Chapter Ⅴ きっと咲かない彼岸花。

Ⅴ-145 宝探しと始まる策謀

「えい、ここだっ!」


 僕の隙を突いて叩き込まれた強烈な打撃。


「わ、そう来るんだ!?」


 大きく右に吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、容赦ない追撃にカウンターを決めた。


「むう、だったらこっちも…!」

「よし、いつでも来なよ!」


 キタキツネはそこで…Rボタンを深く押した。光り輝く世界、とうとう必殺技が発動されてしまう。


「あ、この体力じゃ…!」

「この勝負も…もらったよ!」


 体力ゲージがゼロとなり、無残に倒れ伏してしまう僕のキャラクター。


 十戦一勝七負二分。


 ボロボロと言う他に無い戦績を突きつけられて、僕の現実の体も力を失ってしまった。


「えへへ、すごいでしょー…?」

「…やっぱり強いね、キタキツネは」


 一時期は何とか追いすがっていた気もするんだけどな。いつの間にかまた大きく実力を引き離されてしまった。


 今ではこの試合結果が、僕達の日常である。


「当然だよ、いっぱい特訓したんだもん!」

「その代わり、現実の戦いはへなちょこになっちゃったのよね」

「…ギンギツネ!」

「うふふ、私としたことがつい口が滑っちゃったわ~」

「あ、待てっ!」


 …ここまで含めて、日常である。



「それで、どうしてここに来たの?」


 数分後、珍しくキタキツネに叩きのめされ、引き摺るように連れてこられたギンギツネ。


「ああ、コレが届いたのよ…」


 ボロボロになった服の懐から、同じく戦いの余波でしわくちゃになった僕宛ての手紙を取り出す。


 …予想通りと言ってはアレだけど、封は切られている。だが僕に手渡されたそれの署名は、なんとも意外な人物だった。


「へぇ…博士から?」


 その名前を口にすれば、キタキツネの表情は険しくなる。毛並みは激しく逆立ち、いよいよ敵意を隠そうともしない。


「中身は先に確認したけど、内容だったわ」

「…そう」


 ギンギツネの言葉を聞いて、キタキツネは殺意を抑えた。


 …助かった。こればかりは、僕から釈明しても信じて貰えなさそうだったし。


「イベントを開くんだ…『宝探し』?」

「そう、お誘いらしいわよ。まさかの…ね?」


 流石に、誘われなくても不思議じゃない程のことをした自覚はあるらしい。


 ああ、あの時は大変だったなぁ…


「で、参加するの? 私はノリアキさんに従うわ」

「…ボクも、そうする」


 ああ、そうなんだ。てっきり止められるかと思ったけど…それだったら、そもそも手紙も持ってこないよね。


「へぇ、意外ね。だぁいすきなお家に引き篭もらなくてもいいの?」

「引き篭もってなんてないし、ノリアキが行くならボクも行く」

「…そう」


 期待したほどキタキツネの反応が良くなかったのか、つまらなそうな呟きが零れる。


 不毛な争いがこれ以上続く前に、僕も早く決断しよう。


 そのために僕は、もう一度招待状の文面を見た。


 決して綺麗ではなく、しかし丁寧な子供のような字で、よく聞く博士の言葉遣いで『宝探し』へと招待する旨が書かれている。


 これと言っておかしなところは無い。参加条件も悪くないし、断る理由も見当たらない。


 無理矢理不可解な点を絞り出すとすれば…そこかな。やっぱり、僕たちは博士たちにとって進んで誘いたい人物ではないはずだ。


 それなのにこの手紙が届けられた理由……それも、気になるな。


「よし、行ってみよっか」

「え…ホントに? 本気で行くつもり?」

「え、うん。この手紙に書かれてる『宝探し』っていうのが気になるんだ」

「まぁ…そっか。うん、じゃあボクも行くよ」


