その⑦うちの剣士と聖女の恋愛スキルは絶望的です

剣士「どれだけ僕を煽ったら気が済むんだよ!!」

 快晴。雲一つない、澄み切った青空である。

 世間ではこういう日を、絶好の遊園地日和というらしい。


 クソ。いっそのこと、雨でも降ってくれれば良かったものを……!


 無駄にきらきらしいカラフルな入園ゲートを、睨むように見上げる。


 気分は、最悪も最悪だ。どのぐらいしんどいかというと、今にも吐きそうなぐらいである。この地に足を踏み入れた瞬間から、視界に入ってくる全てのものが厭わしい。周囲の人々の浮かべている無邪気な笑顔ですら嫌みに思えてくる。


 ああ、もう! 

 こんな地獄のような場所には、もう二度と来ないと誓っていたのに……!


 昨日、特にすることもなくて自室のベッドでごろごろと寝転がっていたら、アリスから今日の詳細を伝える書簡が魔法で飛んできて、僕は死ぬほど愕然とした。


『ついに明日だね-♪ 午後の十三時に、遊園地のゲート前に集合でよろしく! 分かってると思うけど、もちろんリンデルン地方の遊園地だよ! あそこなら立派なプールもついてるし、ルドもマノちゃんも満足できること間違いなしだからっ』


 書簡を開いた瞬間、人生エンジョイしてます! と言わんばかりのエネルギーに満ちたアホそうな声が再生されたのは、この際、つっこまないでおく。


 問題は、集合場所がリンデルン地方にある遊園地だということの方だ。


 だって、それってもしかしなくても、あの因縁の地じゃないか!!


 途端、必死に蓋をしてできうる限り思い出さないようにしてきた、在りし日の恐怖と屈辱の記憶が一斉に僕を襲ってきて、猛烈な寒気がしてきた。


 後輩達の、蔑んでいるようにも、憐れんでいるようにも見えるあの瞳……! 

 あの困ったような顔を、やはり僕は一生忘れることができないと思う。


 やっぱり、嫌だ! 遊園地回避自体は免れられない運命だとしても、せめて、あの場所だけは避けたい! あの場所に僕でも楽しめそうなゆるい乗り物が一つもないことは、この目で確認済なんだよ!!


 我を見失って猛然と抗議しようとしたが、どんなに頭をひねって考えても、一向に良い文句が浮かんでこなかった。


 ここで正直に話そうものなら、やはり、僕のおぞましい心の傷に触れざるをえなくなる。しかも、それほどまでのリスクを冒してどうにかあの憎き遊園地を避けられたところで、他の遊園地も内容はさほど変わらない可能性が高い。というか、同じ名前で一括りにされているぐらいだし、高確率でそうなのだろう。


 ああ。これ程までに詰んでいる状況があるだろうか。  


 結局のところ、抗議の一つもできないまま、理不尽な運命を受け入れざるをえなかった。


 そして、今日、再びこの因縁の地に立っている。


「はぁ……まさか、また、ここに来ることになるなんて」


 先程、ゲート左隣に位置するチケットブースでしぶしぶながら購入してきた入園券を見つめて、ため息を吐く。あの場所に入るための物を、何故金を払って購入せねばならないのだろう。苦々しく思うあまり、「楽しんできてくださいね」と笑顔で手渡してくれた店員を、ギロリと睨んでしまった。完全に八つ当たりだけど。

 

 一見したところ、メルヘンな雰囲気の入園ゲートに騙されてはいけない。

 この向こう側には、壮絶暗黒体験生産マシンの数々が聳えているのだから。


「ああー、ほんとに嫌だな……死ぬほど帰りてえ」


 この秘密だけは、何が何でも守り通して墓場まで持っていくつもりだったのに。


 くっ……もはや、これまでなのだろうか?


 思考が、深淵なる闇に堕ちていきそうになった、その瞬間。


「ルド!」


 よく通る凜とした声が、僕を闇の世界から引っ張り上げるように軽やかに響き渡った。


 声のした方に視線を向ければ、ユキナは多くの人々の視線を自然に引き寄せながら、僕の下にまで走り寄ってきた。


 リボンのついたカットソーに、薄紫色のパーカーをふんわりと羽織っている。ホットパンツから伸びる足はすらりと細長くて、驚くほどに白い。少し、目に眩しいぐらいだ。洒落たスニーカーが、適度にラフで可憐な格好に良く似合っている。


