【女騎士は見た!お嬢様には死んでも言えない衝撃事実*前編】

 鏡を見つめながら、ため息を吐いた。


 この格好の自分は、いつになっても見慣れない。


 黒地に白いエプロンドレス姿の、いつにも増して無表情気味な自分。ちなみに、この姿の時は、頭の高い位置で一つに括っている髪を下ろして黒いカチューシャを身につけている。


 普段身にまとっている堅い甲冑とは似ても似つかない、ひらひらとした服装だ。こういう可憐な出で立ちは、自分みたいな愛想の悪い女よりも、あの可憐なお嬢様の方が遥かに似合うと思うのだが。


 以前にも似たようなことを考えて、実際に勧めてみたことはある。


『マノンお嬢様。今度、愛しのルドヴィーク様から招集がかかった際には、是非この格好で赴かれてはいかがでしょうか? 風の噂によれば、世間の一部の男性はこういう格好をした女性に「ご主人様!」と慕われたい願望があるそうです』

『い、愛し……!?!? だ、だだだだだだだれがあんな男のことを……!!!』

『突っ込みどころは、そっちなのですね』

『聞き逃せるわけがないでしょう!? 剣士様のことなんて、その辺に落ちているゴミ屑と同じぐらいどうでもいいですわ……!!』

『なるほど、そうですか。最近、ルドヴィーク様はメイド好きという情報を得たので、それに基づいての助言だったのですが、お嬢様には一切関係のない話でしたね。つまらない話をもちかけてしまいまして、申し訳ございません』

『…………メイド好き、ですって?』

『ええ』

『ルチア。その情報は、確かな筋から得たものなのかしら……?』

『お嬢様、落ち着いてください。目が据わっていますよ』

『ルチア! 話を誤魔化さないでっ!!』

『分かりました。正直に白状しますと、メイド好き云々は完全に私のでっちあげた嘘です』

『えっ……』

『大体、お嬢様一筋のあのお方が、メイドにうつつを抜かすわけがないでしょう』

『っっ~~! ルチアのことなんてだいっっきらい!!!!』


 顔を真っ赤に染め上げて、ばたばたと自室に引き返していったあの日のマノンお嬢様も本当に可愛らしかった。うちのお嬢様ほど、からかい甲斐のある人は中々いない。あまり褒められたものではないけれど、私の中で、マノン様をからかうことは筋トレと並ぶぐらいに欠かせない趣味の一つになりつつあるかもしれない。


 マノンお嬢様は、同じパーティーに属しているルドヴィーク様に、一世一代の恋をしているのだ。当人は頑なに認めたがらないけれど、私には、彼女が懸命に恋をしている姿が少しだけ羨ましい。プライドが無駄に高くて面倒くさいところも多いけれど、ほとんど進展がないにも関わらずたった一人のことを一途に想い続けられる可愛い人だとも思っている。


 さて。


 何故、普段は女騎士を勤めている私が、メイドを連想させるような服を身につけているのかといえば他でもない。


 今日は、久しぶりに喫茶「Lucent」の出勤日なのだ。


 喫茶「Lucent」とは、マノン様の祖母にあたるノイン様が現役の聖女を引退した後、趣味と割り切って開いた店である。聞いた話によれば、ノイン様は聖女としてバリバリに活躍されていた頃から、しきりに『冒険者を引退したら、絶対に喫茶店を開くのよ……!』と豪語していたらしい。


 「Lucent」は、ノイン様の夢を叶えるためだけに開かれたお遊びのお店だ。もちろん、儲ける気などさらさらない。従業員はノイン様ご本人と私とそのほか屋敷の使用人何人かで兼業して回している。ちなみに、従業員の都合がつかない場合や、天候が芳しくない場合はすぐに休日になる。世をなめくさっているとしか思えない趣味経営ぶりが甚だしい。


 そうはいってもオープン当初はちらほら客が訪れていたらしいが、数十年経った今では、すっかり閑古鳥が鳴いていて見る影もない。場所も、王都の裏通りの目立たないにも程がある場所なので、やむをえないのかもしれないが。


 だからこそ、今日だって、どうせ客は来ないに違いないと割り切っていた。


 完全に気の抜けている状態でスタッフ専用の裏部屋にこもりながら木刀の素振りをしていたら、珍しく来客を知らせる鐘がチリンと鳴ったので驚いた。慌てて、表のカウンターに出て行く。


 しかし……そこで、開いた口がふさがらなくなるような、衝撃の光景を目の当たりにしてしまった。


 客が来たというだけでも驚きなのに、店に入ってきたロングコートの人物が、他でもないあのお方だったのだ。

 

 濡れ羽色の髪に、澄んだ黒い瞳が特徴的なその人は、焦って走ってきたのか呼吸が若干乱れていた。中性的な顔立ちなので一見したところ軟弱そうに見えるのに、その腰につり下がっている禍々しい黒剣が、彼が並大抵の剣使いではないことを明確に示している。


 実際には随分昔に一度しかお会いしたことがないけれども、毎日、お嬢様から話を聞かされているせいか、一目見ただけで確信してしまった。


 彼こそが、若き剣聖にして、マノンお嬢様が恋患いをし続けている相手で間違いない。


「…………ルド、ヴィーク様」


 思わず口から漏れ出てしまった呟きに、彼が気がついた様子はなかった。


 驚くべきことは、それだけにとどまらなかった。

 彼は、目を瞠るような美少女を引き連れていたのだ。


 長い銀の髪に、抜けるように白い肌。人の目を引きつける印象的な紅の瞳は、飽きることなくルドヴィーク様を見つめ続けている。臙脂色のブレザーにグレーのスカートからのぞく手足はすらっとしていて、マノンお嬢様に負けず劣らず綺麗な女の子だ。


 あのルドヴィーク様が、学生らしき絶世の美少女と、まさかの密会。

 汗が、じわりと背筋を這う。


 これは…………もしかしなくとも、大事件ではないだろうか。

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