 結構不満そうな表情をするキタキツネ。あはは、どうやら僕が誘いを断ると思っていたみたい。


「キタキツネ、本当は行きたくないんじゃ…」

「…そうだけど! ノリアキが、行くって言うから…」


 ポカポカと弱々しく胸を叩いてくるキタキツネ。本でそんな記述を見かけたときは変だなと思ったけど、いざ実際にされてみると可愛い。


「あはは、ごめんごめん」


 さっきコテンパンに負かされたことへのつまらない仕返しを遂げて、僕は手紙を懐にイヅナを呼びに行く。


 話は聞かれていたらしく、僕が部屋に入るなり二つ返事――返事じゃないけど――でOKしてくれた。




―――――――――




 そして数日後――手紙に書かれた指定の日。


 『宝探し』の正体を探り、あわよくばその『お宝』とやらを手に入れてやろうと意気込んで、僕達は図書館への空の道を進み始めた。


 辿り着いた先で目にしたのは、その身長に似つかわしくない尊大なポーズを決める博士と助手の姿。怪訝に思って話しかけようとした矢先、二人は茶番をするかのような棒読みで喋り始めた。


「ふっふっふ…よく来たのです」

「あんな下手な誘いにホイホイと乗ってしまったお前たちを、我々は歓迎しましょう」

「……帰ろっか」


 うん、期待した割に…特に大したイベントは無かったみたい。そもそも他のフレンズの姿も見えないし、今回は本当にイタズラだと思う。


 キタキツネも早速退屈そうに草を弄っている。何より博士たちに真面目にやる気が無いのなら長居は無用だ。


「ま、待つのです!? 今のはほんのジョーク、冗談なのですよ!」

「えー、そんなこと言われても困るよ」

「そんなっ!?」


 素っ気なく突き放すと、今度は涙を流して崩れ落ちた。…面倒だなぁ。


「お願いですから、お日様がてっぺんに昇るまではここに居て欲しいのです! そ、そうでなければ我々は…!」

「……我々は、何?」

「…いえ、今の言葉は忘れるのです」


 意味深な言葉を言っておきながら、忘れるように言ってくる。


 何処かで見たような喋り方。…そうだ、RPGの重要そうで案外そうでもないモブキャラと同じだ。


 正直続きが気になるけれど、二人の立ち振る舞いからさっきまでの動揺は見られない。仕方ないから忘れた頃にそれとなく探りを入れてみるとして、今は諦めよう。


「とにかく、『宝探し』は本気で行いますので、そこだけは勘違いしないように」

「勘違いするようなことを言ったのは博士たちじゃん、ノリくんは悪くないよ!」

「ああもう…悪かったのです!」



 ヤケになって叫んだ後、「準備がある」と言って裏へと消えた二人。


 何というか…暇になっちゃった。


 戻ってくるまでどうしようかと考え始めたら、後ろから僕達を呼ぶ声が聞こえた。


「あ、イヅナさんたちがいますね。お久しぶりですー!」

「オイナリサマに…カムイくん。あなた達も来てたんだ」

「あぁ…まあな」


 オイナリサマに連れられて現れた神依君。ふと見て雰囲気が違うなと思ったら、いつの間にか見慣れない服に着替えていた。


「神依君、その服装って?」

「分かるだろ、オイナリサマのコーディネートだ」

「当然です、神依さんには相応しい服装で過ごしてもらいたいですから」


 満面の笑みのオイナリサマと、服の端を掴んで苦笑いする神依君。


 コーディネートの質はともかくとして、着ている本人の評判はそれ程良くはないみたい。ままならないものだね。


「それで、神依君もここにいるってことは…」

「察しの通り『宝探し』だ、詳細は全然聞かされてないけどな」

「僕に届いた手紙にも、碌に内容は書いてなかったよ」

「なるほど、まぁなんつーか…きな臭いな」

「…え?」


 発言の意味が分からず首を傾げていると、神依君に腕を引かれみんなの所から引き離されてしまった。

 

