Ⅴ-147 怖いなぞなぞ、これなんだ?
「…それで、謎はいつ来るのかしら?」
「永遠に来ないのです、こんな勝ち方認めないのです!」
「ええと、そう言われてもなぁ…」
椅子の上にふんぞり返り、リスのように頬を膨らませて多大なる遺憾の意を表明する博士と助手。
『チェスの強さランキングキョウシュウ調べ』では、彼女たちが暫定最下位だ。
そんな彼女たちはいつかの約束を忘れ、僕達に再戦を強く求めている。大方キタキツネ一人に負けてしまったことが相当悔しいのだろう。
「それだけじゃないよ。だってノリくん、少ししか寝てないでしょ?」
「あ…そっか」
さっきまで僕はお昼寝をしていた。何故ならキタキツネが戻って来るまでの時間が暇だったからだ。その睡眠時間が短いということは即ち、試合時間も短かったということ。
要はかなり迅速に、それはもうスピーディーに決着がついてしまったということだ。
なるほど、それは不満に思う気持ちも分からなくはない。
まあ博士たちの気分が良くないのなら、僕は再戦を行うことも悪いとは思わないよ。…僕はね。
「ダメ、せっかくボクが勝ったんだよ! 潔く次に進ませてよ!」
しかし見ての通り、勝利した張本人であるキタキツネは博士たちの態度に強い憤りを覚えている。
頑張って打ち立てた自分の功績が無くなりそうになっているのだからキタキツネは本気だ。そして困ったことに、僕はキタキツネの気持ちもよく分かる。
折角クリアしたステージをゲーム機の気分でもう一回やらされたりしたら、僕だって堪ったものじゃないもの。
「しかし、これでは我々の威厳が…!」
「だから、ボクがとっても頑張ったっていうのに…!」
話し合いと…そう呼ぶのも憚られる程の水掛け論の応酬だけど、何処かで終わりを作らなくては。
「ギンギツネ、何か良い案はない? なるべく…両方が納得できるような」
「あらあら、随分な無茶ぶりをしてくれるわね?」
「え!? いや、難しいんだったら無理にとは…」
「…うふふ、冗談よ。私に全部任せてちょうだい」
イタズラ成功とばかりに微笑むギンギツネ。体を密着させて囁かれた言葉が、背筋を刺激するように撫で上げた。
すっかり硬直してしまった僕に、横からイヅナの声が掛かる。
「あ、私も考えるよノリくんっ!」
「うん、ありがとう…っ!」
イヅナに笑いかけようとしたらギンギツネの指が…あ、くすぐらないで…!?
「ギンちゃん…!?」
「ん? どうしたのかしら~?」
睨みつけるイヅナの視線から逃げるように、体を揺らめかせて僕から離れたギンギツネ。クスクスと笑いながら、彼女の双眸も鋭くイヅナを見つめている。
二つ目の戦いの予兆を感じ、僕は半ば大袈裟な身振りで二人の視線を引いて言った。
「と、とにかく、妥協案を考えてみようよ!」
「…そうね、そうしましょう。イヅナちゃんもそれで良いわよね?」
「…分かった」
大戦乱の始まりを何とか回避して、僕は安堵に息を吐く。あとはキタキツネと博士たち。
もう。どうしてこう、平和に出来ないのかな…?
「ところでその案なんだけど、大まかな形はもう頭の中に有るわ」
「流石はギンギツネ、我々に次ぐ賢さの持ち主なのです」
ドヤ顔でそう言い放つ博士たちにも、ギンギツネは肩を竦めて軽く流す。
ギンギツネは机の上に紙を広げ、鉛筆を取り出して何かを箇条書きで記し始める。
多分だけど、その一つ一つが彼女の考えた妥協案なのだろう。それにしても、短時間でこの数の案を考え付くとは、やっぱりギンギツネの頭は普通じゃない。
…あ、えっと、”普通じゃない”っていうのは別に悪い意味じゃないよ!
