Ⅴ-148 戻ってくるのはいつもこの場所
「…それで、手に入れたのがこの地図と」
宿のテーブルいっぱいに『宝の地図』とやらを広げ、僕はそれを眺める。
本当ならワクワクした気持ちが溢れてくるんだろうけど、起きたらすべてが終わっていた衝撃で僕の心の中は白けた気持ちが強い。
あはは、なんなんだろう。
「確かにちゃんとした謎みたいだけど…はあ、自分で手に入れたかったな」
地図を緩慢と眺めて、そんな風にふと呟くと、横から並々ならぬ緊張に震えた声が聞こえて来た。
「あ…そんな…!?」
…ギンギツネだ。明らかに酷く狼狽している。
「ご、ごめんなさいっ! ノリアキさんに、そこまで思い入れがあるとは気付かなくて…それで私、なんとか負担を減らそうと頑張ったんだけど…いえ、こんな言い訳…あはは、私ったら…!」
「…大丈夫、気にしないで」
大体もう終わったことだ、気にせず解く方に集中するとしよう。
これ以上ギンギツネに考えさせたら、文字通り気が狂ってしまいそうだもの。
「あ、ありがとうね…! そうだ、私、少し頭を冷やしてくるわ…雪の中で…ふふふ…!」
まだ明瞭ではない言葉を聞いて、”飛び込んで頭を突っ込んだりするのかな”とか茶化して考えながら、僕は黙ってギンギツネを見送った。
今のギンギツネは本当に錯乱が過ぎるから、これでゆっくり落ち着いてくれると良いな。
「ノリくんノリくん! ギンちゃんが戻ってくるまでにこれ解いちゃおうよ!」
だけどどうやら、僕はのんびり出来ないみたいだね。
「出来るのかな、全然取っ掛かりも見つかってないのに」
「それはこれから見つけるの!」
なるほど、確かにその通りだ。
横にいるキタキツネも割とやる気の様子。
「ボクだって、ギンギツネだけには絶対負けないよ!」
いつも通り、ギンギツネへと向ける敵意がかなり強い。
「分かった、じゃあ試しにやってみよっか」
こうして僕たち三人は、ブレインとも呼べるギンギツネを抜きにして宝の地図の解読を始めた。
―――――――――
地図と対峙した僕達が真っ先に行った作業は、地図に描かれている大まかな範囲の特定を行うことだった。
地図の拡大率はどれほどか、この地図から得られる情報量は如何ほどか。
それに大体の当たりを付けなければ、推理を始めることは叶わないと考えた。
「じゃあ初めに、周りの地形を確認してみよう」
紙の端っこを指でなぞって、どんなものが有るか見て確かめていく。
そしてそこに有ったのは、陸、陸、陸…海は何処にも見当たらない。
「そういうことね…」
「え、イヅナちゃん何か分かったの?」
「…キタちゃんも自分で考えてよ」
「ごめん、今ゲームで忙しいから…!」
「ギンギツネには絶対負けない」と語ったのは果たしてどこの誰だったのか。まあ”騙った”と言うのなら、僕も十分納得するよ。
「あ、じゃあ解けたら教えて?」
珍しく活気があるなとは感じたけど、やっぱりキタキツネはキタキツネだ。
寄りかかって来た彼女の頭を撫でて、僕は謎解きに意識を戻した。
「この限りだと、地図の倍率は高そうだね」
「そうだね、島の内部…結構細かい所までズームしてるんだと思う」
海岸が見えれば方角などから地方を特定することも出来たけど、これならこれで好都合。
地図に描かれている模様が細かい地形の表現だと分かれば、これを手掛かりに詰めていくことも十分可能だからだ。
そうだね…今から研究所に行ってデータベースの地図と照らし合わせてみれば、真実は一瞬のうちに明らかになるに違いない。
「ううん、それはやだ! 私は、私たちの力でこれを解きたい…!」
そんな僕の合理的で論理的な方策は、イヅナの気持ちによって簡単に打ち崩される。
ギンギツネなら賛成してくれたのかなと、ここにいない彼女のことを考えていたら、イヅナの手が僕の腿をつねった。
「地図の読み方は大体分かったね。次は…どうしようか」
「まだまだ序盤だし、大きな謎を見ていこうよ」
「となると、この暗号文を解くのがいいかな」
地図の右上、方角を表すコンパスの下。
そこには、おどろおどろしい赤文字で詩的な文言がつらつらと綴られている。
『気づいた時には既に目の前 逃げ場も行き先も他には無くなる
きっとあなたも気に入るはずだ 戻ってくるのはいつもこの場所』
これが一段落目。
これより先にも書かれてはいるんだけれど、この段落の文章よりどんどん抽象的になっていくからぶっちゃけ訳が分からない。
最初から追っていかなければ分からないのだろうか?
