【女騎士は見た!お嬢様には死んでも言えない衝撃事実*後編】
ごくりと、唾を飲み込む。
喫茶「Lucent」で働き始めてもう五年以上は経過しているが、今程、注文を受け付けて、品を運んでいくことに緊張感を覚えたことはなかった。初めてお客さんに紅茶を運んだあの日よりも、よっぽど顔が強張っていたと思う。ケーキをテーブルに置いた際に、一瞬だけルドヴィーク様の視線を感じて肝が縮みあがったけれど、人違いだと思ったようですぐに意識を逸らしてくれた。この装いに感謝する日がこようとは、人生何が起こるか分かったものではない。
スタッフ部屋に引っ込んだように見せかけて、しっかりとドアの隙間は開けておく。
美少女と二人きりで喫茶店に来ているだなんて既に怪しさ満点だが、まずは心を落ち着けて、情報収集から始めよう。
*
…………なるほど。
二人の会話から、大方の事情は察することができた。
一応のところ、現時点での彼の身の潔白は証明されたとはいえ、これはなんと厄介なことだろう。
まさか、あのルドヴィーク様が、そんなにも分かりやすいフラグを他の女の子に立てていただなんて誰が予想できただろうか。ギーク様から話を伺った限りでも、お嬢様に負けず劣らず恋愛下手なあの彼が……!
実は、魔物に襲われそうになっている女の子を過去に助けていただなんて、王道が過ぎる……!!
あの少女が、彼に惚れるのは無理もない。
というか、その状況下で惚れない方がおかしい。
なんということだろうか。これでは、しょうもない諍いを繰り返しているばかりで、出会ってから一年も経過しているのにこれといったエピソードの一つすらないお嬢様の立場がない。これが王道のラブロマンス物語だとするならば、彼が結ばれるべきは、うちのお嬢様ではなくあの少女ということになってしまう。
全く。ルドヴィーク様という人は、お嬢様と結ばれないことにかけてどこまで天才的であれば気が済むのだろう……!
しかも、あの少女のポテンシャルは、物語かと思うほどの運命的な出会いを彼と果たしているだけにとどまらなかった。
『守られてばかりの弱い女の子のままじゃ、ルドの隣に立つのはふさわしくないと思ったから』
『私は、ルドが独り身でいてくれたことが、嬉しいの』
そして、極め付けには…………。
『ルド。私をお嫁さんにしてくれませんか?』
これが、むせずににいられるだろうか? 彼でなくとも無理だろう。
一見したところ大人しそうに見えて、発する言葉が一々ド
マノン様の恋愛スキルが絶望的だとするならば、彼女はその対極。いや、お嬢様とは別方向に振り切れすぎていて、ある意味ではどっちもどっちといえるのかもしれないが……彼女の恋する相手は、他でもない奥手にも程があるルドヴィーク様だ。
もし、万が一にも彼があの少女に押し切られ、お嬢様を差し置いて彼女と結ばれるなどということになろうものなら――お嬢様が、光魔法でルーセンハート家の屋敷ごとふき飛ばしかねない! 冗談ではなく、割と本気で。
「…………ダメだ。お嬢様には、死んでも言えない!」
今頃、うちのお嬢様は頭にお花でも咲かせながら、今度のお出掛けにそなえて水着の新調を企てているのだろう。
昨夜、『ねえ、ルチア。これは、あくまでも私のお友達の悩みなのですが……』という至極無駄な前置きをした後に、『そのお友達は来週プールに行くそうなのですが……彼女はご自分の胸の大きさにあまり自信をお持ちでないらしいのです。それで、その……ルチアは、どんな水着を着たら、大きなお胸の女の子にも見劣りしないと思いますか?』等というパッパラパーな質問をしてきたから間違いない。
ちなみに、『スクール水着でも着ればいいんじゃないですか』と適当に返したら、『なっっ! ルチアに聞いた私が馬鹿でしたわ……!』と怒って自室に帰られてしまった。
お嬢様! ルドヴィーク様の貞操が危ぶまれている今、水着の種類なんぞで頭を悩ませている場合ではございません! 状況は打って変わったのです。このまま頑なにつまらない意地を張り続けていたら、あの美少女に押し切られてしまわないとも限らない……!
しかし、そうかといってマノン様にありのままの事実を告げてしまえば、屋敷が吹き飛ぶ未来を避けられない。
むう……ここは、私が暗躍する他なさそうだ。
この私が、これまで動かざること岩山のごとしだったお嬢様を、動かしてみせましょう。たとえ、どんな手を使ってでも。
【女騎士は見た!お嬢様には死んでも言えない衝撃事実 完】
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