「色々あるね…あ、だけど、方向性はどれも大体同じなのかな」
「その通りよ。チェスの戦いで勝敗が決まらないなら、別の何かで判断すればいいの」
流石のギンギツネ、目から鱗が落ちる名案だ。と思ったら博士はまだ難しい顔をしてるけど、どうせ説得できるでしょ。頑張れ。
「ですが、そうするとチェスは…」
「んー、まあ、第一関門突破って扱いで良いんじゃない? 博士たちがどうしてもチェスに拘るのなら、再戦以外に手は無いけど」
「…いえ、お前の言う通りにしましょう」
若干脅しにも近いギンギツネの説得は功を奏し、程なく新テーマの試練を行う運びとなった。
そりゃね、”キタキツネより強い三人を含めたチェスの再戦”と”他のジャンルでの再戦”とを選べって言われたらみんなはどうする?
僕が思うに、余程のチェス好きじゃない限りほとんどの人が後者を選ぶだろうし…博士ぐらいの頑固者じゃなければ、最初の敗戦を素直に受け入れると思う。
そんな何もかもが意地によって混線したこの状況も、間もなく紐解かれようとしている。
「うふふ、これで決まりね。じゃあ、私が挙げた候補から次のテーマを選んで。どうしてもやりたい他のことがあるなら、私はそれでも構わないわ」
ギンギツネはそう言うと僕達に目配せをする。
「あ、僕はそれでいいよ」
「私もー」
「…ボクも」
若干遅れてキタキツネの同意の声が響くと、ギンギツネは笑顔で頷いた。
「で、では、我々は奥で会議をしてくるのです」
「大人しく待っているのですよ…!」
斯くして全員がギンギツネの案に同意し、事態は上手く収まった。
「うふふ、流石でしょ? 撫でたり褒めたりしてくれてもいいのよ?」
「ありがとうギンギツネ、本当に助かったよ」
「…ふふ♡」
「ズルいよ、ボクは?」
「キタキツネは話をややこしくしただけじゃない」
「…むぐぐ」
キタキツネは文句を零しながらそれでも自覚はあるのか、首を垂れて後ろに下がった。
「さあノリアキさん、またお昼寝でもしましょう?」
「あっ…そうしよっかな」
「あ、あー!」
キタキツネの叫ぶ声と、イヅナの恨めしい視線と、それから庇うように顔を包んだ尻尾の温もりの中で…僕は意識を微睡ませ、また暖かな夢の世界へと溺れて行った。
―――――――――
ノリアキさんが眠りに落ちてから数分後、私の予想通り、そんなに経たないうちに博士たちはこちらへ戻って来た。
「決まったのですが、これは…どういうことでしょうか?」
博士は、私の膝を枕にして寝ているノリアキさんを一目見て困惑の表情を浮かべた。
まさか眠ったまま出迎えられるなんて、夢にも思っていなかったでしょうね。うふふ。
「気にしないで、ノリアキさんの手を借りるまでもないから」
「憎たらしいほどの余裕ですね…まあ、いいでしょう」
とはいえ博士はやっぱり賢い。私も、物分かりの良い子は嫌いじゃないわ。
「絶対ノリくんに触れてたいだけじゃん…!」
「どうしてギンギツネばっかり…!?」
…あの二人も、もう少し大人しくなってくれれば助かるのに。
「それで、どれに決めたの?」
「我々は…”なぞなぞ対決”を所望するのです!」
「分かったわ、ルールは私が書いた通りで良いわね?」
「ええ、構いません」
とまあこんな感じに、トントン拍子で話はまとまった。
そしたら私たちはそれぞれチームごとに分かれて、作戦会議を始める。
まあ、今更言うまでもないけど確認しておくわ。
ノリアキさんと私、そしてついでのキタキツネとイヅナちゃんがチーム…ええと、キツネ。博士たち二人がチームフクロウ。
そして話し合いが始まると同時に、イヅナちゃんから非難の声が飛んできた。
