第48話 番外編3-2 その後の睦月と夏希

 ピンポーン。


 インターフォンがなり、夏希は玄関に急いだ。


「お帰りなさい」


 いつも通り、夏希はキス&ハグで出迎える。


「ただいま、奥さん」


 夏希の身体をまさぐろうとする睦月から、夏希はさっと離れる。


「火かけたままなの」


 病院から帰ってから、妊娠について検索してみた。

 妊娠初期の性交渉は問題ないという説もあれば、十一週までは控えた方が良いとか、安定期に入るまでは……など、色々説があった。また、安定期っていつ? と調べると、五ヶ月から七ヶ月の間とする先生もいれば、妊娠に安定期は存在しないという先生もおり、さっぱりわからなかった。

 ただ、セックスすることにより子宮が収縮するらしく、確かにギュッとしめられては、赤ちゃんには良くないかもしれないと思えた。とりあえず安定期( 妊娠五ヶ月を信じることにした )までは控えなければ! と心に決めたのだ。


 ただ、それを睦月に伝えるのに、心の準備ができていなかった。


「睦月さん、食後に話しがあるの……」

「うん? 今じゃダメなのか? 」


 睦月はスーツを脱ぎながら、夏希を風呂に誘う。


「ごめん、少し風邪気味みたいだから、今日はお風呂パスする。睦月さん、入ってきて」


 睦月は、夏希のおでこに手を当て、首筋も触った。


「熱はあるのか? いつもより少し高いかな? 」

「大丈夫よ」

「無理するな」

「うん……」


 睦月が風呂から出てから、二人で夕食にした。ダイニングテーブルにつき、食事をしようとご飯を口に入れようとした瞬間、夏希は激しい吐き気に襲われた。


「ちょっとごめん! 」


 夏希はトイレに走る。

 もどしはしなかったが、なかなか吐き気がおさまらない。


 これが悪阻?


「大丈夫か? 病院行くぞ」


 心配してトイレを覗きにきた睦月は、青い顔をして具合の悪そうな夏希を見て、慌てて上着を取りに行く。


「睦月さん、大丈夫。病院なら、今日行ってきたから」


 睦月は上着を置くと、夏希の背中をさすった。


「なんだ? 胃腸炎か何かか? 」

「ううん。もう大丈夫」


 吐き気もおさまり、リビングに戻ったが、食事を見る気も起こらず、とりあえずソファーに座った。


「水、水は飲めるか? 」


 睦月がミネラルウォーターを持ってきてくれる。


「ありがとう」


 夏希は、言わなくては! という気持ちと、もし言って嫌な顔をされたら? という不安の板挟みになり、どうしても言葉がでてこなかった。

 そのかわりに涙がでてくる。


「どうした?! 泣くくらい具合が悪いのか? 」


 睦月は、救急車を呼んだ方がいいのではないかと、腰を浮かせた。

 夏希は、ひたすら首を横に振る。


「なんだよ? どうした? 」


 睦月は、優しく夏希の肩を抱き、涙を指で拭う。


「深呼吸して。落ち着いて」


 睦月は、夏希が落ち着くまで、肩を抱いて背中をさすった。


「契約書第六項。覚えてるか? 」


 夏希はうなずいた。

 初めて睦月と結ばれた時の睦月の願いは、お互い思ったことは口に出すこと。勝手に勘違いしないことだった。


「思ってること、正直に話せ。ちゃんと聞くから」


 夏希は、ポケットから一枚の写真を取り出した。


 一見、真っ黒の写真。なにやら英語とか数字が書いてあるが、睦月には何なのかさっぱりわからなかった。


「何これ? 」


 夏希は、赤ちゃんの胎嚢の部分を指差した。


「赤ちゃん、この豆粒みたいなやつ」

「赤ちゃん? ……できたのか?」


 睦月は、写真と夏希を交互に見、写真を食い入るように見始めた。

 夏希は、恐る恐る睦月の表情を観察する。

 睦月は、最初真顔で写真を見ていたが、目を細めたり写真に顔を近づけたりしていると思ったら、フワリと微笑んだ。


「これが腹にいるのか? これが頭か? 二頭身みたいな感じか?なんか、なんか、可愛いな」


 夏希は、プッと吹き出した。

 夏希には、どう見てもただの豆粒にしか見えない。もちろん、おなかの赤ん坊はたまらなく愛しいが、写真から頭だ身体だを推測することは難しかった。

 しかも、可愛いも何も、顔もまだわからないのだから。


「睦月さん、産んでいいんだよね? 」

「産まない選択肢はないだろ? 」

「うん、もうね、心臓も動いてるんだって」

「まじか? 」


 睦月は、夏希のおなかに耳をつけた。


「やだ、直に聞こえるわけないじゃない」

「そうか、そうだよな」


 睦月は、夏希のおなかを撫でた。


「さっき、何で泣いたんだ? 」


 夏希は、恥ずかしそうにうつむいた。


「だってさ、まだ子供はいらないって睦月さん言ってたから、喜んでもらえないんじゃないかと思って……」

「そりゃ、二人でいたいって、それくらい夏希のことを独占したいってことさ。いらないわけじゃない。言葉を間違えたな、悪かった」


 睦月は、夏希のおなかに手を当てそっと抱きしめる。


「それにしても不思議だ。別に赤ん坊なんて、特に可愛いとか思ったことなかったんだが、この豆粒はえらく可愛い」

「親バカだね」


 夏希は睦月の手の上に手を重ねて笑った。


「かもな」


 さっきまでの不安が嘘のようだ。


 ピンポーン


 インターフォンが鳴った。

 睦月がモニターを見に行くと、ゲッとつぶやいた。


「どうしたの? 」


 睦月は、ため息をつき、どうぞとインターフォン越しに言う。


「母親だ」


 睦月が鍵を開けに行くと、月子と何やら宅配業者の人が数人入ってきた。


「なんだよ、こんな時間に」

「夏希さん! おめでとう!! よくやったわ! 」


 月子は、以前の美月の部屋に何やら荷物を運ばせながら、夏希の両手を握る。


「何で知ってんだよ。俺だって今知ったのに」

「病院から連絡がきたのよ」


 丸山病院、上条家の関係の病院だったと思い出す。


「とにかく、ベビーベッドとか、色々買ってみたから」

「あ……ありがとうございます」


 かなり、凄く、気が早い……かな。


 ピンポーン。


 またもやインターフォンが鳴る。

 次は夏希が出ると、美月が大きなぬいぐるみを持って立っていた。


「美月君だ」

「開いてるぞ」


 それから、続々と上条家の面々が集まり、夏希の料理で宴会になった。

 夏希はミネラルウォーターで乾杯し、みなにエコー写真を披露した。


 赤ちゃん、みんなで君が生まれるのを待ってるからね。

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ベッドメイキング 由友ひろ @hta228

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