Ⅵ-161 想いの力がここにある

「…あ、カムイ殿が来たであります!」


 件のセルリアンの処理を終えてから暫くの後、俺はようやく霧まみれの林の中から漸く出て来ることが出来た。


 そんな俺を真っ先に出迎えたのはプレーリドッグの声。見ればフレンズたちも全員無事な様で、俺は甚く安心した。


「ありゃ危なかったな、だがみんな怪我も無いようで…何よりだ」

「カムイさんのおかげっすよ!」


 彼女の晴れやかな声を後押しするかのように天気も良くなり、朗らかな日光が広大な湖の水面に跳ね返る。

 視界に映る美しい青色は、まるで空をそのまま地上へと持ってきたかのようだ。


 だがこれは、単に空が晴れたからではない。


 キョウシュウに戻ってきてから、ずっと暗雲の立ち込めるが如く闇に包まれていた俺の心。


 その心に”一縷の望み”が、”輝き”が戻ってきたのだからこそ、俺はこの水面に美しさを見出すことが出来ているのだ。


「ところで…あの大きなセルリアンはどうするでありますか? もし追ってきたら大変でありますが…」

「それなら心配は要らない、オイナリサマがバッチリ退治してくれた」


 ついでに、わらわらと出てきていた雑魚セルリアン共もな。

 落ち着いた調子で、不安を払拭するようにそれを話してやれば、もはや此度のセルリアンに関して後顧の憂いは無い。


 文字通り、これで”晴れて”建設作業に戻ることが出来るというモノだ。


「では、作業再開でありますね!」

「いや、それなんだが…今日のところは、用意できた建材を一か所にまとめて終わりにしたい」

「あ、そうっスか?」

「少し用事が出来てな…それに、働きすぎも悪いだろ?」


 最後にお礼のジャパリまんを配って、本当に今日は終わり。

 ”明日もよろしく”と言い残してから俺は湖畔を後にした。


 

