聖女「最近の私は、本当におかしいです」
困ったことに、なりました。
『言われてみればそうだな。アリスの水着姿、すごそうだし』
つい数刻程前に剣士様の口から飛び出したこの言葉が、頭の中をぐるぐると回り続けていて、どうやっても離れてくれないのです。
フン。そんなにアリスの水着姿が気になるのなら、皆でと言わずに、二人だけでプールに行ってしまえばいいんじゃないですか? それで、デレデレ鼻をのばしまくりながらアリスの女の子らしい身体つきを眺め回した末に、気持ち悪いと愛想を尽かされてしまえばいいんですのよ。言うまでもないことですが、そうなってから私に泣きついてきても遅いですからね。『あら。剣士様は大きなお胸の女の子がお好きなのでしょう? 私は、貴方のお好みにはあわないようですので、他を当たってくださいまし』と氷点下零度の冷え冷えとした態度で、跳ね除けてやりますからね……!
……いっそのこと、本当にそうなってしまえばいいのかもしれません。だって、そうしたらもう二度と、大きなお胸の子の方が良いだなんて言わなくなるかもしれないし……ちがう、ちがうでしょう、私? どうして、そんな風に考えてしまうの?
「…………あー、えと。その、だな」
最近の私は、本当におかしいです。
剣士様がどんな女の子を好きであろうとも、私には全く関係のないことなのに。この男は、ただのいけ好かない仕事仲間で、それ以上でも以下でもないのに。
「おい」
そんな人のこんなほんの些細な発言で、激しく動揺して、泣いてしまいそうにすらなっている自分が嫌で仕方なくて、うつむく他どうしようもなくなるのです。
「君が勘違いしていたら嫌だから、この際、はっきりと言わせてもらうけど」
今にも漏れ出そうになってしまった嗚咽を必死で飲み込もうとした、その時。
事件は、起こりました。
突如、目の前から伸びてきた剣士様の手に腕を掴まれ、有無を言わさぬ強い力で引き寄せられました。指の骨張った感触に、剣士様は男の人なのだと今更のことをあらためて強く認識させられて、心臓が痛いぐらいに高鳴って。
「…………僕、個人としては……その」
気がつけば、すぐ真隣に、剣士様の真っ赤に染まっているお顔があって。顔を少しでも傾けたら触れあってしまうのではないかと思うほどで、なにが、どうしてこんなことになっているのかさっぱり分からなくて、息が上がって仕方がなくて。
エッ?
エエト…………コレハ、ドウイウコトデスカ?
どうして……どうして、こんなに近くに剣士様がいるのでしょうか。
出会ってから今に至るまで、こんなに至近距離に彼がいるというのは初めてのことでした。頬をかすめた黒い髪のサラサラとした感触に、目眩まで感じた、その瞬間。
剣士様は、ともすれば私の耳に触れてしまうのではないかと思うほどにその唇を寄せて、私に言ったのです。
「…………ささやかな方が、好み、だから」
……………………は?
音声にして、たったの十二音。彼の唇から、私の耳に直接流し込もうとでもするかのように発された、小さな小さな囁き声。
それが、あらゆる神経をめぐって脳にまで伝達され、意味としてハッキリと理解されるまでには、かなりの時間を要しました。
いや、もっと正確に言うならば、伝えたい内容は瞬時に理解できたのです。幼い子どもにだってすぐに理解できるでしょう。
言葉は理解できても、状況が理解できなかったのです。
だって、私の解釈が間違っていなければ、この男は、恋人でもなんでもない同僚の異性に向かって、自分の性癖を内緒話でもするかのように打ち明けてきた、ド変態ということになります。
今、彼にド変態男の烙印を焼き付けるのは、赤子の手をひねることよりも簡単なことでしょう。瞳に涙をたたえながら、大声で彼の所業をカミングアウトしてしまえばいいのです。ギルドにセクハラとして訴えれば、私の勝訴はほぼ確実。
剣士様が、まさか、これほどまでにド変態だったとは今まで知りもしませんでした。大真面目な顔をして女の子に自分の性癖を赤裸々に語るだなんて変態以外のなんだというのでしょう?
でも。
でもでもでも……!
あろうことか、そんなぶっ飛んだ発言を、更に飛び越える事象が起きてしまいました――
触れあっているところから直に伝わってくるかすかな震え、真っ赤になっている顔、頼りなさげに震えている唇。その全てから、不器用で素直でない彼が、どれ程の勇気を振り絞ってあの行動に出たのかが分かってしまって、また、胸が締め付けられたように苦しくなって。
――それを聞いた私は、まるで嬉しいとでも感じたかのように、鼓動を大きく高鳴らせてしまったのです。
剣士様は、私の大好きなラブロマンス小説に登場するきらびやかな王子様からは、あまりにも程遠くて、ものすごく残念です。
そうなの、だけれども。
彼の振り絞った精一杯の勇気には、少しぐらい報いてやってもいいのではないかと、思ってしまったのです。私だけがこんなにドキドキするだなんて、理不尽ですし。
「………………じゃあ、今度、二人でプールに行ってみますか?」
空気のようなものに流されて彼に囁き返した直後、体がぴたりと完全停止しました。
…………ふたりで、プール?
いや、無理です。冷静に考えて無理でしょう。そんなの無理に決まっているじゃないですか! どのくらい無理かといえば、最高難易度ダンジョンを一人きりで制覇することの方がまだ可能ではないかと思えるぐらいに難しいことです!! できそうもないことを、わけのわからない雰囲気に流されて、安易に口走ってしまった自分が憎くて仕方ありません。
というか。
それ以前の、問題な気がしてならなくなってきました。
だって……さっきの発言ではまるで、私が彼と二人でお出かけしたくて仕方ないみたいではないですか!!
犯した最大の過ちに気づいた瞬間、周りのありとあらゆる熱を吸い込んでいくかのように全身のどこもかしこもが熱くなって、そのまま、ふらりと倒れてしまいました。
*
「二人とも!! そろそろ起きて~~!! お店、閉店の時間だって!!」
「「えっ!?」」
「言い争ってたかと思ったら、急に二人とも倒れこんだからびっくりしちゃったよう。ギークも、『もう流石に付き合いきれん』って先に帰っちゃったし、あたし一人きりになっちゃってすっごく淋しかったんだよ……?」
「アリス……ごめんな? ……お前ホントいい奴だな、見直したわ。ありが「うっそだよーーん! ギルドの休憩所で知り合ったイケメン女騎士さんと偶然出くわして、さっきまで楽しく飲んでたところ~! えへへぇ、格好よかったなぁ」」
「…………僕の感謝の意を返してくれないか?」
「あ! そういえば、みんなで遊びに行く場所のことなんだけど、ギークと二人で勝手に決めちゃったからね!」
「「えええええ!?」」
「文句は一切受け付けません! 勝手に寝始めた二人が悪いんだからね!」
「……か、返す言葉もありませんわね」
「なんと……プール併設型遊園地に決まりましたぁ~!! どお!? これで二人とも文句はないでしょう!?」
「「………………」」
「ふふふ。楽しみだね~!!」
【その③遊びに行くのも大変なんです 完】
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