Ⅳ-137 綻び一つ、正体見たり
「やっぱり…行くつもりなの?」
「神依君のことは気になるし…それに、ジャパリフォンの中には大事な写真も沢山あるでしょ?」
「それは…うん」
魔法陣に輝きを込めながら、イヅナは後ろ向きな言葉を零す。
聞いての通り、イヅナはもう一度ホッカイへと赴くことに反対している。
「だって危ないよ…オイナリサマでしょ? 生半可なセルリアンよりずっと強いはず」
イヅナの言葉に僕は頷く。
オイナリサマの持つ力の大きさは、向こうでも何度も目の当たりにしてきた。
無尽蔵なのではと感じるほどのサンドスターに、一瞬で妖力の使い方を習得する技量。
「戦いになったら…何分持つかも分からないんだよ?」
「…そうだね」
色々と思うところはあるけど、それについては否定できない。
僕達は勝てない。
だけど…
「一度だけでも、確かめておきたいんだ。神依君が戻って来ないつもりなら、せめて…お別れの挨拶くらいはしたいから」
神依君には、沢山のことでお世話になった。
僕の頭の中にいた頃は相談や雑談の相手になってもらったり、最近では料理のレクチャーをしてもらったり。
この島で出会えた唯一の同性の友達だから…そう簡単に、仕方ないと諦められはしない。
「…分かった、ノリくんがそう言うなら」
そして、魔法陣はホッカイと繋がる。
「ノリアキ、気を付けてね?」
「ノリアキさん、イヅナちゃんに襲われてもしっかり反撃するのよ…!」
「あ、あははは…」
キタキツネとギンギツネはまたもやお留守番。
僕は危ないから待ってて欲しかったし、イヅナは元々のホッカイ旅行の埋め合わせだと言っていた。
「ほら、早く行こ?」
「うん…じゃあ、行ってきます」
後ろの二人に手を振って、僕達は再び、ホッカイへ――
―――――――――
「……オイナリサマ、それは?」
「これですね…ふふ、これは『不思議な水晶玉』です」
「…水晶玉?」
はい、とオイナリサマは頷いて、彼女はそれを俺の目の前へ近づけた。
「覗いてみてください、何が見えますか?」
「俺の、背中…?」
透き通るような結晶の合間を縫って目に差し込んできた光は、俺の体の像をしている。
なんとなく視線の方を向くと…何も無い。
また水晶を見れば、目に映るのは俺の後ろ姿。
…そうか、これでは俺の顔は見えないんだ。
「もう、神依さんったら」
「…はは」
俺としたことが…こんなことにも気付けないなんて。
最近はこんなことがよくある。体はまるで俺の体じゃないみたいに思い通りに動かないし、頭も前のようには回らない。
この後ろ姿、俺以外の誰かに似ているような…?
「……」
思い出せない、とうとう記憶力まで悪くなってしまったらしい。
でも、何も問題は無い。
「そろそろお昼ですね…少しだけ待っててください。すぐに作ってきます」
必要なことは…全部オイナリサマがやってくれるから。
オイナリサマは優しく起こしてくれるし、ご飯も朝昼晩全て用意してくれる。お風呂だって全部お世話してくれて、夜も一緒に寝てくれる。
だから…オイナリサマに任せておけば、大丈夫。
大丈夫…だ。
―――――――――
「あちゃー…この感じ、知らない場所に出ちゃったね」
「そうなんだ…うーん…どうしよう…?」
無事にホッカイへと辿り着いた僕達は、まず魔法陣を安全の為に『隠蔽の術』で隠してから周りの探索をすることにした。
術はもちろんイヅナ製。拘束中に作った色々なものの一つらしい。
…他にも何か作ったんだ?
さておき、かなり簡単に使えるように作ってくれたみたいで、拙いながら僕も短時間で習得することが出来た。
「流石ノリくん! こんなに早く使えるようになるなんてすごいよっ!」
「あはは、ありがとう…」
褒めてくれるのは嬉しいけれど…これも、イヅナが易しく作ってくれたおかげだよね…
まあ…いっか。
「ノリくん、ここは危ないから、私から絶対に離れないでね?」
「え、でも二手に分かれた方が…」
「良いから一緒に行くの!」
「う…うん…?」
大事に大事に手を繋ぎ、抜き足差し足で辺りを見回るイヅナと僕。
数分掛けて、僕達は魔法陣から三つ先の木の向こうを確かめることが出来た。
「…あのさ、流石に遅すぎないかな?」
「……私も、そう思ってた」
思いつつ、引くに引けなかったのだろう。
僕の言葉を聞いて、イヅナはホッとしたように抜き足差しを止めて普通に歩き始めた。
…うん、手は繋いだままなんだ。
「なんかこれ、デートみたいだね」
「で、ででっ、デートッ!?」
「…そんなに驚くこと?」
なんとなしに呟いた言葉が、また状況をこんこん…こが…がらがら……
…こんがらがらせた。
「そっかぁ…えへへ、デートかぁ…あはは」
「一応、他にちゃんと目的はあるんだからね」
「わ、分かってるよ! で、でもね…デート、なんだよ…?」
デートじゃ…ないんだよ…?