「ギンちゃん、私たちルール聞いてないんだけど」
ノリアキさんを占有していることへの文句だと思ったら、結構まともなクレームだったわ。
イヅナちゃんはノリアキさんが関わると途端にポンコツになるイメージだったけど、案外そうでもないのかしら。
「まあ、ごくシンプルよ。 互いになぞなぞを出し合って、先に相手が答えられないなぞなぞを出した方の勝ち」
「…そのルール、先攻が有利な気がする」
すると、ノリアキさんに関係なく年中ダメダメなキタキツネからそんな指摘が飛んで来た。
この子ったら、なまじゲームの知識が有るだけにこういう所で厄介なのよね。全くもう、もっとその生まれ持った要領と頭の悪さを貫き通してほしいわ。
「心配しなくても大丈夫よ、博士たちに先手は譲ってるから」
「な、何も大丈夫じゃないじゃん!」
「しー、大きな声を出さないで? ノリアキさんが起きちゃうわ」
「あ、ごめんなさい…」
あら、案外素直なのね。やっぱり嫌いじゃないかも。
「でも、先手を譲っちゃったらダメだよ…?」
…やっぱり嫌い。
「心配しなくても、そうしなきゃ終わらないわ」
「…終わらないって、どういうこと?」
「想像してみなさい。私たちが先手で博士たちを粉砕したとして、あの二人がそれで納得してくれると思う?」
「そ、それは…」
言い淀むのはそういうこと。やっと分かったようね。
「ね、一度博士たちにも見せ場を作ってあげて、それから勝たないといけないの」
「…そっか」
「これで一つ賢くなったわね、キタキツネ。この調子なら、あと数十年もすれば今の私に追いつくのも不可能じゃないと思うわよ」
「…えへへ」
適当に褒めてあげたら得意げなどや顔。全くちょろすぎるわね。これだからキタキツネは…
「…って、やっぱりバカにしてるじゃん!」
…前言撤回よ、驚いたことにちょっとは勘がいいみたい。
普段から「磁場を感じる」とか何とか言ってるものね。本当に感じてるのは電波なんじゃないかしらと私は時々思うけど。
それもまあいいか。さて、博士たちが来るまでの間、ゆっくりじっくり楽しむとするわ。
―――――――――
「さて、戦いの時なのです。ですが…」
「…まだ寝ているのですか?」
「言ったでしょ、私だけで十分なの」
言葉と共に手で適当な挑発のポーズを取ると、博士たちの額に分かりやすい青筋が立った。
「なるほど。その言葉、本気のようですね」
「では、存分に後悔するとよいのです」
盤外戦術は私の思い通り。
ちゃちな煽りなのに、皆おしなべて挑発に弱すぎるわ。こんな感じでちゃんと生きていけるのかしら。私みたいなのにコロッと騙されそうで心配になっちゃうわね。
「うふふ、ちゃんと出来る?」
「…お気遣いなく。早速行くのですよ、博士」
「分かっています。おほん、では始めます。『朝は四本足――」
「人間」
「…えっ?」
「聞こえなかったのかしら。『人間』…って答えたのよ?」
「…ええと」
戸惑う博士の様子に私は静かな苛立ちを覚える。
何よ、出題者としての心構えが一切なってないじゃない。
「早く教えて頂戴。正解なのか、そうじゃないのか」
「…正解、なのです」
「ギンギツネ、さっきの話と違うじゃん…!」
「ああ、それね。…ふふ、気が変わっちゃったのよ」
よく考えてみれば、何が悲しくて私が博士たちのご機嫌取りなんてしなきゃいけないのかしら。
そうよね、むしろ一問出させてあげたんだから感謝されるべきだわ。
「それで…今度は私の番よね?」
「え、ええ…その通りですね」
「なら早速…『四月になるとみんなで自殺してしまう宝石って、なーんだ?』」
私の考えたなぞなぞ、博士たちに解けるかしらね?
