Ⅲ-121 在り得る未来の楽園で
「え、来てくれないの?」
『助けたいのは山々だけど、キタちゃんとギンちゃんに捕まってて行けないの!』
「そんな、捕まったってどうして…」
『イヅナちゃんがボクを連れて行ってくれないもん』
『勝負は勝負だもん、絶対にやだよ!』
ジャパリフォンの向こうからガヤガヤと騒ぎ声が聞こえる。
混沌としすぎていて聞き取れたものではない。
だけど時折耳に入る言葉の端々を摘まんでみると、勝負の結果でまだ揉めているのだなと推察できた。
イヅナを呼ぶにはキタキツネを説得しなきゃいけない、しかしこの分ではかなり骨が折れそうだ。
『ノリくん、向こうにも妖力の強い誰かがいるはず、妖怪でもフレンズでも…最悪ヒトでもいい。何とか利用して起動させて!』
「…出来るの?」
『ノリくんの妖力だと出来て八割、神依君を足しても精々九割弱。一気に注がなきゃ起動は無理だから、協力者は必ず要るよ』
「分かった、頑張ってみる。だけど…」
『他にもまだある? 遠慮しないで相談してっ!』
「ううん。ただ、イヅナが来てくれたら、そっちのほうが嬉しいなって」
『あ…じゃあ、私も頑張るね!』
「ふふ…それじゃ、また」
『…最後に少しだけ。協力者は最悪ヒトでもいいって言ったけど、信頼できる相手にしてね。それとなるべく、協力者以外には存在を知られないようにして』
「…うん」
イヅナの忠告に頷く。
そして、彼女の声はそれっきりになった。
―――――――――
「よし、何が必要かな」
キョウシュウとの通話を切ったら、次は今の状況を整理してみることにした。
「今俺たちはホッカイにいる。そして、帰る方法を失っている」
「そうだね、だけど幸運にも帰る方策はある。僕達に必要なのは
イヅナの見立てによると、僕達二人で賄える量は九割に行くか行かないか。
一気に注ぐ必要があるため、あと少しというのがむず痒い。
「一気に入れて足りないならほら、他の何かに妖力を貯めてはおけないのか?」
「それは無理かも」
リュックの中で妖力を蓄えておけるのは『魔法陣の粉』だけ。
それもごく短時間だから、回復を待っている間保ってはくれない。
「はぁ、だからこその”協力者”か」
「…結構、難しい話だよね」
残り一割とはいえ、それほどの妖力を持っている存在はそう多くない筈。
果たして見つかるのか、そして手を貸してくれるのか。
狭き門だからこそ、イヅナも『最悪ヒトでもいい』と言ったのだろう。
「イヅナが来てくれれば万々歳だけど、頼りっきりにもしてられないか」
「しかしあの二人だって、お前が危ないならイヅナを行かせるんじゃないのか?」
「…さあ、何のつもりかな…?」
僕は、やっぱりあの勝負でプライドを刺激されたせいだと読んでいる。
アレだけこっ酷く負けたら、相手にどんな形でも一泡吹かせたいと思うだろう。
…僕に関してはまあ、信じてくれているのかな。生きて帰って来るって。
「まぁ、まず探してみようよ。魔法陣は後でも描けるし」
「…だな、遭難しない限り何処に行っても大丈夫な訳だ」
まず一歩、宛ての無い一歩を踏み出す。
目的は、目的地。
僕らの旅路を導くのは、後ろに残る足跡だけだ。
「…あ、消しとかないと」
適当に足を振って、なるべくヒトっぽさを無くすように、フレンズや獣っぽい痕跡に書き換える。
「…几帳面だな」
「イヅナに忠告されちゃったからね」
行く宛ても証も今はいらない。それは後々別荘を建ててから付けよう。
だから今は、誰にも知られずに帰るために…ただひたすらにこの足を動かすのだ。
―――――――――
雪原の中を、景色に馴染む白髪とよく目立つ黒髪の二人が駆け抜けていく。
途中で足を止めたかと思うと、それぞれが近くの物陰に身を隠した。
その付近を、真っ白な毛皮を持つフレンズが走って行った。
しばらく息を殺した後、身を乗り出して辺りを探る。
『…まだいる?』
『いや、大丈夫だ』
僕と神依君はハンドサインで意思疎通をする。
右見て、左見て、また右を見て。
近くにヒトがいないことを確認したら、神依君の元へと静かにダッシュする。
「よし、あの洞穴に隠れるか」
「…そうだね、そうしようか」
誰にも見つからないよう慎重に歩みを進めて、僕達は暗い洞穴にその身を潜める。
一見順調にも見えるこのステルスミッションは、ゴールさえも見えない八方塞がりの様相を呈していた。
「…今日で、ここに来て三日目だね」
今まで、僕達は初めに降り立った場所の周りを重点的に探し回っていた。
余計な移動をして体力を削りたくなかったのと、イヅナが迎えに来てくれることを期待したから。
誤差があっても、イヅナが来るならこの近く。そんな訳であまり範囲を広げずに探してきたんだけど…
「…やっぱり、ダメ?」
『全然ダメ、二人ともホント頭が固くて…イタタ、やめてよキタちゃん…!?』
「だったら、二人とも連れてきたら?」
向こうで色々やられているらしいイヅナの声は横に流して、逆転の発想で提案してみる。
『…やだ!』
ダメだった。
「じゃあ、もう少し頑張ってみるよ」
『ごめんねノリくん、キタちゃんが分からず屋なばっかりに…わー!? やめ』
…ツー、ツー。
残念ながらツーカーとはいかず、助けは見ての通り絶望的。
斯くなる上は、手を伸ばす範囲を広げて、今度こそ本腰を入れて協力者を見つけるしかないだろう。
途中で事情が変わってイヅナが来たとしても、多少の距離なんてものともしないと思う。
…だったら、最初から遠くまで探してもよかったのかな?