そうは思ったんだけど…僕の言葉で喜んでいるイヅナの手前、それを否定することもできない。
迷いを表しあちこちへ揺らめいていた僕の手は、行き場のない思いを紛らわすように彼女の頭を撫でた。
「えへへ、ずっとこうしてたいな♡」
「もう、ずっとは困るよ…?」
二度目のホッカイ旅行も…やっぱり大変そうだ。
―――――――――
「本が…読みたいな…」
うわ言のように呟くと、オイナリサマが立ち上がった。
「取ってきますよ、どんな本が良いですか?」
「…生き物図鑑」
自分で選びたい気持ちも僅かにあったが、彼女の好意を無碍にはできない。
笑顔で彼女を見送ると、残る未練もすぐに消え失せていった。
「…どんな動物に、会って来たんだっけ」
朧気ながらも俺は覚えている。
今まで辿ってきた道のりの途中で、様々なフレンズと出会ってきたことを。
けれど、名前とか…姿とか…性格とか。詳しいことを思い出そうとすると、途端に靄がかかったように何も考えられなくなる。
「図鑑があれば…何か分かるかも…」
でもオイナリサマは、それをあまり快く思っていないんだろうな。
俺が読みたい本の種類を言った時…その瞬間だけ、彼女の顔から笑みが消えていたから。
「オイナリサマは…思い出してほしくないのか…?」
なぜ、どうして。
考えようとする度に、頭はどんどん靄がかっていく。
脳内でしばらく格闘して…結局、考えるのは止めた。
「多分、本当は何も考えたくないんだろうな…」
だから勝手に、脳が考えることを止めさせようとしているんだ。
そう結論付けて、心を楽にして、オイナリサマを待ち続ける。
「――お待たせしました、神依さん」
「ああ、ありが…とう…?」
書斎から戻ってきたオイナリサマに手渡された一冊。
注文通りに渡された、予想外の品。
「あら、どうしました?」
「…いや、何でもないよ」
「ふふ、そうですか…」
海の、生き物図鑑。
―――――――――
…おかしい。
「何も見つからないね、ノリくん」
「…うん」
これは…絶対におかしい。
「お腹空いたね、ジャパリまんでも食べる?」
「うん…ありがとう」
これは…絶対においしい。
…ってそうじゃなくて、とにかく何かが変なんだ。
かれこれ早一時間近く、僕達は周囲の探索を続けている。
最初のホッカイ旅行では使わなかったジャパリフォンのGPS機能も使って、見覚えのある地形もくまなく探している。
なのに、それらしき場所は一向に見つからない。
それどころかここはまるで…初めて訪れる場所のようだ。
「一体どうして…? まさか、何か見落としてるのかな…」
「ねぇねぇノリくん、そこの木陰に座らない? ゆっくりしたら、何か分かるかもしれないよ!」
「でも……うん、そうしよっか」
木の幹に身体を預けて、肩に寄りかかって来たイヅナをそっと抱き寄せる。
こうしていると、今の状況を忘れてしまいそうだ。
「今くらい、忘れたっていいじゃん。カムイくんだって、絶対に危ない目に遭ってる訳じゃないんだよ?」
「まあ…そうだね」
ギンギツネに聞いた最悪の想定のせいで無意識のうちに悪い方へと考えを偏らせていたけど、神依君な無事な可能性も十分にある。
本当は、オイナリサマがドジを踏んで魔法陣を壊しちゃっただけなのかもしれないしさ。
神依君の様子を確かめて、ジャパリフォンも回収する。
最初から、焦るべき目的なんて何処にもないんだから、意気込まずに行くとしよう。
「ありがとう、イヅナ。お陰で気が楽になったよ」
「そうでしょ? 普段からもっと甘えたっていいんだよ…?」
「あはは、それは…よく相談しないとね」
「もう、誰と!?」
その後も僕らはしばらく冗談を言い合って…太陽が真上にやってきた頃、もう一度神依君を探しに歩き始めた。
「じゃあ今度は、山のある方角を探してみよっか」
「ホッキョクギツネとやらは…見当たらないもんね」
最初は周囲の地形の確認と一緒に、ホッキョクギツネの住処も探していた。
彼女が見つかれば、そして住処に行けば、そこからもう一度旅路を辿って山まで行くことも難しくないと考えたからだ。
しかし彼女の姿は見えず、あの洞穴も見当たらない。
ここが方針の変え時だろう。
