剣士「アリスは、たしかに可愛いけど……君の方が、ずっと――」

 うわああ! もうなんでもいいから、このいたたまれなさ過ぎる空気を早くどうにかしてくれ……! と藁にもすがる思いで願っていたら、

 

「おっまたせーーー! みんな大好き、みんなお待ちかねアリスちゃんの登場だよ~~~! みんな、あたしがいなくて淋しかったでしょ? でしょでしょ?」 


 なんか来た。


 いや、正確にはなんかではなく、れっきとしたうちのパーティメンバーなんだが、第一声だけでもうお腹いっぱいって感じだわ。


「あー……やっぱり、アリスがいるとしっぽり飲めねえな。来たところ早々で悪いけど、速やかに帰ってくんね?」 

「えええええ!?!? ギークってば、ひどおおおおい! 鬼悪魔大魔王ううう!! ねえっ、これって確実にいじめだよね!? ルドとマノちゃんはどう思う!?」

「ごめん、ギークに激しく同意。アリス、今日はわざわざナギ平原まで出向いてくれてサンキューな」

「アリスが今日も今日とて元気いっぱいなご様子で、安心いたしましたわ。次は、半年後ぐらいにお会いしましょうね」

「ぐすっ……みんな、あたしのこと、仲間だと思ってないよね……?」


 到着早々にしてパーティメンバー全員から見放される。それが常人の数百倍の魔力と活力を保有するミラクル馬鹿女ことアリスクオリティ。


 アリスがうなだれながら、しずしずと僕の隣の席に腰かける。こいつが犬だったら、さきほどまでブンブン振り回していたしっぽが、しゅんと垂れ下がっているところだろう。テンションの落差がジェットコースター並に激しい奴だ。


 まぁ、でも。こうして、しおらしくうつむいている分には、コイツも中々に可憐な美少女ではある。


 柔らかそうな、ふわふわ赤毛のツインテール。大きな蒼い瞳は、即刻仲間達からのけ者にされた絶望で本来の輝きを失ってしまってはいるが、つぶらで愛くるしい。それにしても、どうしてこんなに細身なのに、ある特定の一箇所だけ白いブラウスがはちきれてしまうのではないかとドキドキしてしまうほどに膨らんでいるのだろう。女の子って不思議だ。いっそのこと、はちきれてしまっても僕としては一向にかまわな――――ふぐへっっ!?


「いってえええ!! なにすんだよ、このクソ聖女!!」

 

 この女、ハイヒールの底の尖った部分即ち凶器で、容赦なく僕の足を串刺しにしようとしやがった……! 


「…………別にっ……これっぽちも悔しくなんてありませんわ。この男の好みなんて……私には、一切、関係のない話なのだから……っ」

「はあ?」

「フン。私にまで穢らわしい視線を向けないでくれますこと」


 聖女に、まるで汚物でも見るような冷めた視線を向けられ、僕の心臓は多大なるダメージをくらった。物理攻撃の次は精神攻撃でくるとはやるな、君はどれだけ僕のHPを削り取ったら気が済むんだ。


 それにしても、一体、なにがいけなかったんだろう……はっ! もしや、僕がアリスの豊満な胸に見惚れていたのがバレて、やきもちを焼いているとか? いや、もう絶対そうに違いない、だってそれぐらいしか心当たりないし! ふふん、そうかそうか、君はそんなに僕のことが好きだったのか! えへへ、ま、まぁ、嬉しくなんてないけど?