「ま、近くにはいないって分かったんだし、無駄じゃなかっただろ」
僕の考えを話すと、神依君はそうフォローしてくれた。
その言葉を聞いて、僕の心は幾分か軽くなる。巻き込んでしまったのは悪いけど、神依君が一緒にいてくれてよかった。
「…ん、どうした。俺の顔に雪でも付いてるか?」
「ううん、何でもないよ」
彼の顔に薄っすらと浮かんだ戸惑いはすぐに消え、僕は神依君から僕らを取り囲む洞穴の壁へと視線を移した。
この洞穴は、僕達が最初にホッカイの雪を踏んだからそれなりに離れた…であろう位置にある。
遠いと言い切れないのは、ボスの不在で詳しい現在位置を知ることが出来ないから。
――ついうっかり、赤ボスの存在をすっかり忘れていた。
「ま、これであんまり寒くなくなるな」
彼の言う通り、この洞穴は野ざらしの時と比べてずっと暖かくて快適だ。
言ってしまえば当然だけど、こんなに環境が変わるとは思っていなかった。だから今、僕は一種の感動とも呼べる情動をこの身に抱いている。
…外は、キョウシュウの雪山よりもずっと寒かった。
毛皮である程度防御出来る僕でもこれだ。
セルリアンの体が温度の変化に機敏かどうかは分からないけど、何でもないように振舞う彼も本当は魂まで凍り付くほどの寒さに震えているのかもしれない。
…ああ、神依君は凄いな。
「…またか、やっぱり何か付いてるか?」
「うん…後ろに、黒い髪のお化けが…」
「な、なんだってっ!? …って、嘘だろ」
「えへへ…ぐえっ!?」
神依君の握り拳が僕のお腹に飛んで来た。
「ったく、変なこと言いやがって」
「…ごめん」
妙に暖かい洞穴の中。
既に寒さからは逃れたはずなのに、神依君の肩が震えている。
寒さが後を引いているのかな。
もしくは、お化けに怯えてる?
…彼の心に、黒髪のお化けがいるのかな。
「…在り得ない。だよな…真夜」
虚空へ向けた彼の声も、僕の耳には聞こえなかった。
―――――――――
しばらくの休息の後、僕達はこの先の方針を決めるための話し合いを始めた。
でも、僕は…
「…さて、これからどうする?」
「うん、何もしたくない」
「…どうする?」
「何も」
「どうする?」
怒気を孕んだ声は、とっても怖い。思わずうめき声を漏らしてしまった。
「うぅ…」
「そりゃ、何もしないって訳にはいかないだろ。食べ物だってその内底をつくぞ」
「そっか、食べ物もあるかぁ…」
食べ物くらいボスからジャパリまんを貰えば済む話だと思うかもしれない。僕もそう思う。
しかし、イヅナからボスへの接触を禁じられているのだ。
『存在がヒトにバレる』とか、『赤ボスが悲しむ』とか『向こうの得体の知れないジャパリまんじゃなくて私を食べて』とか。
…とまあ、残念ながら理由には事欠かない。
「でも、最悪隙を突いて盗めばいいじゃん」
「おいおい、お前に罪悪感は無いのか…?」
「別に盗むのが嫌ならいいけど…そうだ、女装する?」
「…何故そうなる」
勿論無策な女装じゃない。自慢じゃないけど、この耳と尻尾はかなり立派なのだ。
しっかり女の子に変装すればフレンズと間違ってくれるに違いない。運よく? …変装道具もリュックの中に入っているし。
だから重くなるんだと、神依君は愚痴っていたけどね。
「それだって、ボスが反応した時点で一発アウトだろ」
「うーん…じゃあ、やっぱり盗もっか!」
「…もう何も言わねぇよ、俺は」
神依君は諦めた!
