剣士「ああ、もう、どうにでもなってしまえ……!」
そもそもにして、このお嬢様は本当に遊園地に行ったことがあるのだろうか。
彼女は、僕以上に世間知らずなところがある。あのルーセンハート家の長女として、蝶よ花よと大切に育てられてきたのだから無理もない。言うなれば、超弩級の箱入り娘というやつだ。
「安易に遊園地というが、君はあの場所に行ったことがあるのか?」
聖女が肩を跳ね上げて、翡翠の瞳に緊張の色を走らせる。あまりの狼狽ぶりに、見ているこっちの方まで胸がドキリと高鳴ってしまった。いつも思うことなんだが、君は分かりやすすぎるのではなかろうか?
「も、もちろんですわ! 当然でしょう!?」
こんなにも見え透いた嘘を吐くのは、多分、この世界で君ぐらいのものだよ。強がって唇を引き結ぶ前に、声の震えをどうにかする方が先決だと思うんだよなぁ。
「い、今、噛んでしまったのは、そのっ……わざとではなくて、たまたまです……! あああ、もう! 本当ですのに~~!」
こちらが手を下すまでもなく、勝手に自爆し始めた。
ウン。これは、容易に勝ったな。
まぁ、そうはいっても、絶対に手加減はしてやらないけど。いくら相手が女の子で、魔物でいえばスライム並の雑魚臭を放っているとはいえ、これが僕にとって決して譲れない戦いであることに変わりはない。スライムにだって、全力で究極奥義をぶっ放していくのが僕スタイルだ。
「ほお。じゃあ、具体的にどういう場所なのか言ってみろ」
「そ、それは……ええと…………」
途端に、目が泳ぎまくりはじめた。
それから、腕を組み、考え込むようにじいっと黙り込む。
そうかと思ったら、突然、ハッ! となにか閃いたような顔をして、大きな瞳を無邪気に輝かせ始めた。
「思い出しましたわ……! ふふん、昔に一度だけ、お爺さまに連れられて行ったことがありますのよ。ほら、あれでしょう? よく手なずけられた魔物が活躍するショーが行われる場所!」
…………微笑まざるを、えなかった。
どやあ、と効果音までついてきそうな顔をして、かわいい胸を張っているところ悪いが、堂々の不正解だよ馬鹿野郎!
これは、盛大なボケをかますことによって場を和ませ、相手の戦意を根こそぎ奪うという新たな戦法の一種か? いや、君のことだし、大真面目なんだろうな……。
ダメだ……控えめに言って、可愛すぎる。可愛さの前に、人は絶対的に無力だ。
「なぁ、マノちゃん」
「ふ、ふえっ!? な、ななななな! い、いいい今なんて……っ!?」
「君、やっぱり遊園地に行ったことないだろ?」
「うっ!」
「君が言っているのは、サーカスだ。遊園地とは、全くの別物だよ」
「ううう……」
「何で行ったこともない場所にこだわってるんだよ」
「それ、は……遊ぶ園と書いて遊園地と呼ぶぐらいですし、きっと、楽しい場所に違いないと思ってのことで……」
「お、おう。そうか」
おや、どこかで聞いたことのある話だな。うーん、深く考えるのはやめとこう。
どんどんしどろもどろになっていく聖女の顔が、気がつけば林檎みたいに真っ赤に染まっていてぎょっとした。もしかして、熱でもあるのか? と心配になってきたその時、彼女は意を決したようにもじもじと言った。
「そ、そんなことよりも、剣士様。さっき、わたくしの名前を……っ」
「え?」
「で、ですからっ……マノちゃん、って……」
「は……?」
「えええええっ!? まさか、覚えていないんですの!?」
「だから、なにを?」
「っ~~! これだから、剣士様のことなんてだいっきらいなんですのよ!!」
「はああ!?」
さっきまであんなにしおらしかったのに、なんで急に怒り始めるんだよ! ほんっと、わけわかんねえ!
「なぁ、アリス。こいつら放って、そろそろ帰らねーか?」
「うーーん。実は、あたしもちょっと迷ってたけど……」
「「帰ったらダメ!!」」
「チッ……聞き逃してくれればいいものを」
ギークはともかく、アリスまで帰ろうとしていただなんて! 試合が長引きすぎているということか、そろそろ本気で勝ちにいかねばならんようだ。
「あの場所に行ったことのない君に忠告しておくが、遊園地は、年がら年中むせかえるほどに人の溢れている場所だぞ? アリスやギークならともかく、君のような浮き世離れた箱入り娘が耐えられる場所とは思えん」
「それをいうなら、プールだってさして条件は変わらないですわ! なんだか、やけに遊園地だけをけなしているように思えますが、剣士様は遊園地に恨みでもあるのですか?」
うっ、話の雲行きが急に怪しくなった!