 小声で「他言無用だぞ」と念を押す彼に、僕は訳も分からないまま頷く。


 いまいちパッとしない反応に神依君は眉を顰めつつも、一応は納得してくれたのか話を始めてくれた。


「信じられないかもしれないが、オイナリサマの立案らしいんだ」

「…本当に?」


 前置きを聞いておきながら、その意外な事実について聞き返さずにはいられない。彼が大きく頷くのを見て、僕の中にも疑念が膨らんでくるのを感じた。


「遠回しに尋ねてみても何も教えてくれないし…ぶっちゃけ、何か目論見があるんだろうな」

「でも、オイナリサマの一番の目的は達成したはずでしょ? いまさら何を…」

「さあな、だがもしかしたら…」


 神依君の言葉はそこで途切れる。向こうにいるオイナリサマが僕たちを呼んだからだ。


「お二人とも、博士たちが戻ってきましたよー!」


 僕達は顔を見合わせて、これ以上の会話が出来ないことを同時に察した。


「…悪い、ここまでだな」

「ううん、ありがとう。僕も気を付けることにするよ」

「ああ、そうしろよな」


 

 …さて、実際のところはどうだろう?


 彼の手前忠告には従っておいたけど、気を付けるべきことなんて無いように思う。


 だって、オイナリサマが行動を起こした時からずっと彼女の標的は神依君ただ一人だ。も僕は魔法陣から普通に帰れた訳だし、他の誰かに矛先が向くとは考えづらい。


 例外があるとすれば、きっとそれは邪魔をしてしまったときだけ。僕や…話に聞いたホッキョクギツネのように。


「怪しいのは事実なんだけど、僕が何かされるようにはね…」


 まあいいや。せめてもの情けとして頭の片隅には留めておくとしよう。




―――――――――




 考えをまとめてみんなのいる場所へ戻ると、図書館は訪れた時よりも飾り付けで彩られていた。


 高い壁には地図らしき絵が描かれた布が貼り付けられ、建物の至る所に宝箱やジャパリコインを模した小道具が転がっている。そして冒険装束と言うべきマントを羽織った博士たちを見れば、誰もがここを『冒険の拠点』と呼ぶことだろう。


 この短時間で見事に図書館を変身させた二人の技量を称賛しつつ、どうして僕らが来る前にしておかなかったのかなと少し呆れた。


 当然余計な角は立たせない。


「流石だね、それっぽいよ」

「でもさ、こんなこと出来るなら早めにやっときなよ」


 ―そんな密かな努力は、イヅナによって簡単に突き崩される。自由すぎるよイヅナちゃん。


「あまりに急なだったので時間が取れなくて…だからその、無茶は言わないで欲しいのですよ」


 なるほど、そういう事情なんだ。


 まあ確かに、このクオリティの仕事を見せられてしまえば早々文句は付けられない。今回はこのまあまあ素晴らしい出来で納得しよう。


 …でも、失言は拾わせてもらうよ?


「そっか…で、決定って?」

「…忘れろなのです」

「えー、気になるんだけど」

「いいから忘れろなのですっ!」

「はいはい、ちゃんと忘れるってば」


 ”準備があるから出て行け”とまたまた僕を追い出す二人の声を背中に、もう一度推理を組み立てる。


 さっきからの博士たちの言動には、『逆らえない誰かオイナリサマ』の存在を匂わせるものがあった。神依君の証言と綜合すれば…もはや、疑う余地はないね。


 オイナリサマは絶対に何かを企んでいる。


 あーあ、神依君ったら大変だ。


 でも大丈夫。僕の経験に依れば…不安定な時期を乗り越えると結構平和になるんだ! だからそれまでなんとか耐えてほしい。


 …頑張れ、神依君ッ!


「…!」

「…?」


 あはは、ガッツポーズは伝わらなかった。

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