。


 隣と隙間の無いように、慎重に位置を確かめながら屋根に近づける。


 そっと、そうっと…


「…あっ!?」


 気を抜いた一瞬、瓦が手から滑り落ちた。


 体感時間は数分。かなり神経をすり減らした調整も虚しく、瓦はうっすらとキラキラ輝くセメントの上に落ちていく。


 そして…綺麗に貼り付いた。


「…え?」

「あ、えっと…」


 理解出来ない現象に戸惑う俺に対し、申し訳なさそうな顔をしたビーバーが説明をしてくれた。


「この瓦もオイナリサマ特製で…サンドスター入りのセメントと反応して、綺麗にくっつくように出来てるんっス…」

「へ、へぇ…」


 つまり、わざわざ調整するまでもなく綺麗な仕上がりになるセットで。


 俺が神経をすり減らしながら調整に費やした数分間は、文字通り全くの無駄ということで…


 そんな俺の様子を、ビーバーはずっと黙って見ていた訳で…


「いや、それなら先に言ってくれよっ!?」


 思わず叫んでしまったのも、今回ばかりは致し方ない。


「あはは、カムイさんが真剣にやってるから声を掛けづらかったんス…」

「まあ、失敗じゃないなら良いのか…?」


 俺はイマイチ釈然としない気持ちで作業を続けて…三十枚くらい貼ったところで、俺はお手伝いを切り上げて下へと降りた。




―――――――――




「おかえり、向こうはどうだった?」

「見たところ、良い感じだったよ…けどその、”おかえり”ってのはやめてくれないか?」


 そういう意図が無いのは分かるけど、結構危ないセリフだからなぁ…


「え、どうして?」

「いや、そのだな、ええと、問題があるというか…」


 すげなく訊き返されてしまい、俺はしどろもどろに。


 …参ったな。


 オイナリサマに関わる事情を暴露するのはもっと悪いし、一体全体どうしたものか…


「神依さん、休憩ですか?」

「あ、オイナリサマ…!」

 

 神社に向かっていたのだろう、空を飛んでいたオイナリサマは俺の姿を見つけて地面に降りてきた。


 想像すればなんとやら。

 間が悪い気もするが、話を誤魔化せると考えればナイスタイミングだ。


 とりあえず俺は、オイナリサマの腕の中で存在感を放つ大きな箱について尋ねてみることにした。


「それは、何だ?」

「これは四次…五次元ポ…ボックスです」

「ご、五次元…?」


 なんか、用途が想像できる。


 というか四次元って、ポケットって言いかけてた!

 まあ、突っ込むだけ損かなぁ…?


「へぇ…何に使うんだー…?」

「どうしたのよ、そんな棒読みで」

「な、なんでもない…」


 頼む、突っ込まないでくれチャップマンシマウマ。


 コンプライアンス? 的に不味い表現となってしまう可能性があるかもしれないと思われる事態が有り得るわけで…


 ええい、何処で見たんだよあの青ダヌキをっ!


 ま、まあ…?

 言っても五次元だし、ボックスだし?

 

 然程…気にしなくてもいい、と、思う。


「…使い道は?」

「幾らでもモノを仕舞えます!」


 知ってた。


「何を入れてるんだ?」

「家具ですね、新しい神社には内装が必要ですし」


 良かった、目的は至極真っ当だった。


 真っ当な使い方をされない神社の内装だけど…まあ、気にしてたまるか。


「すごいわね…でも、沢山入れて重くないの?」

「チッ……いえ、全く重くないんですよ」


 何か破裂音が聞こえたぞ。

 オイナリサマから聞こえたぞ。

 ついでに、憎悪の表情も見えた気がしたぞ。


 …嘘だろ?