数年前の、口にするのも憚られるお母さん事件のことがバレようものなら、聖女だけでなくアリスやギークまで遊園地賛成派に加担する恐れがある。こいつらはそうと分かったら確実に面白がって、引きずってでも僕を遊園地へ連れていこうとするやつらだ。
一刻も早く話題を変えねば! と焦っていたら、聖女がわなわなと唇を震わせながら、ぽつりと言った。
「プールに行きたい、と仰っていましたわね。どうせ、不埒なことでも考えていらっしゃるのではないですか」
「はあ?」
「プールと言えば、水着。フン、軽率な男の考えそうなことですわ」
ほお……。
目の前に座っている女二人の胸部に素早く視線を滑らせる。
アリスの戦力は、一般的に見ておよそメテオ級。どんな男をも瞬時に悩殺できそうだ。それに比べて、君の戦力はというと……ウン、すごくかわいい。いやあ、かわいいものだなぁ。おっと、いけない……自然と口元がゆるんでしまった。
なるほど。
遊園地回避に気を取られすぎてあまり深く考えていなかったが、これは、またひとつプールに行かねばなるまい理由が増えたな。
「言われてみればそうだな。アリスの水着姿、すごそうだし」
「ほええ!? あたし!?」
アリスが顔を赤らめ豊満なお胸を守るように両腕でガードし、ギークが天井を向いて片腕で目を覆う中。
聖女がぎゅっと唇を噛んで、今にも泣き出しそうな顔になっているのを見た途端、全てが吹き飛んだ。
頭が、真っ白になりかける。
えっ!?!?
違う、違うんだ。さっきのは、アリスのおっぱいを見て純粋に感想を述べてしまっただけのことで、なにも、君を貶めるとかそういうつもりで言ったのでは……あああ! そんなうるうるした瞳で僕を見ないでくれ……! 頼むからっ!
ちらりとギークに視線をやる。
お前のせいだぞ早くどうにかしろ、という念を感じた。
……その通り過ぎて、なんも言い返せねぇ。
「…………あー、えと。その、だな」
アリスの胸は、たしかに偉大だ。ロマンと夢がつまりまくっているし、男だったら無条件に降伏してしまうのは、仕方のないこととして。
僕個人の趣向と一致するかといえば、必ずしもそういうわけではなかったりする。
マジな話をするなら、一般論だからこそ、なんにも考えずにさらっと言っちゃっただけなんだよなぁ。
「おい」
意地を張って、頑なに俯きやがった。一向に僕の顔を見ようともしないが、肩が震えているところを見ると、動揺はしているらしい。
「…………」
「君が勘違いしていたら嫌だから、この際、はっきりと言わせてもらうけど」
「…………」
アー。
ホントウの本当に、ここまで言わなきゃダメなのか? 別に、この女が、僕は巨乳派なのだと思いこんで、いじけ続けている分にはどうでもいいような気もするけれど。
こんなにもしょんぼりと肩を落として、今にも泣き出しそうにうつむいている彼女のことを、なんとなく、ほうっておき続けることもできなくて。
……クソ。
うちの聖女様は、ホントウに手がかかって、面倒なことこの上ない。
「…………僕、個人としては……その」
片手をテーブルにつき、もう片手で聖女の腕をさらうように掴んで引き寄せる。ブラウス越しに伝わる仄かな体温に暴れ始める鼓動をどうにか抑えつけながら、突然のことに目を丸くしている彼女の耳もとに、唇を寄せる。
耳にかけられた金色の髪から甘い香りがふわりと鼻をくすぐった瞬間、心臓が燃えたぎるように熱くなった。
ここまできたら、引き返しようもない。
ああ、もう、どうにでもなってしまえ……!
世界の目を盗むように、彼女にだけ聞こえる程度の小さな声で、そっと囁きかける。
「………………ささやかな方が、好み、だから」
…………。
僕は、女の子相手に、いったい何を抜かしているのだろう?
その直後、自分のしてしまった発言が死ぬほど恨めしくなって、僕は死んだ。
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