その⑥あらゆる意味でドキドキが止まらない
剣士「何だよこの羞恥プレイは。あの女、起きた暁にはマジで許さんぞ」
太陽が頭の真上から照り付けてくるような、平日の真昼間。
僕は、王都にまで足を運び、メインストリート沿いの噴水広場へと急いでいた。
これが、可愛い女の子とのデートの待ち合わせ場所に向かう際中だったら、嬉しいを通り越して気が気ではないのだろうが、そんな夢のような話があるわけない。僕を待ち受けているのは、酒浸りの怖い兄ちゃんである。残念にも程がある現実だ。しかし、実際に女の子と二人きりになったらなったで楽しむどころではないということは先日よく思い知らされたので、今日は随分と気楽なものだ。なんなら寝癖だって若干残っているけれど、全く気にならないし。
それにしても、ギークの方から僕を呼び出すだなんて、珍しいこともあるものだ。しかも、日が燦々と照り輝いているような真昼間からだなんて、信じられない。あの低血圧野郎の体内時計的に、今はまだ休眠時間のはずだろ。
大体、わざわざ今日会わなくても、明後日には全員で遊びに出かけるのに。それすら待ちきれずに僕に会いたかっただなんて、ギークってやっぱりツンデレだよな。まぁ、アイツにデレられたところで、キモいだけだけど。
平日から多くの人々で賑わっているメインストリートを、駆け足気味に突き進んでいく。途中で「もしかして、ルドヴィーク様ですか?」と声をかけられたりもしたが適当にかわして進んでいくと、開けた丸いスペースに辿り着いた。
今日も、大きな噴水が日光を浴びてきらきらと派手に水しぶきをあげている。それを取り囲むように設置されたベンチには、多くの人々が各々の相手を待ち受けるようにぼんやりと、或いは、そわそわとしながら座っていた。
さて。あの隠れツンデレ野郎はどこだ? と、ぐるりと見渡した瞬間。
周囲の凡人とは一線を画す、
人目を惹き付ける、黄金を溶かして紡いだような金色の髪。健康的に色づいている白い肌が、彼女の身に着けている黒いブラウスによく映えていてどこか艶めかしい。黄色のロングスカートはそよ風にさらされて、ひらひらと踊っている。
日差しにあらわれながら無防備に眠っている彼女は、まるで、妖精の国か何かからお忍びでやってきて疲れてしまった王女のようだった。女性がその美貌に見惚れて憧れの眼差しを送っているのはともかく、下衆な男共がうっとりと見入っていることに関してはなんだか無性に気に喰わない。
そこそこの人混みにも関わらず、彼女の周りだけ不自然に空間が開けている。皆、彼女の安らかな眠りを邪魔してしまうことを恐れているかのようだ。
ウン。そろそろ、現実逃避をしている場合ではないな。
だって、あの無駄に注目を集めているアレ、どこからどう見ても、うちのパーティの聖女以外の何者でもないし。
エエトォ…………ああ、そうか。
これは、きっと幻覚に違いない。なんだ、そういうことか。考えてもみれば、あの箱入りお嬢様が、こんなところで大勢の衆目にさらされながら眠っているわけがないじゃないか。こんな笑えない見間違いをするだなんて、僕はどうやら相当疲れているみたいだ。ははは、まさかユキナの一件が、ここまで尾を引くとはなぁ……まぁ、それについても、何にも解決してないケド。
冷静な思考を取り戻すためにも、一旦、噴水広場をぐるりと一周することにした。決して、途端に心臓が早鐘を打ち始め、手汗が滲み始めたから逃げ出したのではない。
それにしても、おかしいな。
一向にギークの姿が見当たらないのだが、これはどうしたことだろうか。あいつは、一見、ズボラそうに見えて意外と几帳面な男だ。仕事はもちろんのこと、プライベートでの飲みの約束でもきっちりと時間を守ってくるのだが……。
もう一度、腕時計に視線を落とす。約束の十二時を既に回っていた。
ギークの性格を考えると、単に遅刻しているという線は限りなく薄い。
首を傾げながら走っているうちに、早々と一周し終えてしまった。
ドウシヨウ。アレ、やっぱり、幻覚じゃないよう……。
心なしか、さっきよりも、
ギークが見当たらないことも問題だけれど、それ以上に、あの女がこんな目立つ場所ですやすやと眠っているという状況に戸惑いを隠せない。
なんなんだよ、これは! さっぱり意味が分からないぞ!!
何で、こんな場所にあの女がいるんだ。まるで、僕がこうしてここに現れることを知っていたみたいだな。しかも、『ここは君の家じゃないぞ』と叱りたくなる程に無防備な様子で、気持ちよさそうに眠りこけてるし。ホントになんなの? つっこみどころが多すぎて、脳みそがパンクしそうなんだが……!
今、僕の取れる選択肢は、二つ。
その一は、見なかったことにして、早々に引き返す。そうすれば、面倒な厄介事に巻き込まれることもないし、僕の心臓の平穏は確実に守られる。
そうなのだけれども……、あの聖女ときたら、先程から多くの視線にさらされているにも関わらず一向に目を醒ます気配がない。このまま放っておいたら、その内、あのあたりの不埒そうな男がチャンスとばかりに声をかけにいきそうだ。それはそれで非常に腹立たしい。
むうう…………。
ああ、全くもう! 君は本当に、僕を困らせる天才だな! 引き返すにも引き返せないだなんて、腹を括って、もう一つの選択肢に進むしかないじゃないか!
遠巻きに眺められるばかりで未だ誰一人として近づけないでいる彼女の下へと踏み出した。皆、ハッと息を呑んで、先陣を切った僕のことを見つめてくる。何だよこの羞恥プレイは。あの女、起きた
こんなにも恥ずかしい思いをさせられたのだ。こうなったら、先程から彼女に見入り続けている馬鹿野郎どもに見せつけてやろうではないか。
あの女は、付け入る隙なんて微塵もない程に、僕を好いているのだということを。
深い眠りに落ちている彼女の隣に腰かけて、その華奢な肩に触れた。ブラウス越しに伝わるほのかな熱に心臓がびくつくのを抑え込みながら、声をかける。
「オイ」
「んー……?」
舌ったらず気味な、甘い声。
「……いや、です。ねむいの。もうちょっと、寝かせてください」
ヤバイ、なんだこの生き物は。うとうとしているせいかやたらと甘えん坊になっていて、殺人級に可愛い。起きてる時も、これぐらい素直だったら最高なのになぁ。
いかん。危うく流されて「気が済むまで寝てていいよ」って言いそうになったわ。気をしっかり保たねば……!
「ここをどこだと思っているんだよ。寝たいんなら、家に帰ってからにしとけ。君は、ただでさえ目立つんだから……」
肩をそっと揺さぶろうとした、次の瞬間。
彼女は眠り続ける呪いから解き放たれたお姫様のように、その瞳をぱちぱちと見開いた。
続けて、緩慢な動作で僕の顔を覗き込んでくる。
長い金の睫毛までハッキリと見える至近距離に気が付いた瞬間、顔が燃え上がりそうな程に熱くなって、息が浅くなった。鼻をくすぐる甘い香りに、脳みそがとろかされたようになってぼうっとしてしまう。
聖女はその大きな瞳の中に僕を閉じ込めようとするかのようにじいっと見つめてきたかと思えば、砂糖菓子のようにふわふわと微笑んだ。
「剣士、様だ。ううん、ルドヴィーク様」
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