【閑話その①あの女との忘れもしない出会いの話】

 冒険者育成学校は、王都レグシオンの北部に位置する。


 冒険者を志す者は、ほぼ例外なくこの学校を卒業している。対魔物用の専門的な技術を身に着けるのは、実質、独学ではほとんど不可能といえるからだ。故に、ギークも、アリスも、あの女も皆同校出身である。


 聞いた話によれば、僕ほどまでとはいかずとも、アイツらも学生時代から相当な有名人だったようだ。そうはいっても、莫大な人数を生徒に抱えている巨大校だったし、当時学生だった僕はアイツらの存在すら知らなかったのだけれども。単に、自分の剣技を磨くことに余念がなさすぎたあまり、他人にはあまり興味を持てなかったせいもあるかもしれない。


 でも、まさか。


 そういう噂話の類に僕が無頓着であったことすらも諍いの種になってしまうだなんて、いったい誰が予測できただろう?


 あれは、忘れもしない一年と少し前の話だ。

 僕とあの女との出会いは、最悪も最悪だった。

 

 今のパーティメンバーと出会う前の僕は、ずっとソロで活動を続けていた。理由は、単純明快。依頼クエストの受注は最低限に留めて、剣聖に到達する為の鍛錬を何よりも最優先にしたかったからだ。


 かくして、僕は二十一歳という若さで無事に剣聖にまで昇りつめた。それから、次なる僕の目標は、最高難易度ダンジョンの完全制覇に取って代わった。


 そうはいっても、流石にソロのままでこの目標を達成するのは無謀というものである。数日考えた結果、僕は、ギルドのパーティ募集掲示板に『最高難易度ダンジョンの完全制覇を本気で目指す人たち求む』と書いたチラシを張り出した。


 そうして集まってきたのが、今のパーティーメンバーというわけである。


 冒険者ギルドに設置されている部屋の一室を貸し切って、初顔合わせを行った。


 最初、部屋に目つきがやけに鋭い兄ちゃんが入ってきた時には若干まごついたが、続けて、ほわほわとした雰囲気の可愛い子が入ってきたのを見て、緊張が和らいだことを覚えている。言うまでもないことだが、前者がギークで、後者がアリスだ。


 初対面同士で互いを探りあうような微妙な緊張感が漂っていた中、あの女は、最後に入室してきた。


 その日の彼女は、白いブラウスに水色のフレアスカートを身に着けていて、いかにも深窓の令嬢然としていた。


 なんで、そんな細かいことまで覚えているのかってそれは……見た目だけで言えば、あの女は悔しいぐらいに、僕の思い描く理想の女の子そのものであったからである。


 愚かにも、奴の見かけ上の可愛らしさに騙され、当時の僕は更に緊張してしまった。


 今にして思えばアホらしいことこの上ないが、当時の僕は声の震えを悟られてしまわないように腹のあたりに胆力をこめながら、『ええっと……その……君の、名前はなんだっけ?』とあの女に問いかけた。


 そうしたら、アイツはなんて言ったと思う? 


『!? えっ。ル、ルドヴィーク様は、あの学校出身にして同級生でありながら、私の名前をご存知でないのですか……!?』


 と、愕然とした表情で、信じられないものでも見るかのような視線を向けてきやがったのだ。


 どうやら、あの女は自分の美聖女(笑)ぶりに相当の自信をお持ちだったらしい。どのぐらいかというと、何の根拠もなく、同校出身の同級生は全員自分の名前と顔を把握していて当然だと思い込んでいるヤバさだった。まぁ、たしかに美人だし可愛いけど……いや、違うな? 僕が、言いたかったのはそういうことではなくてだな……!


 冷静に思い返してみれば、第一声の時点であの女のポンコツ具合に気づけていれば良かったんだが、当時の浅はかだった僕は目の前でドストライクの女の子が動揺している姿に本気で狼狽してしまった。


『えっ!? ゴ、ゴメン……どこかで、会ったことがあったっけ?』と弱りながら首を傾げて、機嫌を伺う始末だった。


 だが、僕のそんな渾身の気遣いも、あの女のお気には召さなかったらしい。

 アイツは見る見るうちに瞳の端を吊り上げて、可愛げの欠片もなく言ったのだ。


『っっ~~! わ、私だって、ルド…………いや、のことなんて、これっぽっちも知りませんでしたわ!! フンッ』


 僕のかぶってきた猫が、完全に引きはがされた瞬間だった。


『っっ!! こっちが下手に出ていれば、良い気になりやがって……! めちゃめちゃ可愛いからって、調子に乗ってんじゃねーよ!!』

『なっっ!? か、カワ……ッ!』 


 盛大に口を滑らせた気がしないでもなかったが、どうにか勢いで強行突破することに決めた。


『この際だからハッキリ言わせてもらうが、僕は君のことなんて微塵も知らなかったぞ!』

『…………まさか、学生時代にあんなに格好良く見えてた人が、話してみたらこんなに残念な人だったなんて!』

『なんか言ったか!?』

『別に? そのお若さで剣聖様になられたと伺っていたので、一体どんな素敵なお方なのだろうと期待していたのですが、とんだ肩透かしを食らいましたわ!』

『ほんっっとに嫌味な奴だな……! その外見からは想像もつかなかった!』

『そっちこそ……! 噂の剣聖様が顔だけの男で残念極まりないですわ!』


 どんどんヒートアップしながらあの女とバチバチと睨み合い、今に比べればまだ遠慮気味だったアリスがおろおろし始める中。


 ギークがドンとテーブルを手をついて、突如、場に静寂をもたらした。


『速やかに黙りやがれ。罵り合ってると見せかけて、その実、いちゃつきたいだけだとみなされたくなければな』

『『はああ!? 誰がこんな女(男)と!』』


 これが、僕とあの女との忘れもしない出会いの話である。


【閑話その①あの女との忘れもしない出会いの話 完】

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