「とは言っても、最初も十分抽象的なんだよね」
「それでも救いがある方じゃない? 私はこの文、何となく分かる気がするんだ」
それは所謂、シンパシーと言う奴なのではなかろうか。
普通のフレンズの範疇に収まらない境遇、そして力。
よく似た真っ白な毛色に常軌を逸した執着心。…僕が指摘するのも野暮かもね、快いと感じているのだから。
「逃げ場も行き先も…か」
確かにそっくりだ、イヅナもオイナリサマも。その力を以て逃げ場を全て奪い去り、想いの先を袋小路に収めてしまった。
そしてそれも…気に入るはずだと。
「理解できない話じゃないね、暗号を解くカギにはならなさそうだけど」
「むー、やっぱりそっかぁ…」
物は試しと縦書きとかの可能性も探ってみたけれど違う。
「最初に感じた通り、この不思議な文章から意味を汲み取るしかなさそうだね…」
『神様はそこにいる 信じる限り救われる だから信じて 貴女の神様を 例えそれが私でなくとも』
一番下にある言葉もやっぱり意味が分からない。けど何故か、心を惹かれる。
「ノリくん、一旦前の段階に戻ってみない? この文章と合わせれば、地図が何処を描いてるのか分かるかもだよ」
「…じゃあ、そうしよっか」
そういえば…『貴女』って誰だろう。
―――――――――
「間違いない…雪山だよ、ここの地図だよ!」
「あ…本当だ…!」
最初のステップに立ち返り地形から地域を割り出そうとした僕達は、案外早くに結論まで辿り着くことが出来た。
ひとえにこれはイヅナの記憶力と、長い間ここに住んでいた経験のお陰に違いない。
僕が分からなかったのはそう…みんなに縛られて、ほとんど外出が出来なかったからだよ。決して記憶力が悪いわけじゃないんだ。
「それしても舐められたものだね! オイナリサマったら、私たちがこれに気づかないとでも思ったの?」
「まあまあ、きっと本番はこれからなんだよ」
「…そうだよね」
僕達はまた揃って地図を覗き込んだ。
僕が本番はこれからだと言ったのは、単にイヅナを宥めたかったからじゃない。
本当に、地図の範囲が分かっただけではどうしようもない謎だからだ。
「今度こそ、暗号文の出番だよね」
この地図、地形や建物については事細かに、一蹴回って奇妙なほど丁寧に描写されている。
しかし宝の地図に無くてはならないあの…宝の在り処を表す『×マーク』が、何処を探しても存在しないのである。
わざわざこの形式にした意味とは? 思わずそう尋ねたくなるような謎を携えて、コレはテーブルの面積全てを占拠している。
「よし、次…読んでみよっか」
次に読むのは二段落目。
『暖かいそれに浸かって幸せ だけど気を付けて もしかしたら 痺れちゃうかもしれないから』
やっぱり詩的で曖昧で、それでいてこの文を書いた人物の考え方が明確に表れている。
オイナリサマのセンスに舌を巻きながら、僕がすべきことはこれではないと思い直す。
「一応…次も読んでみようか」
そして三段落目。この赤文字の文章は全部で四段落だから、これで最後のを読むことになる。
我ながら、変な辿り方しちゃったのかも。
『大切な物を失くさぬように 失くしたのならば気づけるように 気付いたならば取り返すの 他の何を犠牲にしてでも』
…全部真面目に読んでみて分かった。
この文、段落ごとの繋がりがほとんど感じられない。詩にしても関連が薄くて…こういうの、何と呼ぶんだろう?
