Ⅳ-138 リターン・トゥ・新天地
「よ、よく分かんないけど…待っててね、神依君!」
GPS探知の結果を知った僕たちは、すぐに踵を返しキョウシュウに帰るための魔法陣へと向かい始めた。
「でも一体どうして、反応があんな場所に…? それにやっぱり、前は反応が無かった筈なのに…」
「うー…もう! 結界とやらの中に直接飛んで行けないのが腹立たしいよ!」
「それは仕方ないよ、入れない為の結界だから…」
不機嫌なイヅナを宥めつつ、僕は考え事を続ける。
イヅナのジャパリフォンに取り付けられたGPSの反応は、ホッカイの何処からでもなく、『ホートク』から返ってきていた。
これは控えめに言って…とても大きな謎だ。
機械の故障だと一笑に付すのは簡単なことだけど…その瞬間最後の手掛かりは無くなる。
だから一度この結果を信じて…そして、理由を考えてみよう。
いや、考えるまでもないか。
ジャパリフォン…ひいては神依君がホートクにいるからこそ、こうなっている。
「それにしたって、突然出てきたのかな…?」
「逆にさ、反応が無かった時の方がおかしかったのかもだよ」
「…そっか、そうとも考えられるね」
何らかの理由で反応が出てきたんじゃなくて、今まで反応が隠されていた。
…それなら一つ、思い当たるものがある。
「イヅナ。あの結界って、外からのテレポートを弾くんだよね」
「というか…
「それならもっと都合が良いよ。…GPSの反応も、上手いこと遮ってくれてたのかもだからね」
「あ、そっか! じゃあ、さっきは見られたのって…」
合点がいったようなイヅナの笑顔に僕も頷く。
「まだ推測だけど…ジャパリフォンが、結界の外に出てきたからだと思う」
GPS問題については片付いた。
あとは、ホートクにある理由なんだけど…
「あのさイヅナ…テレポート先って、狂ったりはしないの?」
「普通ならしないはずだけど…あぁ、あの時は普通じゃなかったね」
「もしかして…セルリアンのせいで?」
「…多分」
ホートク問題、無事解決…なのかな?
何はともあれ、色々と迷惑なセルリアンだった。珍しいね…戦闘力と関係の無い二次災害を沢山起こす個体なんて。
「やっぱり、あの時こっ酷くやっておいて正解だったよ!」
僕だって色々文句はあるから、痛めつけたことに得意げなイヅナにも…今日は何も言わないでおこう。
…そっと、頭を撫でてあげた。
―――――――――
「ノリくん、直接ホートクに繋いでも良い?」
「…うん、早い方がいいもんね」
「じゃあ少し待ってて、行先を変えるのはちょっぴりだけ手間だから」
そう言ってイヅナは魔法陣に手をかざし、妖力で中身を弄りまわし始めた。
手持ち無沙汰になった僕はまた木陰に座って、今度はゆっくりイヅナの様子を眺めることに決めた。
「……」
イヅナは魔法陣を弄っている。
「……」
…結構、長い。
ちょっぴりだけ手間…と言ってたけど、本当はそれなりに手間なんじゃ…?
