その③遊びに行くのも大変なんです

剣士「分かったぞ、これは戦だ」

 目的のレッドドラゴン討伐を無事に終え、僕らは王都に引き返した。結局、あのチャームの正体が分からずじまいであったことを除けば、腕が鳴る最高の仕事だったといえよう。敵が強大であればあるほど、闘争心が燃え上がる。

 

 私服に着替え終わったアリスと聖女も合流し、行きつけのお店で気分よく飲み始めたのも束の間。


 アリスの何気ない一言が、比較的和やかだった空気を一変させ、突如、場に緊張をもたらした。


「ねえねえ! 今度、みんなでどこかに出かけない!? お仕事とか関係なしに、完全にプライベートで遊ぼうよ!!」 


 無意識の内にグラスに伸びようとしていた手がぴたりと止まった。


 仕事ではなく、遊ぶために集まる……!


 たしかに、遊ぶために集まるのだとすれば、良質な依頼クエストを探す必要はない。謂わば『遊ぼう』という台詞は、依頼クエストのあるなしに関わらず問答無用でパーティメンバーを招集できる秘奥義のようなものだ。僕とて、その画期的な発想に気づいていないわけではなかった。


 だがしかし、この秘奥義には、唯一とんでもない欠点がある。


 何故ならば、突然、僕が何の前触れもなしに『みんなで遊ぼう!』等と言い出そうものなら、あの女は口角を吊り上げて笑うだろう。


『へえ。剣士様はお仕事のある日だけに飽き足らず、休日にまで私とお会いしたいのですか?』


 ……ダメだ!! そんな恥辱にだけは死んでも耐えられん。

 ただ、その場合は、このように応戦する手立てもないわけではない。


『ハッ。自惚れが過ぎるぞ。僕は、君以外の二人と仕事外でも会ってみたいだけだ。ただ、そうかといって君だけを仲間外れにするのは、リーダーとして大人げないのではなかろうかと悩んだ末の心遣いだぞ。そんなことも分からなかっただなんて、君は随分と幸せな性格をしているんだな。羨ましいよ』


 そう切り返してしまえば、僕の矜持は保たれる。だけれども――


『あら、お気遣いいただきありがとうございます。でも、別に、三人で遊んできていただいても一向にかまいませんのよ? 私は一切気に致しませんので、どうぞお気遣いなく』


 ――いやいやいや、三人で集まってどうすんだよ馬鹿野郎……! 君には、僕がこの三人で本気で遊びたがっているように見えるのか!? だとしたら、君の目は相当な節穴だぞ! だって、アリスにわけのわからんところに連れまわされて、ギークと二人でげっそりする未来しか見えないし……! と、数秒前までの自分の発言は一瞬にして無に帰し、そんなことを考えて死にたくなっている自分の姿が容易に想像できる。


『ふふ。何故、お顔を真っ青にされているのかしら? おかしいですわね、剣士様は、私がいない方が楽しめると仰っていたはずなのに』


 と追い打ちをかけられ絶望した挙句、『……僕が悪かった。僕は、君と休日にも会いたいと思っている』と吐かせられかねない。最悪も最悪だ! あの女の勝ち誇ったような笑顔まで脳裏に浮かんできた、殴り飛ばしてえ。


 しかし、なんということだろうか。


 『遊ぼう』が、僕以外の誰かの発言であれば、この唯一の欠点を完全に回避することが可能となるではないか……!


 アリス、今まで散々馬鹿にしていてすまんな。君こそ、天才に相違ない。


「おーい、ルドおお! 戻ってきてええ~~! あたしの声、聞こえてる?」

「アリス。君って、天才だったんだな」

「何の話!? それにしても、生きてて良かったよおぉ。あたしが遊ぼうって言ったら、突然、石化魔法をかけられたみたいに固まり始めちゃったからどうしたのかと思ったよ~~」


 目の前の席に腰かけているアリスは大きな瞳をうるうるとさせながら、心から安堵したように、ほっと息を吐いた。僕は、そんなに長いこと思考していたのだろうか。


「……アリスって、実は、天才だったんですのね。ただ単に、遊ぼうだなんて神がかり的な発想、今まで思いつきもしませんでしたわ」


 アリスの隣に座る聖女は愕然としたような表情をして、何やらもごもごと呟いている。


「…………お前らの戦歴と実力だけを見て、組んじまった過去の俺が憎い。早いとこ、次のパーティを見つけるかな」


 隣のギークは、静かにパーティ脱退を目論んでいた。って、ちょっと待て……!


「えええええ!? どうして、遊びにいこうって話からパーティ脱退の話につながるの!? この四人じゃなきゃダメなのっ! 今すぐ考え直して!!」

「アリスに大賛成! それだけは、絶対に認めないぞ!」

「そうですわよ、ギーク……! あなたがいなくなったら、私以外にまともな人がいなくなってしまうでしょう!」


 この女、どさくさにまぎれて聞き捨てならないことを言いやがったな……!


「はあ!? それは、僕の台詞だろう! 間違っても君の台詞ではない!!」

「剣士様は人一倍ひねくれているじゃないですか! もっと、自分のお気持ちに正直に生きたらどうなんですの!?」

「その言葉を、そっくりそのまま君に返してやろう……!」

「あれれ!? 二人の中のあたしは一体なんなの!?」

「…………やっぱり、次の就職先探しとこ」

「「「絶対ダメ!!!」」」

「わー、俺めちゃめちゃ愛されてんじゃん。この上なく、嬉しくねー」


 死んだ魚のような目で文句を垂れている奴のことはほうっておこう。実際、本気ガチでギークにパーティ脱退願いを突き付けられたら、僕らに引き留める権限はない。つまり、なんだんかんだでギークがうちのパーティに所属しているのは、他ならぬあいつ自身の選択ということになる。口では、脱退だの次の就職先だのほざいているが、本当のところはただみんなから引き留められたいだけのかまってちゃんなんじゃないかと思う。全く、本当に素直じゃないんだからなぁ。


「どうしたギーク、目が血走っているぞ。また、睡眠不足か?」

「いや。これは確実に、隣から発される苛立たしい脳派のせいだ」

「気のせいじゃないか? 被害妄想はやめてくれよ」


 コイツ、以前にも増して読心術スキルに磨きがかかっているな。


 そういえば何の話をしていたっけ……? と本題が朧気になりかけてきたところで、軌道修正をするようにアリスがばしっとテーブルを叩いて身を乗り出した。薄手のニット越しのたわわな果実が揺れる。


「そんなことよりも! みんなで、遊びに行くのは決定でいいよね!?」

「異論はないな」

「ええ。楽しそうですわね」

「……まぁ、たまには良いんじゃねーか」


 するりと一致団結。ここまでは概ね順調だった。


 が、しかし――


「やったあー! 行先はどうする?」


 ――次の何気ない一言が、開戦の火種となってしまったのである。


「プール!」

「遊園地!」

 

 僕と聖女の発言が、ぴたりと重なった瞬間だった。


 遊園地だと!? この女、よりにもよって膨大な選択肢の中からまさか遊園地を選択するだなんて、本当にありえない……!!


 僕が、プールと発言したことに関しては、さして大した意味はなかった。強いて言えば、久しぶりに泳ぎたい気分だっただけ。かといって、遊園地だけは絶対にダメだ。どんな手を使ってでもあの場所だけは回避せねばならない。


「プールですって!? それだけは絶対にありえませんわ……!」


 ぴきり。

 否定されると、ムキになってしまうのが人の性というもの。


 分かったぞ、これは戦だ。


 こうなったら、なにがなんでもこの女にプールに行くことを認めさせねばなるまい……!!


「プール!! プール一択だ! 異論は認めん!!」

「私が遊園地だと言ったら遊園地なんです! 遊園地以外だったら不参加です!」

「卑怯だぞ! 君は子供か!?」

「剣士様だって人のことを言えないと思いますが……!」

「百歩譲ってプールは無理にせよ、遊園地だけは絶対に認められない!!」

「私だって、プールだけは死んでも嫌ですわ……!」


 火花をバチバチと弾け飛ばしながら睨み合い、フンと同時に顔を背けあう。


 ああ、もう! どうして君という人はいつもいつも、僕の意見に突っかかってくるのだろう!? これだから、この女は以下略。


「二人とも喧嘩は良くないよ~~」

「「アリスは黙ってろ(て)……!!」」

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