いや…どうでもいいか。
一つ一つに読み解けば良いと分かっただけ、ちゃんと進歩はしているんだから。
「…どうやって抜き出そうかな」
『一つ一つ』とは簡単に言うけど、その範囲はしっかり考えなくちゃいけない。
段落全てをまとめてなのか、重要なワードだけを取り上げて考察するのか。僕は今のところ後者だと踏んでいるけど。
「私は多分ね、最後のまとまりは大した意味がないと思うの」
「そうだね…関係あるのは前の三つかな」
よし、細かなワードに注目して解いてみよう。
これが雪山の地図だと分かった今、身の回り情報と結びつけながら読み下すことも出来るはず。
「”戻って来る場所”…”暖かいそれ”…”痺れちゃう”…”大切な物”…”取り返す”…」
頭に引っ掛かる言葉を横のメモ帳に書き出す。
先の二つは意味を考え易そうだ。前提を加味すればコレはそれぞれ、『宿』と『温泉』を意味しているのだと思う。
わざわざ暖かいそれと呼んでいるのは、特定を遅らせるためだろうか。
「痺れるって何だろう…電気だとしたら、温泉で感電…?」
「あれじゃない? 心にビリビリって来るあれ…そう、恋だよ! 温泉…恋…ハッ!?」
「…次に行こっか」
後の二つは特に曖昧な表現だ。
大切な物と言われても一体全体何を表すかは分からないし、分からなければ取り戻しようもない。
「あー、また詰まっちゃったかなぁ…」
宝…宝って何だろう?
そもそも手に入れてないんだから取り戻すも何もないじゃないか。
「私も、頭がこんがらがっちゃってるよ…」
「…そうだね、少し休憩しよっか。休んだら、何か良いアイデアを思いつくかも」
ついでに、ギンギツネの様子も確かめに行くことにした。
ある程度は時間が経っているし、多少は落ち着きを取り戻してくれているとありがたいけど。
「ギンギツネ、調子はどう…って、あれ、ギンギツネ?」
部屋の中に姿は見当たらない。外に繋がる襖が開いているから、去り際の言葉通り体を冷やしに行ったのかも。
そこから体を出すと、すぐ近くに温泉が見えた。
本当なら真っ先に確かめるべき場所ではないのだけれど、僕は何となくそっちの方に足を運んだ。
もしかしたら僕も、キタキツネの言うところの『磁場』というものを感じたのかも…と後になって思った。
「…ここにいたんだね」
「あ…ノリアキさん…」
意外や意外。ギンギツネは上の毛皮を脱いでシャツ姿になり、両腕を浴槽の中に浸している。
…よく見たら温泉は空っぽで、腕は積まれた雪の中に突っ込まれている。
「お湯…入ってないの?」
「そうなのよ…多分、電気が止まっちゃってるのよね~」
「そっか…それで、なんでその姿勢?」
「楽なのよ…ふぅ、そろそろ落ち着けたかしら」
起き上がって大きく伸びたギンギツネはこちらへと腕を伸ばす。
彼女を抱き寄せてあげると、雪でよく冷えた腕が気持ちよかった。
「それで、謎は解けたのかしら?」
「いやー、それが詰まっちゃっててね…」
「なら私の出番ね、大船に乗ったつもりで任せて頂戴!」
頬を掻きながらそう答えたら、ギンギツネは目を輝かせてそう言った。
「ううん…ちょっと、山の上の方に行ってこようかな。謎解きがいつまで掛かるか分からないし、電気は明るいうちに復旧した方が良いと思うから」
「そう…じゃあ、行ってらっしゃい♡」
ギンギツネは頬にキスををして、僕を山頂の方へ押し出し押し切り進めていこうとする。
「え、でもイヅナにも伝えないと…」
「私がちゃんと言っておくわ、だから早く! 明るいうちの方が良いんでしょ?」
「そうだけど…わ、分かったよ。行ってきます」
相も変わらず論理的に話の通じなさそうなギンギツネの説得は諦めて、僕は上の方の電力装置へ向かうことにした。
こうなったら早く終わらせて全速力で戻って来よう。ギンギツネには煽り癖があるからとても心配だ。
最近は割と慣れてきたけど、流石に怒ったイヅナと煽り立てるギンギツネを同時には相手取れない。
「吹雪は…吹かなさそうだね…」
こうして…
ただ、僕がこの答えに思い至ったのも、全てが終わった後の話である。
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