「んで…何で隠れてたんだ?」

「”神様”とは荘厳な存在…簡単に姿を見せるものではないのですよ…」


 え、荘厳? 簡単に姿を見せない? 随分とユーモアに溢れる神様だな、尊敬するよ、うん。


 まあ本音のところは知らないし、追及する気もない。


「まあいいさ。それで、例の儀式は帰ってするのか?」

「勿論です! と~っても、大事な儀式ですからね!」

「へぇ…だから理由も適当に誤魔化させたのか?」


 オイナリサマはニコニコと微笑みながら頷いた。そして自然な動きで俺の手を取り、彼女は道を歩み行く。


 かつての俺なら絶望に染まり、まるで処刑場に行くような足取りでこの道を進んでいたことだろう。


 だけど今は少しだけ違う、きっと希望がこの先にある。


 オイナリサマがどんな思惑で与えたとしても…戦うための力は俺が道を切り開くための標になり得ると、心の底から確信していた。


「神依さんも、心なしか嬉しそうですね?」

「ああ…そうだな」


 寿命か痛みか。

 少なからず代償はあるだろう。だが、折れてなるものか。


 俺の想いが、この胸の中に有る限りは。




―――――――――




 結界の中心から見える虹色の空は、果たして何処の国から見上げた景色なのだろう。


 希望、絶望…そして希望。

 この景色の意味は俺の中で何度も反転した。


 全ての色を持ち、あらゆる姿を見せる蒼穹が…今日は、とても明るい。


「さて、座って待ってろとは言われたが…」


 視線を地面に降ろし、自分の周りを取り囲むように描かれた妖しげな紋様を観察する。

 テレポートに使ったイヅナの魔法陣が記憶に新しいが、この模様はそれとは明らかに違う。


 平たく言えばカクカクしている。六芒星と呼ぶはずだ、昨今では児童向け絵本くらいでしか見掛けない模様…というのは過言だろう。


 この紋様が外の街中にあれば唯の景観だけど、オイナリサマの物と思うと急激にオーラを感じてしまう。


 それほどの説得力を持たせる行いを彼女はしてきた。

 そしてそれと同じくらい…残酷なことも。


「ま…今は関係ないな」


 インパクトが強すぎて事あるごとに想起しちまうが、余りその印象に囚われ過ぎるのも悪いよな。


 よし、オイナリサマの良い所を探してみよう。


「……」


 ある筈だぞ、しっかり考えれば。


「……」


 神様だし、まあ…何か…そ、そう! 他のフレンズとは比べ物にならない程一途で…あと……見た目も、綺麗だ。


「性格は…いや、やめとくか」


 神と言えども短所はあるもの、触らぬ神に祟りなし。

 神の方から触ってきたら…どうしようもないけどな。


 そんなことを思いながら俺が独りの時間を潰していれば、しばらくしてオイナリサマも戻ってきた。


「神依さん、準備が出来ました! そろそろ儀式を執り行いましょう♪」

「…あぁ、頼む」


 何時か作った御幣を手にして、屈託もなく笑う神様。

 俺は背中に冷や汗を流しながら、真昼の流れ星に願いを込めた。



「それでは、真ん中に寝そべってください。頭はこっちで、仰向けで」

「分かった…こんな風か?」

「ええ、バッチリです♪」


 普段よりも上機嫌に鈴を転がし、オイナリサマは俺の体勢を丁寧に調整し始める。

 

「腕はもう少し上。筋肉も引き締めて…ふふ、脚はもっとこう…えへへ…」


 …調整、なんだよな?


「そろそろ…始めてくれないか?」

「…あっ!? で、ですね、そうしましょう…!」

 

 顔を引き締めてキリッとした表情になったオイナリサマだが…残念ながら、涎を拭いていないせいでカッコ良くはない。


 見る奴が見ればまあ…可愛いんじゃないか?



 俺の冷めた目も知らぬまま、オイナリサマは服に唾液を滴らせながら、祝詞らしき言葉を並べ始めた。


 …あれ、祝詞って神様が唱えるものじゃなかった筈だが。


『―――――――――』

「…?」


 ん…?

 オイナリサマ、何て言ってるんだ?


 日本語を喋っていると反射的にそう理解したはずなのに、俺の脳はそれ以上深入りすることをを拒んでいる。

 

『―――――――――』


 先程までと打って変わって、荘厳に響く声は鈴の音。

 いつか見せていた朗らかさだって、今この場所に在りはしない。


 改めて思い知らされた。


 どれだけ狂っていても、彼女は神様だ。


 綺麗な声が、脳みそを侵すようだ。


「解らないでしょう…? 人間には、聞き取れない言葉ですから」


 オイナリサマの手が、俺の胸に沈んでいく。

 黒い水しぶきが跳ねた気がして、そういえば体がセルリアンだったことを思い出した。


 心臓の辺りに感じた強い違和感が、自然とオイナリサマの手を拒絶した。


「っ…やっぱり、抵抗があるようですね」


 弾かれた手を横目に眺め不愉快そうに呟いた。

 つい声を掛けようとした俺の口を指で押さえて、オイナリサマの口が俺の耳元で優しく囁く。


「神依さん、力を抜いてください…痛いことも、悪いこともしませんから、私を受け入れて…?」


 その言葉は蕩けるように甘く…魔法でも掛けているのか、普段よりも心に沁み込んでくる感覚を覚えた。


 何を意識するでもなく、俺の体はオイナリサマの言う通りに動く。


 完全に力が抜けきった様子を見て、彼女は再び俺の体に手を沈めてしまった。


「さて…神依さん。これから貴方の体を弄ります。刺激があるかもしれませんが…どうか、耐えてくださいね?」


 指が心臓に触れた。体が跳ねた。

 顔が熱くなる、憔悴に身が焦がれる。


「さあ、 儀式手術の時間ですよ…うふふ…!」


 オイナリサマは粘っこく、俺の体を書き換えていく。


 力が流れ込んでくるのを感じる。オイナリサマの感情が心臓を塗り潰していくのを感じる。

 

 身体に逃れられない鎖を結ばれて、もう絶対に逃げられなくなったのだと…感じた。


 

 

―――――――――




「ひとまず…馴染んできたみたいだ」


 様々な意味で夢のような儀式が終わってから数時間後。


 儀式の直後はまともに動かせなかった手足も、もう今までと同じように操ることが出来る。


 更に俺は、サンドスターを手や体の表面に纏わせることが出来るようにもなって、確実な変化を実感していた。


「でしたら、実戦でその力を確かめてみましょう」

「それは、構わないが…誰が相手になるんだ?」


 いざ”実戦”と聞くと尻込みしてしまう。

 まさかとは思うがオイナリサマじゃないよな?