「イヅナ、急かす訳じゃないけど…後どれくらい?」
「…三分くらい」
…やっぱり、面倒みたい。
一から魔法陣を組む時は、掛かる時間はこれの半分くらいで済んでいた。
「ねぇ…やっぱり、一度帰ってからの方が早いんじゃ…?」
「それは…やだな」
「…え?」
何気なく言ったアドバイスで、イヅナの顔に影が差した。
「だってもし帰ったら…キタちゃんたちに連れてくよう迫られるかもしれないじゃん!」
けど…そんなに心配はいらないみたい。
「それはいいけど…時間が掛かるなら新しく作り直すのはどうかな?」
「……その手があったね」
…ちょっぴりお茶目なイヅナだった。
数分の後、今度はセルリアンに邪魔された結果ではなく…自らの意思で、僕たち二人はホートクの雪を踏みしめた。
「この景色…見たことあるよ」
「やっぱり、前に来てたのはホートクだったんだね」
少し歩いて、ホッキョクギツネが住む洞穴も見つけた。
これで今度こそ確信した。僕達は、新天地に戻ってきた。
「そしたら、ホッキョクギツネに事情を…」
「ダメ、あの子は今回の件と何も関係ないでしょ」
「関係なくは無いよ、神依君の友達だし」
「でもダメ、会うにしたって…神依君を連れて来ての方が良いと思う」
「じゃあ…そうするね」
何やら、イヅナはホッキョクギツネに会いたくないらしい。
斯く言う僕も彼女に大した用がある訳じゃないし、ここはイヅナの言う通りにしておこう。
「よかった…ノリくんがこれ以上”キツネ”に会ったら何が起こるか分かんないもん。あれ、前には会ってたんだっけ…? そしたら、最悪の場合あの子はもう…」
「…イヅナ?」
少し離れたところで、イヅナがぶつぶつと何かを呟いている。
肝心の内容は聞こえないけど、彼女の剣呑とした表情を見る限り…穏やかではなさそう。
「…始末しなきゃ」
そして顔を上げたイヅナは聞くに物騒な言葉を口にして、さっきの言葉とは裏腹に巣穴へと歩き始めた。
「ま、待って! 何しに行くの…?」
「どいてノリくん…アイツ殺せない」
「こ、殺す必要ないってばっ!?」
よく分かんない。何もかもよく分かんないけど…
イヅナが、ホッキョクギツネに並々ならぬ敵意を向けていることだけはよく理解できた。
…一か八か、抑えるよう説得するしかない。
「やめて…イヅナが思ってるようなことは何一つないから。それにホッキョクギツネは神依君と居た時間の方が長いし…神依君が相談に乗ったりもした筈だから、印象はそっちの方が強いと思う」
「でも…でも…!」
「お願い…ジャパリフォンを取りに行くんでしょ? オイナリサマが『白』だった時のことも考えて、余計な騒ぎは起こさない方が良いよ」
カタカタと音を立てて刀が揺れる。
握りつぶさんばかりの力で柄を握る彼女の手は…ようやく、落ち着きを取り戻したようだ。
「…ごめん、熱くなっちゃって」
「いいよ、ありがとう。不安なんだよね」
全身でイヅナを抱き締める。
ぎゅっと優しく暖めてあげれば…何もかも大丈夫だから。
そう…思ってたんだけど。
「えっ、ちょっと…うわっ」
「うふふ、ノリくん…♡」
イヅナにぐいぐいと押されて、ついには茂みの中へと押し倒される。
赤く上気した表情を見て、その意味を察した。
「ダメだよイヅナ、こんなところで…」
形ばかりの抵抗も、役目を果たす日は来ない。
「やっぱり不安なの…ねぇお願い、慰めて…?」
そっと、口づけを受け入れて…
―――――――――
「それじゃあ、そろそろ作戦会議といこっか」
色々なことが終わった後、イヅナはそんなことを言った。
「あ…うん」
僕は、上の空で答えるのみ。
頭の中では、さっきのとても刺激的な光景がまだグルグルと回り続けている。
なにせ新しい体験だったから、とっても…忘れがたい。
「ノリくん、大丈夫? もし足りないなら…」
「だ、大丈夫! 良いから続けて…?」
「…うん」
若干不満げな表情をするイヅナ。
…え、もしかして足りないの?
