トルテ

そらみ

第1話

少年が、眠っている。シン…とした冷たい部屋の中だ。

彼は、死んだように、仰向けの状態で全くピクリとも動かない。ただ上下に動く腹部が、彼が死人では無いことを示している。

もう、太陽が空の上の方まで登っているような時間帯だ。それなのにこの少年は、いつまで眠っているつもりなのだろう。

その部屋には、ほとんど物がなかった。

彼が横になっているベッドの他に、大きめのおもちゃ箱のような、子供っぽいデザインの箱が隅の方にあるのと、肘掛けのついた、木製に白いペンキの塗られた椅子が一つ、置いてあるだけだった。

物がないと同時に、色もほとんど無い。

ベッドの足の部分は、ありがちにワックスでてかてかしている木製の薄茶いろいものだし、おもちゃ箱のような物は、ずっと見ていると目が痛くなりそうな奇抜なカラーリングのされたデザインだったが、それ以外はどこを見ても白かった。

シーツから、枕から、毛布から、椅子から床から壁から天井から―――何もかもが白い。

その部屋は、見たところ二十畳くらいの広さがある。

自室にしては、広い部屋だ。

まだ十代も半ばというくらいの年齢に見える彼が持つにしても、やはりかなり広い部屋だ。

しかも、生活感は全く無い。

部屋に置かれている物のなかで生活感があるのは、ベッドくらいだ。

これくらいの年齢の少年が暮らしているにしては、好きなスポーツの選手やらバンドやらのポスターの一つもないつまらない、もはや異常とも言えてしまえそうな部屋だ。

と、

不意に

少年は、パチリと何の前ぶりもなしに目を開いた。

もうお昼ごろの、遅い起床だ。

少年は、パチパチと、その大きな目で何度も瞬きを繰り返す。

その様子は、

それからぴたり、と瞬きをやめ、

「……ああ、」

と、呟いた。そのあとには、何か言葉が続きそうな不自然な区切りかた。しかし、そのあとには、何の言葉も続かなかった。

いや、続けられなかった、なのかもしれない。

どちらにしろ、彼の呟きのあとには、ぽっかりあいた空白が出来上がった。

少年は、しばらくボーッと宙を見ていたが、やがて上体を起こして背伸びをした。

なんだか、猫のようだ。体が柔らかいのか、その動作の仕方は妙にしなやかで、特徴的だ。

少年は、ボサボサの黒い髪を軽く撫で付けながら、前方の時計で時刻を確認する。

現在、朝の十一時半。

「……うーん?」

彼はここで、不思議そうに首を横に傾けた。

そして、指折り数えはじめる。

「……十二時間。」

どうやら彼は、十二時間も眠っていたようだった。

「……起きなきゃ」

やっと布団から抜け出して、ゆっくりとした足取りで、彼は部屋の扉へと向かった。

何の表情も浮かべず。

彼の顔に表情が浮かぶことは、ほとんど無い。特に人前では、全く表情筋を使わない。

だから、彼が笑ったり泣いたり、何かしらの感情を表情に表すところを見た人は、ほとんど全くと言っていいほどいないのだった。

つまらない。

その無表情からは、そんな声が聞こえて来そうだ。

少年の目には、ちゃんとこの世界が写っているのだろうか。

写って、いないのかもしれない。

どちらでもいい、どうだっていい

そんなこと。

世界にとってはどうでもいいことだ。

そんな、風に。

世界に知らん顔するように。

つまらなそうな顔で、ドアを開いた。

それは、まるで始まりの合図のように。

冷たい部屋とは、違う温度の空間に、彼は一歩、足を踏み出した。

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トルテ そらみ @kumigoro

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