 どんな力を手に入れたところで――そもそも力の出所が彼女である時点で――オイナリサマに勝てる未来なんてものは見えない。


 戦いにも慣れていないし、そこらにいるセルリアンが相手だとありがたいのだが。


「そう言うと思って捕獲しておきましたよ、倒し易そうなセルリアン」

「…ありがたい」

 

 ”すぐに連れてくる”と言って、オイナリサマは向こうに消えた。

 まるで俺の心を読んだかのように行動する彼女は、時々ありがたくて常に恐ろしい。


 …って、もう戻ってきたか。


「さあ神依さん、パパっとやっつけちゃってください!」


 俺の目の前に放り出されたセルリアン。

 戦い方を決めるためにいったん思考に耽る俺。


 …セルリアンは怯えながら俺を見ている。


 …俺は教えてもらえなかった戦い方を探りながら、セルリアンを眺めている。


「…なぁ、どうすればいい?」


 結局、俺は尋ねた。

 生憎の現代っ子である俺は、説明書も無しに何か新しいものを使うことは出来ないのだ。


「イメージです…使いたい武器をイメージして、その手に掴むんです!」


 やけに熱の籠った解説をしてくれる神様。まさかとは思うが趣味じゃないよな?


 まあいいさ、戦えるのなら文句はない。


「俺の…使いたい武器…」


 何が良いだろう、見慣れているのにしたいな。


「刀…だな」


 アレなら、祝明が使っているのを何度も見たことがある。握り方も構えも知っているから、扱いやすいことだろう。


 そう思った俺は祝明の双刀の片方――確か『アマツキツネ』とか名付けてた気もするな――を思い浮かべる。


 そして頭の中で強く、出てこいと念じた。


「くっ…!」


 身体から何かが抜けていくのを感じる。

 目を見開くと、手の中に記憶とそっくりの刀が握られていた。


「その調子です神依さん、その刀でセルリアンをぶった切っちゃってくださいっ!」


 興奮に声を弾ませたオイナリサマを尻目に俺はセルリアンと相対する。


 体が軽い、刀の柄が手によくフィットする。


 斬れる。


 そう確信した。


「…ハァッ!」


 一瞬のうちに踏み切る。

 そして、


 セルリアンは、一刀両断に斬り捨てられた。


「…ふぅ」


 刀を鞘に戻して深呼吸。

 俺は変わった。この力を使えば、セルリアンとも戦える。


 それにしても刀は便利だな、これからも末永く使っていくとしよう。


 …そう、思った瞬間。腰に下げたそれは、鞘ごと消え去ってしまった。


「あ、あれ…?」

した武器は、役目が終わると消えてしまうんですよ」

「そ、そうなのか…」


 …なるほど、再現か。


 俺のセルリアンの身体を最大限に活用した肉体改造という訳だ。


 だが、役目を終えると消えてしまうというのは不便だな。毎回再現しなければいけないのか。


「相手に合わせて自由に武器を変えられる…素敵な能力じゃないですか! それに、再現した武器に合わせて身体能力も上がるんですよ!」

「おいおい…至れり尽くせりかよ…」


 何だかんだ言って、オイナリサマも俺のことを考えてくれてたんだな。


 いや…ずっとそうか。単に、少し方向性がズレているだけなんだよな。

 

「『武器図鑑』も用意してますから、使える武器のレパートリーもこれで増やせます!」

「お、おう…けど、慣れない戦いで疲れたみたいなんだ。少し寝ても良いか?」

「そうですか…」


 ぺったり眠った白い耳。

 寂しそうな顔をしながらも、オイナリサマは微笑んで俺を見送ってくれた。


「分かりました、ゆっくり休んでくださいね」


 しかし、この妙な気分はなんだろう…まさか、満足しちまったのか?


 やっと力を手に入れて、これからそれを使ってセルリアンと戦っていくはずなのに…少しだけ興が醒めたような気分だ。


「いや…本当に、疲れてるだけだな」


 深呼吸して背を伸ばすと凝った肩が結構痛んだ。戦いってやっぱ体力勝負なんだな、これから鍛えないと。


 …手の平を太陽にかざして、真っ赤な輝きを目に焼き付けた。



「コレが…セルリアンの力か」



 俺が願った戦う力は、既にこの手の中にある。



 そうだ。


 想いの力が、ここにあるんだ。


 もう、諦める必要なんてないんだ。

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