イヅナの心情はどうあれ、今日これ以上は無理だ。続きを始めたら今度こそ歯止めが利かなくなってしまう。
でも、あれはすごく…
「ノリくん、我慢しても辛いだけだよ? やっぱり…」
「…お願い、やめて」
イヅナの声が脳内ですごくリフレインしてるから、それを抑えるのに精一杯だから。
「…分かった。私が話したいのは、オイナリサマが『黒』だった場合の為の準備のことだよ」
「確かに…必要かもね」
「うん。私たちに結界の中の様子は全然分からない。だから何があっても良いように、逃げる準備は万全にしておくべきだと思うの」
僕は頷く。
「やっぱり、魔法陣を用意しておくのが良いかな?」
「結界の近くに作っておけば万が一カムイくんを攫うことになっても…すぐに脱出できるはずだから」
「分かった。じゃあ…お願いして良い?」
「勿論、私にしか出来ないコトだもんね」
そんなこんなで作戦会議も早々に終わり、僕達はGPSの反応を辿りながら結界を目指していく。
これは気のせいかな。
結界に近づけば近づくほど、胸の中を這いずり回る焦燥が強くなっていく。
「魔法陣、作っておくよ」
「うん、よろしくね」
結界という名の深い霧を目の前に、僕は心に芽生えた不安を一つ一つ摘み取っていくことにした。
深く根を張った雑草を、力一杯引っ張るように。
まず心の中で向き合って、彼と相対した時…迷わずに話しかけられるように。
イヅナのジャパリフォンを…握りしめて。
「神依君はが帰って来ないのはやっぱり、オイナリサマのせいなのかな…?」
最初に出るべき、一番大きな疑問。
僕は知っている、神依君は最後に見た瞬間まで、キョウシュウへと帰る意志を持っていた。
帰るべきかどうかという悩みに心を揺り動かされつつも、また戻って来れば良いのだと、結論付けていた。
…まさか、迷っていたから?
否定できない…一瞬差した気変わりで、彼が帰るのを止めてしまったという可能性も。
でも…その気になれば、幾らだって否定できるはずだ。
「だから僕が考えるべきことは…こんなことじゃないよね」
可能性は無限にある。
その不確定性の箱をこれから開けるんだ…僕に必要なのは、事実を受け止める覚悟。
そしてその上で、行動すること。
「大したことじゃないよ…大丈夫」
見失うな。
その目で見た景色だけが本物だ。
夢なんて見ちゃダメだ。
これから、終わらせるんだからさ。
―――――――――
「ノリくん、準備オッケーだよ」
「分かった。そしたら次は、この結界だね」
イヅナの声に目を開けて、僕に取り憑こうとする彼女の手をそっと受け入れた。
「もう覚悟は決まった?」
「バッチリだよ、大層な覚悟じゃないけどね」
でも、明確な見通しを持ててよかった。
今度はこの霧を見通して、神依君の元へと行こう。
手を翳して、全ての感覚をイヅナに委ねた。
「やっぱり、結界を通るのは大変そう?」
『そうだね、かなり高度で頑丈な……うん?』
「…どうしたの?」
『何だか…妙に結界が緩いの、物が通った後だからかな』
「じゃあ、入れそう?」
『当然、この程度だったらすぐだよ!』
イヅナが動かした僕の手が霧の中へと突っ込んでいく。
すると、そこから台風の目のような穴がゆっくり広がり、霧が晴れていく。
やがて通れるくらいまで大きくなったその穴に、僕らは体を潜らせて進んでいく。
『…ここが、結界の中』
たった数日ぶりの、懐かしき虹の空。
あの日の鳥居のその向こう。
僕達が探していた彼が…虚ろな目をして座っている。
「…神依君!」
声を掛けると、神依君はそれに気づいてこちらを見る。
「祝、明……!?」
そして目を見開いて、僕の名前を呼んだ。
覚束ない動きで彼は立ち上がって、一歩…また一歩、こちらへと歩み寄って来る。
僕は、次の言葉を待っている。
他ならぬ神依君の真意を確かめるために。
「…頼む」
そして彼は、僕の腕を掴んで言った。
「助けてくれ」
その時、僕のすることは決まった。
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