…とまあ、食べ物のお話はそこで終わって、次の話題。むしろ本題と言える、協力者の話題に移った。
「とりあえず、闇雲に探しても無駄だよね」
この数日の成果は本当に悲惨なものだった。
特に悪い日にはフレンズどころかラッキービースト一匹見掛けることが出来ない程に。
それほどまでに、この雪山は暮らしにくい土地らしい。
「でも、だからこそ! …良い人が見つかりそうだよね」
「気持ちは分からなくもないが、それって所謂ゲームの感覚だろ?」
「…多分」
キタキツネの影響は、ホッカイに来ても衰えることを知らなかった。
「すると、フレンズじゃなくて何か建物を目指すのも悪くないかもな。建物は動かない」
「天空の城じゃない限りね!」
他にもあるだろと神依君は言うが、これが一番良い例えだと思う。
…だって、RPGの移動要塞の話をしたって分かってくれるとは思えないもの。
「まあそれは置いといて、妖力云々って言うくらいだ、神社とか寺とか、そういうのを探してみても悪くないかもな。」
「…地図が無い状況で、目指せるならね」
「だよな、それが一番問題だよな…!」
こんな状況でも、赤ボスがいてくれれば活路が見いだせたのだろうか。益々置いてきてしまったことが悔まれる。
でも、無い手段について考えても仕方がない。
こうなればいっそ、道案内の協力者も募ってしまうべきだろうか。
「他には…ボスを拉致するとか」
「いちいち物騒だな!?」
「どうしても困ったらそうすればいいって…イヅナが」
「…だろうな」
それは何への納得なのかな。
僕には分からなかったけど、彼が呆れていることだけは声色で理解できた。
―――――――――
どれほどの間、僕達は話していただろう。
結局、この状況を打開する革命的なアイデアは出てこなかった。
やっぱり、地道に探していくしか道はないのかもしれない。
「…そういえば」
この洞穴の奥は、一体どういう構造になっているのかな。
リュックの中のジャパリまんを食べてお腹を満たしたら、ふとそんなことが気になってしまった。
「神依君、少し奥の方を見てくるね」
「おう、気を付けてな」
まあきっと、危ない物も気を引くような物もないとは思う。
だけど実際に見てみなければ分からない、何かレアアイテムが…と思うのは、やっぱりゲーム的な考え方に染まりつつあるからに違いない。
そんな心意気で洞穴の奥を調べた僕は、その期待通りに気になるものを発見した。
「これって…包み紙?」
しかも見覚えがある。
砂漠など細かい異物が多い場所で配られたジャパリまんは、こんな紙で包まれていたことを覚えている。
「それがここにある、ってことは…」
しゃがみ込み、文字通り本腰を入れて探り出す。
これではゲームというより、探偵だ。
誰の影響か探偵ごっこも嫌いじゃないから、結構ワクワクしてるけど。
そして程なくして、僕は新たなる手がかりをその手中に収める。
「硬いけど、ジャパリまんの欠片だね」
食べたときに零れたカスで間違いない。
この気温とはいえ、それなりの形は保った状態だ。恐らく、食べられてからそれ程長い時間は経っていない。
「もしかしてここ、誰かの住処なのかな」
僕の見立て通りだとしたら、本来の宿主が戻ってくる前に退散するべきだ。
そうでなくとも、危険の中に転がり込んだまま胡坐をかいてなど居られない。
この手に、洞穴を使う別の誰かを示す証拠がしっかりと握られているのだから。
よし、早めに相談する方が良いだろう。
「神依君、この洞穴って本当に安全かな?」
「…妙なものでも見つけたか?」
僕の口ぶりから何か不穏を感じたのだろう、心なしか彼の口調も引き締まっている。
僕は拾った包み紙と欠片を出し、思い描いている可能性について話した。
「なるほど、危険かもしれない…か」
「…正直、どっちが良いかは分からない」
ここに留まれば、洞穴の主に最悪襲われる危険がある。
外に出れば、言うまでもなく極寒の世界が広がっている。
明確に存在が分かる脅威は外の寒さだから、まだここに留まる方が安全に思える。
「タイミングにもよるが、脱出するだけなら二人掛かりで……ん?」
…サクッ。
入口の方から、雪を踏む音が聞こえた。
僕達は即座に悟った。
この洞穴の主が、ここへと戻ってきたことを。
「っ…!」
息を呑む。全身の毛が逆立つ。
数秒の後、それは姿を現した。
凶暴な存在でないことを祈りつつ、僕はそちらに目を向けた。
「あれ……お客さん、ですか?」
僕達の眼前に姿を見せた洞穴の主は、雪と見紛うほどに白かった。
「ええっと…はじめまして、わたしはホッキョクギツネです!」
そして、見紛う余地が無いほどに、キツネだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます