剣士「できることなら、あの日の僕を惨殺してしまいたい」

 僕がなんとしてでも遊園地を避けねばならない理由――それについて語るには、数年前の輝かしき学生時代にまで遡らねばなるまい。


 若き剣聖としてこの名を世に知らしめている今はもちろんのことだが、僕は、冒険者育成学校時代から相当の有名人だった。入学して間もなくめきめきと実力を伸ばし、半年が経つ頃には、上級生も含めて剣技で僕に敵う者は一人もいなくなった。それから更に半年が経った時には、剣技科の教師と互角に渡り合えるようにまで成長し、最上級生になる頃には学校が誇る最強の剣技科の生徒として崇め立てられるようにまでなっていた。


 そんな僕には、本気で弟子入りしたいと志願し、慕ってくれる可愛い後輩たちが沢山いた。きらきらと輝く瞳で尊敬と憧れの眼差しを向けられれば、誰だって悪い気はしない。僕は、彼らのことを猫可愛がりすることに決めた。伸び悩んでいる後輩の話を聞いてアドバイスをすることが主だった活動だったが、時には、実技の指導を行うこともあった。


 あの日の放課後も、集まってきた何人かの後輩たちに対して、ちょうど実技の指導をしていたところだった。休憩に入ったところで、後輩の女の子の一人が突拍子もなく言い出したのだ。


『ルドヴィーク先輩! 今度、みんなで遊園地に行きませんか?』

『遊園地?』

『そう、遊園地です! 先輩はもうじき卒業してしまいますから、その前に、みんなで楽しい思い出作りがしたいんです!』


 恥ずかしながら、後輩からそうせがまれた時点で僕には遊園地なる場所に行った経験がなかった。幼い頃から、暇さえあれば剣を振り、どうやったらより強くなれるかということばかり考えていたせいで、同世代の子たちの抱く関心事にはめっぽう疎かったのである。


 しかし、遊ぶ園と書いて遊園地と呼ぶぐらいだし、きっと楽しい場所なのだろうとあまり深くは考えなかった。それに加えて、後輩の可愛い女の子に笑顔でせがまれれば悪い気はしない。いや、むしろ嬉しい。速攻で、『うん、良いよ』と返答した記憶がある。


 今にして思えば、あの瞬間の僕は本当に浅はかだったとしか言いようがない。

 それが後の悲劇につながるとは、考えもしていなかったのだから。


 かくして、早速、次の休日に僕と後輩三名の四人で遊園地に赴くこととなった。


 当日は早起きをして、胸を弾ませながら支度をした。王都からそう遠くないリンデルン地方に馬車を走らせながら、まだ見たこともない遊園地という未知の場所に期待を膨らませていたのだが――目的地に辿り着いた瞬間、全力で顔が引き攣った。


 入園ゲートの向こう側に聳え立つ、見上げても見上げきれない程に高いアトラクションの数々。その狂気じみた構造物を、風の精シルフも驚きの目にもとまらぬ速さで爆走するマシンたち。それに喜々として乗り込みにいき、上空から振り落とされて『きゃー!』と嬉しそうに悲鳴をあげる人々。


 悪夢でも見ているのかと思って、頬をつねってしまった。普通に痛かった。


 いや、冷静に考えろ、ルドヴィーク。まさか、こんなおぞましい場所が、遊園地であるはずがないじゃないか。さては御者の奴、行き先を間違えたんじゃないか? ははっ、全く、お茶目さんなんだからなぁ。と、どうにか平静心を保とうとした瞬間、後ろから軽快に肩を叩かれた。


『おっす、ルド先輩! いやあ、眺めているだけでわくわくしちゃいますね~~!』

『うっひゃあ、楽しみですね~~! 先輩、今日は思いっきり楽しみましょうねっ!!』

『え、ええと……念のための確認なんだが、ここが、遊園地で間違いないのか?』

『もお、冗談キツいですよ先輩~! あったりまえじゃないですか!』


 唯一の儚い希望を、完全に打ち砕かれた瞬間だった。


『ルド先輩、顔色が悪いっすよ……? 大丈夫っすか?』

『えっ……先輩、まさかとは思いますけど、絶叫マシンが怖いんですか?』


 よりにもよって後輩の女子からこんな風に煽られて、素直に『はい、そうです』と正直に告白できる輩が存在するだろうか? 答えは、否だ!

  

『僕が、怖がっているだって? ふっ、君は面白いことを言うな。僕を誰だと思っているんだ? 未来の剣聖様、ルドヴィーク=カレイドだぞ。この僕に怖いものなんてあるわけがないだろう!』

『ですよね~~! 先生だって、先輩の化け物じみた腕には全く頭が上がらないんですからねっ、この世に先輩が怖がるものなんて存在するはずがありません!!』


 なんの疑いも持たずに純粋に信じこまれてしまって、胸がずきりと痛くなった。善意は時に、悪意以上に人を傷つける。


 こうなってしまっては、仕方ない。


 どんなに怖そうに見えても、どうせ見掛け倒しだろうと腹を括ることにした。


 考えてみれば、魔物との戦闘だって実際に経験してみるまではかなりの不安を抱いていたが、一度、こなしてしまえば何のことはなかった。想像していたよりも、全然大したことがなかったのだ。魔物との戦闘と比べてしまえば、目の前の『絶叫マシン』は人が楽しむためだけに作られた代物で、ただの娯楽。この僕が恐れるほどのものではないに決まっている。そう自分に言い聞かせながら意を決して入園ゲートをくぐりぬけ、最初のアトラクションに乗り込んだのだが――


『うわあああああああ!!! 無理無理無理無理! こんな高いところから落ちたらぜったい死んじゃう! やだ、怖い、助けてお母さんああああああん!!!』

『先輩!? いま、お母さんって言いましたよね!?!?』  


 ――できることなら、あの日の僕を惨殺してしまいたい。


 命からがら絶叫マシンを降りた後は、僕を尊敬してやまない可愛い後輩たち全員から気遣わしげに視線を注がれ、なんて声をかけていいものか分からないような困った顔をされた。


 あの時、僕の感じた果てのない絶望を想像できるだろうか? いっそのこと、いじり倒してくれた方が、まだ救いがあったかもしれない。後輩たちの微妙な優しさが、ただでさえ深く傷ついていた僕の胸を鋭く抉り抜いた。


『…………僕は、もう帰る。後は、若い君達だけで楽しむと良い』

『えっ……あっ、先輩~~!』


 ちなみに、その翌日は勝手に先に帰ってしまった手前、一緒に赴いた後輩たちと顔を合わせた時はこの世の終わりかと思うほどいたたまれなかった。いっそのこと、僕を殺して早く楽にしてほしかった。


 あの日、僕は、もう二度と遊園地なんぞというクソみたいな場所には行かないとこの胸に堅く誓ったのだ。


 考えてもみろ。

 もし、このことを、目の前のこの女に知られようものなら――


『まぁ! 絶叫マシンが怖いだなんて、可愛らしいですわね。ふふふ、怖くないように私がを握っていてあげますわ』


 ――待っているのは、致死量の絶望! あああああ考えただけでも発狂してしまいそうだ……! 


 つまるところ、遊園地は、僕の唯一にして最大の弱点と呼べるおぞましい場所なのである。聖女にこの弱みを握られたが最後、僕に待っているのはいっそのこと死んだ方がマシじゃないかと思えるような壮絶な煽り地獄。魂を脅かされる過酷な日々が待ち受けている。


 静かに唾を呑み込んで、僕は目の前の打ち克つべき相手聖女をじっと見つめた。


「け、剣士様……?」


 頬をうっすらと朱く染めながら、動揺したように視線をはずすこの女がどんなに可愛かろうと、絶対に屈するわけにはいかない。


 たとえどんな手を使ってでも、僕は君に負けるわけにはいかないんだ。

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