「オイナリサマ、抑えて」

「わ、分かりました…」


 もしも気が狂ってオイナリサマのフォローをするのなら…


 見ようによっては、俺との会話に割って入ったと捉えることも出来る。


 だけど自分に話しかけるのもアウトって、いよいよ祟り神の類じゃないか。

 

 …そして、大事な大事な



 『話に割って入られただけで殺意の視線を向けるのはおかしいっ!』



 …ふぅ。


 普段からオイナリサマと暮らしてると、常識を忘れそうになるね。



「じゃあ、これから神社の方に持っていく訳だな」

「はい、神依さんも行きます?」

「んー…さっき見てきたばっかりだし…」


 ちょっとだるいしと呟いて、ハッとオイナリサマの方を見る。


 機嫌を損ねたんじゃないかとも思ったけど、彼女は特別思い詰めた様子ではなかった。


「…そうですか。それなら、私一人で行ってきますね」

「お、おう…」


 何だろう、今日のオイナリサマはやけに素直だな。


 いつもなら、食い破られるんじゃないかと思うくらいにしつこく食い下がって来るというのに。

 

 ま、そのうち戻って来るだろうし、ゆっくりしてるか…

 



―――――――――




「さて、暇になっちまったな」

「…ん、だったら一緒に行けばよかったじゃない」


 ハハハと笑って俺は同意する。


 しかしまあ、幾ら暇でも取りたくない選択とはあるもので。


 わざわざ付いて行かなくても向こうから来るのだから、俺は大して同行したい気持ちじゃなかった。

 

「暇が潰せそうなもの…お」


 テーブルの上を手探りで探っていると、将棋盤を見つけた。

 駒も揃っているし、すぐに遊べそうだ。


 そう思って彼女を誘ったが、返事は芳しくない。


「ごめん、私ルール分かんないの」

「…じゃあ仕方ないか」

「前に博士に教わったけど難しいのよねぇ…ホント、よく出来るなって思うわ」


 …なるほど。


 巧拙を問わなければ誰にでも出来ると思っていたが…それはヒトの常識だな。


 フレンズは元々は動物だし、ヒトの遊びにも向き不向きが当然あるだろう。


 つまり、将棋もボツ。


 マジで、適当に会話してるくらいしか無いのか…?



 …いや、まだやることがある。



「…そうだ、セルリアン探そう」

「いや、そんな食べ物探すようなノリでっ!?」


 おいおい、突っ込まないでくれよチャップマンシマウマ。


 セルリアンは結局居るし、倒しても悪いことなんて無いだろ?


「そうじゃなくて、万一何かあったら…」

「あったら大変だから、何か起きる前に倒すんだろ?」


 フレンズ相手なら危険思想だが、セルリアンを相手取るならそれが正しい。


 今日はセルリアンの出現量が多いし、また現れた可能性も十分にある。


「そう…なら、私も付いてく!」

「…いいのか?」

「今更危ないなんて言わないでね。私は戦えるし、じっとしてるのも暇になっただけだから!」


 俺は頷く。


 そんな野暮なことは言わないさ。

 二人で戦う方が、一人きりよりもずっと良い。


「じゃあ、ちょっくら探すとするか」

「…あっ、あれ!」


 チャップマンシマウマが後ろを指差して叫ぶ。


 早々に見つけてくれたようだな。優秀な協力者で実に助かる。


 さぁて、軽く退治して…して……


「…なあ、チャップマン。アレ…一体だよな?」

「多分…すごく大きいけど、多分群れじゃないよ」


 影が見えた。


 その影は森を蠢く。


 正面の木の陰に姿を見せたかと思えば、同時に三つ隣の木の後ろにも見えるのだ。


 巨大すぎる。

 本能の恐怖が、アイツはハリボテじゃないと告げている。


「ど、どうするの!?」

「俺たちだけじゃ相手にならない。チャップマン、神社のみんなを呼んできてくれ」

「か、カムイは…?」


 …だろうな、その質問は絶対に来ると思った。


 そう心配そうな目をするな。誤魔化したりなんてしないさ。


「戻って来るまで足止めだ。頼むから早く帰ってきて、俺に無茶させてくれるなよ?」

「き、決まってるでしょ…食われるんじゃないわよっ!」



 叫ぶように吐き捨てて、俊敏な駆け足でチャップマンシマウマは丘を駆け上がっていく。


 対する俺は黒槍ロンを携え、ゆっくりと丘を下りていく。



「お互い怪我しない程度に…そうだな、腹の探り合いでもしようぜ?」


 セルリアンは、言葉の代わりに咆哮で応えた。


 俺は、槍を構える。


 思い出す。


 全くの無力だった頃、霧深き森の中でセルリアンと対峙した記憶を。


 でも俺は変わっていない。で立ち向かうだけだ。


 だけど、一つの変化が俺に自信を与えていた。

 俺は決して臆することなく、セルリアンと向き合えていた。


 …だって。


 今度こそ、逃げなくて良いから。

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