神依君のいるオイナリサマの神社…その結界がある山を探しに、僕らは遠くに見える山の影に目を凝らした。
「結構遠いね…飛んで行こう」
僕らは空高くへ飛び上がり、森を雪原を見下ろしながら山へと向かっていく。
上空を吹いていく寒風に身を震わせればイヅナがくっついて暖めてくれて…そのおかげで、体のバランスは大きく崩れてしまった。
「わあっ!? こんなことって…!?」
立て直すために慌てて身をよじれば、更に崩れて僕らは風に引き剥がされる。
「ごめんね、ノリくーん!?」
「き、気にしないでー!?」
お互いによく分からない気の掛け合い方をしながら、僕達は地上へと落ちていく。
ボフッと音が響き渡り、高く積もった雪へ深く沈んでしまう。
「なんで…こんなことに…」
上空で無駄に寒がってはいけないという教訓を…一つ、得ることが出来た。
「よ…よいしょ…!」
それからしばらくして…ようやく僕は、雪の中から脱出できた。
「ノリくん! 大丈夫…?」
「何とかね…でも、どうしてここが?」
「…キタちゃんのジャパリフォン。GPSが付いてるから、それで追跡したの」
「そっか…そんなことも出来たね」
聞いたことはあるけど、忘れてた。
こういう場面なら、真っ先に考え付くべきアイデアなのだろう。
だけど如何せん普段からGPSなんて必要としない程一緒にいるから…全く頭に無かった。
…待てよ。
ジャパリフォンで…他の携帯の位置情報を調べられる? それってもしかしなくても、ストーカーし放題ってことじゃないかな…?
でもまあ…ジャパリフォンを持ってるのは僕達だけだし…僕は今更別に構わないし…ま、いっか。
「カムイくんの場所もこれで探れたら楽だったのになぁ…」
「でも、前に試してダメだったんじゃなかったっけ?」
「そうだけど…あ! 今なら何かの間違いで見えたりしないかな?」
…あはは、何かの間違いって言っちゃってるよ。
でも、出来たら本当に助かる。
ジャパリフォンを操作してGPS機能を呼び出すイヅナを僕は、期待半分諦め半分で眺めていた。
「…ノリくん」
そして、イヅナが口を開く。
「キタちゃんのジャパリフォン…私のGPS登録されてない」
「あ…そっか」
確かにキタキツネは、邪魔をしない限りイヅナが何処にいようと気にしなさそうだ。
「だったら僕のでやってみるよ」
「うん、お願い」
GPS機能を呼び出し、神依君に渡したイヅナのジャパリフォンを追跡する。
画面に見える『Now Loading…』、固唾を飲んで結果を見守る。
そして、地図が現れた。
―――――――――
「神依さん…海の生き物は面白いですね!」
「あぁ…そうだな…」
確かに面白い。図鑑と言う本は今まで知らなかった知識を多く教えてくれる。
だがしかし、読めば読むほど…俺の中で釈然としない気持ちが大きくなっていく。
「…オイナリサマ、やっぱり」
「あ! このナマコ…とかいう生き物、ぷにぷにしてそうで可愛いですね!」
「確かに…って、そうじゃなくて…」
「見てください神依さん、これも…」
「…頼む、聞いてくれっ!」
「あっ…ご、ごめんなさい…」
突然出した大声に、オイナリサマはとても驚いた表情をしている。
俺も驚いている。
こんな声、もう二度と出ないと思っていた。
「ええと…どうしました…?」
「聞きたいことがあるんだ…大事なことだ」
「……はい、お答えします」
オイナリサマはしばらく俺の目を凝視して、そっと逸らした。
彼女の声色は、俺が聞こうとしていることを察しているかのようだった。
「教えてくれ…ここには…ホッカイには、どんなフレンズがいるんだ…?」
…静寂。
「…ふふ」
しばらくの沈黙の後、響いたのは微かな笑い声だった。
「な、何がおかしいんだ…?」
「いえ、ごめんなさい…神依さんが勘違いをしているようでしたから」
”勘違い”…?
そう言われても、俺にはピンとこなかった。
オイナリサマはそんな俺を見て、優しい微笑みで、『真実』を教えてくれた。
「神依さん。ここ、ホッカイじゃなくて…ホートクですよ?」
全ての希望を失った俺に更なる追い討ちを掛けるような、そんな残酷な『真実』を。
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