「じ、自殺…!?」
「なんと禍々しいなぞなぞなのでしょう…!」
わざとらしく慄いてみせる博士たち。
そういうの良いから、早いところ答えを出してくれないかしら。もしくは…降参でもいいけど。
「ギンちゃん、本当に大丈夫なの?」
「問題ないわ、だってこれは私が考えたなぞなぞだもの」
「そう言われても…納得できないな」
ふむ、どうしてかしら?
私はしっかり考えて、博士たちはそうじゃなくて、だから…ああ、そっか。イヅナちゃんは知らなかったのね、博士たちのなぞなぞ。
「博士たちの出したアレね、昔のお話に出てくる有名なものなのよ」
「…へぇ、初耳」
「きっと知識で押し切ろうとしたのね。だから初見の問題には対応できないはず…ほら」
私が指さした先には頭を抱えて悩む二人の姿。
そして私は確信した。アレは正解への糸を手繰る悩み方じゃない。手掛かりが何も見つからない時の姿だ。
…勝った。
「早く諦めた方が身のためじゃないかしら?」
「いえ、まだなのです。我々はこんな負け方納得しないのです!」
恐れていた通りになっちゃったわね。私が方針を変えたから? いえ、この様子を見る限りでは最初からごねるつもりだったようね。
なら私にも考えがあるわ。私は何もしない。
ただこのまま椅子に座って、この先の様子を眺めているだけよ。
問題ないわ、すぐに駒は動き出すもの。
「ねぇ、そんなのおかしいよ…!」
「自分が呼び付けたんだから、進行ぐらいはちゃんとしてよね!」
臨戦態勢のイヅナちゃんとキタキツネに威嚇された博士たちは身を細め、縋るように私へ視線を送る。
うふふ、残念でした。
「あら大変! でも、あぁ…私はノリアキさんの様子を見ていなくちゃいけないわ。何が起こっても、私にはどうすることも出来なさそうね…悲しいわ」
「ギンギツネ…っ!?」
さあ、早く選びなさい。
心優しいノリアキさんと違って、私はあなた達が細切れにされたとしても何も思わないの。
「わ、分かったのです。オイナリサマの用意した『謎』は、お前たちにちゃんと渡すのです」
「…そう、それすら自分で作らなかったのね」
「出来ることなら…作っていましたよ」
こうして私は、誰一人血も涙も流すことなく事態を収拾させた。
流石私ね。ここまでの働きをしたんだから、向こう数日はノリアキさんを独り占めする権利があるはずなのに…現実は悲しいわね。
「ところでギンギツネ、さっきの答えは何?」
「『真珠』よ。理由は自分で考えなさいな、その方が賢くなれるわ」
「…博士たちよりも?」
キタキツネも賢さが好き? 私が羨ましくなったのかしら?
暴れ盛りのこの子が賢くなりたいのなら、ノリアキさんの為にも手を貸すことは吝かじゃないわね。
「もちろんよ。 さあ、一旦帰りましょ」
「あ、それなんだけど…」
「…どうしたの?」
「ノリくんが起きないと、私たち帰れないかも」
考えてみればそうね、私たち二人は飛べないもの。
「……起きるまで、本でも読んで待ちましょうか」
ならばせめてもう少し、独占したっていいはずよ。
「ギンギツネ、ズルい…!」
「じゃあキタキツネは、ノリアキさんを叩き起こすのかしら?」
楽しいわね、論理的に相手を言い包めるのは。
「う……ってそうじゃなくて、ギンギツネがそこを退けば…!」
「膝から降ろした拍子に起しちゃうかもしれないわよ?」
「もう、ああ言えばこう言う…!」
一人を巡っていがみ合い、一つ間違えば流血沙汰に。
でも私、今の関係性がとっても楽しいの。
あの時、最初にノリアキさんを巡って対立した時…初めてこの子と、本音で対峙できたような気がしたから。
勿論、一番はノリアキさんだけど…ね。
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