剣士「……いかん、このままではマジで脳みそが溶ける」

 エッ?

 

 その眩暈すら感じる程に可憐な笑顔と、柔らかそうな唇から漏れ出た自分の名前に、呼吸すら止まりかける程の絶大なる破壊力で僕の心臓を轟かせ――


「やっと、来てくれた」


 ――呆けている内に、するりと腕まで絡めとられてしまった。


「ずっと、ずっと待っていたんですよ?」


 そのまま抱き寄せられて、ごく自然に密着された。


 ………………ええっとぉ。


 はあ!!!!!?!?!?


 人っていうのは、本当に驚くと声も出なくなるものらしい。


 だって、やけにあたたかくて、ふわふわしていて、くらくらとしてしまうような甘い香りに包み込まれていて、何が何だか分からない。僕好みの最高に可愛くて美人な女の子が、鼓動の音が交わってしまいそうなほど間近にいるというクレイジーな現実。っていうか、これって本当に現実? 夢だという方が圧倒的に納得がいくのだが。ついに、僕の日頃の妄想が、夢になって現れ出てしまったのか?


 どこもかしこも柔らかくて、神秘にみちみちている女の子の身体。体温。香り。丸み。熱。控えめに言って全てがヤバい。中でも特に、腕にぎゅっと押しつけられている慎ましくも尊いあれの感触がヤバすぎる。ブラウス越しであるにも関わらず筆舌に尽くしがたい威力で僕の心臓を締め上げてくる。小さいのに、思った以上に柔らかいなんて最高かよ……いかん、このままではマジで脳みそが溶ける。


「ふふ。こんなにくっついたのは、初めてですね」


 ……危ねえ。あまりの可愛さに、鼻血噴き出すかと思ったわ。


 聖女の様子がどこからどう見ても明らかにオカシイ。僕の知っている彼女は、僕のことを名前で呼んだりしないし、にこにこと微笑みかけてきたりしないし、僕に甘えるようにくっついてきたりなんて絶対的にしない。 


「お、おおおお、落ち着けッ! 君、さては、まだ寝ぼけていて夢の中なんじゃないか!? 僕は君のお母さんでもお父さんでもメイドでもないぞ! 君のパーティの剣士で、リーダーで、君が常日頃からどうでもいいと言っているあのルドヴィークだぞ……!!」

「む-。それぐらい、ちゃんと分かってますよ~」


 頬を膨らませながら睨まれた。しかも、むずがる子どものように、僕の腕にしがみついたまま一向に離れる気配がない。


 ナンダヨこの可愛すぎる生き物は。


「こんなことは、ルドヴィーク様にしかしません」

「ソ、ソッカア……」

 

 本格的にマズい。今にも、心臓が破裂しそうだ。


 そりゃあ、君から好意を向けられていることぐらいは、前々から重々分かっていたけれども……!


 だからといって、前触れもフラグもすっ飛ばして唐突に死ぬほどデレられても困るのだということを、今、身をもって思い知らされた。ほら、こっちはこっちで、心の準備とか心の準備とか心の準備とか色々備えるべきことがあるわけでして……! 


「ルドヴィークさま……」

 

 目元を薄く朱色に染めて、至近距離でじいっと見つめられたので、即刻、視線をそらした。あの濡れたような妙に色っぽい瞳に囚われたら最後、どうにか保っているなけなしの理性が木っ端微塵に吹き飛ばされる未来が見えてしまったからだ。


「どうして、目をそらすんですか?」

「ベ、別に深い意味は……っ! 意識してるとか、そういうのじゃないし!!」


 これほど説得力のない発言は、人生で初めて聞いたかもしれない。

 まぁ、僕の発言ナンデスケドネ。


 聖女(に似た、死ぬほど可愛い女の子)は、大きな翡翠の瞳をぱちくりとさせた後、それはそれは可憐に微笑んだ。


「ふふ。ホントに素直じゃないんですから」


 鈴の音を転がしたような笑い声が耳元を優しくくすぐり、背筋にぞわりと淡い電流のようなものが駆け抜ける。


 待て待て待て!! いつもならココで早々に喧嘩になる流れだろ!? ここで噛みついて、応戦してきてこそのマノン=ルーセンハートじゃないか! こんなに可愛いが過ぎるだなんてもはやチートだ……!!   


 もう、もう、これ以上は――

 

 聖女は禁断の果実を思わせる唇を僕の耳元に近づけて、これがとどめだと言わんばかりに吐息交じりに囁いた。


「……でも、そういうところも、大好きです」 


 ――気を保っていられるはずもなかった。


 やっぱり、これは夢なのだと思う。


 あの日、冒険者ギルドの小さな一室で君の可憐な佇まいに悔しくも見惚れてしまってから、早一年。君とは、出会ったあの日から今に至るまで、顔を合わせるたびに、しょうもないことでいがみ合い続けてきた。 


 その間に、どうやら僕は、君のことを本当によく知り尽くしてしまったようだ。


 万が一にもこれが現実だとするならば、。だって、本当の君は、何があってもこんなに簡単に僕のことを好きだなんて、認めないだろう?


 それと、もう一つ。

 薄れゆく意識の中で発見した、ものすごく意外なことがある。


 夢の中の君は、間違いなく史上最強に可愛くて美人で、僕の望む言葉をほしいままにもたらしてくれた。


 それなのに、何でだろうな。


 何故だか、現実の不器用な君に、無性に会いたくなったんだ。

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