 うん。ユキナってやっぱり、めちゃめちゃ美人だよな。

 今でも十分すぎるぐらいだけど、これは将来かなり有望だわ。


 今日は、目立つ銀の髪を、二つに結わいているらしい。


 そういえば、私服姿のユキナに会うのは初めてかもしれない。五年前、初めて出会ったあの日を除けば、ということになるけれど。


「なんか、新鮮。いつもより、幼く見える」

「えっと……あんまり、似合ってない?」

「ううん、可愛いよ。制服着てると歳の割に大人びてるように見えるけど、そうしてると年相応に見える」

「……無意識、だよね?」

「ん?」

「なんでもない」


 透き通っているような白い頬に、うっすらと朱色が差す。

 ユキナは宝石のような赤い瞳でじっと僕を見つめてきた後、首を傾げた。


「ねえ、ルド。何かあった?」

「なんで?」

「顔色が悪いような気がするから」

「あー……やっぱり、顔にも出てる?」


 こくりと頷かれた。

 鋭い。こいつ、一見ぼーっとしてそうなのに、ちゃんとよく見てるのな。


「うーん……ちょっと、気がかりなことがあってな。あ、いや、仕事のことなんだけどさ」

「仕事? 嘘でしょ?」

「エッ……ヤダナー、こんなところで君に嘘を吐いてもシカタナイダロ?」

「ルドが仕事のことで悩むわけがないもの。私が、どれだけ冒険者通信を熱心に読みこんでいると思ってるの? ルドのパーティ、依頼クエストの達成率が尋常じゃなさ過ぎて、ひそかに依頼クエスト荒らしって呼ばれてるらしいよ」

「記事になってる時点で全く潜んでないし、それってただの悪口じゃねえか! つーか、あれって読者いたんだ……」

「だから、仕事のことではないよね。だとしたら、うーん、そうだなぁ」

「な、なんだよ」

「分かった。もしかして、絶叫マシンが苦手なんじゃないの?」


 …………。


「なんで、分かったの!?!?!?」


 あっ…………!


 ユキナは瞳を丸くして、「ちょっとカマをかけてみただけだったのに。ほんとにそうなんだ」とくすくす笑った。


 クソ。こんなところに、美少女の皮をかぶった悪魔がいるぞ……!

 

「ふうん。そっか、そうなんだぁ」

「……うるさい」

「あんなに強いのに、絶叫マシンが怖いなんてびっくり」

「うるさい!」

「ふふ。かわいいね」

「うるさいってば!!」

「ちなみに、私はこう見えてあれ得意だよ?」

「うるさいって言ってるだろ!? どれだけ僕を煽ったら気が済むんだよ!!」


 もう……! 

 こうなるのが嫌だったから、絶対に誰にも知られたくなかったんだよ!!


 吹き荒れる羞恥心に殺されそうになっていたら、ユキナは笑みをひそめて首を傾げた。


「ねえ。今から、練習しにいかない?」

「えっ」

「ルドがこの辺りでご飯を食べようって連絡をくれたのは、この後、みんなで遊びに行くのがそこの遊園地だからなんじゃないの?」

「それは、そうだけど……」


 リンデルン地方で一番有名な観光所といえば、この遊園地になるのだろう。しかし、遊園地以外に何もないわけではない。たしか、遊園地から少し足を延ばした場所に、大きなショッピングモールもあると聞いている。


 軽くご飯を食べるのなら、とりあえずそこに行けば良いかと思っていたのだけれども。


「まさか、みんなで遊園地に行くのに、自分だけ何にも乗らないつもりなの?」

「うっ……」

「それは、ゆるされないでしょ。この遊園地は、たしか再入園もできたはずだし、迷うことはないよ」

「いや、そんな簡単に言われても……。まだ、心の準備の方が…………」


 もう一度、ゲート奥に見えている、邪竜よりも遥かに恐ろしいマシンの数々を見上げる。やばい。見てるだけで、足まで震えてきた。


 でも、たしかにあれ以来、一度も乗ってないんだよなぁ……。


「何事も、経験が大事。私がついてるから、大丈夫」


 年下の女の子なのに、すげえイケメンに見えてきたわ。

 これ、どっちかっていうと、立場逆じゃね?


「…………そこまで言うなら、分かったよ」


 たしかに、あの女と乗る前に、一度ぐらいは試しておきたいとは思っていたし。

 

 そういえば、いっそのこと死に物狂いで努力してこの弱点を克服してしまおうかと考えたこともあった。まぁ、その案は浮かんですぐに没になったけど。


 一人で練習するのは、心細さと恐怖が勝ってしまって叶わなかった。

 かといって、こんな情けないことを相談できる相手もいなかった。


 そう考えれば、これは願ってもない申し出なのかもしれない。

 

「ふふ。私が、絶叫マシンの極意を教えてあげる」


 ユキナが年相応のあどけない笑みを浮かべて、僕の手をさらりと引く。

 少しだけひんやりとしている、綺麗な手だ。って、おい……!


「ユキナ。あんまり、くっつくんじゃない」


 無邪気を装ってさりげなく手を繋いできた彼女を制そうとした、次の瞬間。


「…………本当、でしたのね」


 それは、今にも風にまぎれて消えてしまいそうな、か細い声だった。

 そこそこの人混みの中だったから、ユキナが気づかなかったのも無理はない。


 けれども。

 他でもないあの女の声を、僕が聞き逃せるはずがなかった。


 咄嗟に振り返ったら、彼女は入園ゲートから少し離れたところに立っていた。

 幽霊も真っ青な程に蒼褪めた顔で、僕とユキナを見つめていた。

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