「ルド、顔がにやけまくりだぞ。端的に言って、キモい」

「ぼ、僕が、にやけているだって!? 嘘だ! そ、それじゃあ、まるで……僕が、あの女に好かれていることを嬉しいと感じているみたいではないか!!」

「あー、ウン。もう、お前の好きなように生きたら良いんじゃねえか?」

「すんごい勢いで見放された!」  


 ギークになにかを諦められてしまった顔をされて妙なショックを受けていたら、どこからともなく怨念に満ちた呪詛が漏れ聞こえてきた。


「……どうせみんな、アタシのことなんて、最初から仲間だと思っていなかったんだ。……アタシばっかり、みんなのことを大事な仲間だと思っていて、ホントに馬鹿みたいだ……ううっ」


 隣で放置し続けていたアリスが今にも地中にずぶずぶとめり込んでいきそうな勢いで、マジ凹みしていた。


 お前は、どうして、普通のテンションでいられないの。ってか、なんで、うちのパーティってこんなに変人ばっかなの? あれ、今、なんかすごい勢いでギークに睨まれた気がする。


 はぁ……ここは、リーダーの僕が重い腰をあげるしかないか。

 

「なぁ、アリス」


 赤毛のツインテールを力なく垂れ下げて、大きな蒼い瞳にうるうると涙をためていじけているアリスの肩がびくりと揺れる。


「さっきは、ひどいことを言って悪かったな。君は、僕らの大事なパーティメンバーで、大切な仲間だよ」

「……ホントウに?」

「もちろん。僕たちには、君が必要だ」

「……どうせ、魔法馬火力女ぐらいにしか思ってないんでしょ?」


 うん、大体あっている。コイツ、いつもアホなのにこういう時だけ妙に鋭いな。


 まぁ、大まじめな話をするのであれば、パーティが絶滅の危機に瀕して絶望色に染まった際には、アリスの太陽みたいに眩しい底抜けの明るさに救われたりもした。


 多少の面倒くささはあるものの、基本的には、明るくて良い子だ。なによりも、どこぞのひねくれた聖女と違って、びっくりするぐらい素直だし。


「そんなことはない。アリスは、可愛くて良い子だしな」

「「「へっ?」」」


 全員の視線が、凄まじい勢いで僕にむけられる。 


 ん? 僕、なにか、そんなにヘンなことを言ったか?


「その、アホみたいに元気なところもうざい時が大半だけど、なんか憎めないっていうかさ。うん、お前は可愛いよ」


 アリスを見ていると、馬鹿な子ほど愛おしいという親の気持ちが分かるような気がする。


「………………どうして、アリスには普通に言えるんだろうな?」


 ギークが、この世の終わりみたいな悲壮感を漂わせながらがっくりと項垂れていく中、アリスの大きな蒼い瞳にみるみると生気が戻り始める。隣から腕を伸ばしてきてするっと僕の腕をからめとると、やわらかい胸を押し付けながら、ふわふわと微笑んだ。


「えへへ。あたしも、ルドのこと大好きだよ~~っ!」

「おいっ。いきなり、抱きつくなっ!!」

「照れてるの~? ルドってば、可愛いなぁ」

「照れてない」

 

 あ、でも、柔らかいし、あったかいし、もうちょっとこうしてたいかも、なんてちょっとだけ流されて。愛くるしい大型犬感覚で、よしよしとアリスの頭を少しだけ撫でてやろうとしたら――


「………………。私、急用を思い出しましたわ」


 ――氷の女王と化した聖女が、絶対零度の無表情でゆらりと立ち上がった。


 急激にとてつもない寒気に襲われた僕ら三人の時が漏れなくぴたりと止まる。言葉を発することも、身動き一つ取ることすら赦されず。ただただ遠ざかっていく彼女の華奢な背中を、震えながら見つめていることしかできなくて。


 彼女の後ろ姿が曲がり角に吸い込まれて見えなくなった瞬間、ようやく僕ら三人の時は再び流れ始めた。

 

「はぁ……言わんこっちゃねえな」

「マノちゃん!? 何かものすっごく体調悪そうだったよね!? あたし、今すぐ追いかけて、引き戻してくるっ」

「アリス、頼むから、これ以上話をややこしくしないでくれ! 今、お前が行こうものなら、あの女に八つ裂きにされかねんぞ」

「えええええ!? あたしは、こんなにもマノちゃんのことが好きなのに〜〜!」

「かつて、これほどまでに一方通行な片想いが存在しただろうか? 切ねえ」

「ガーーーン! あ、あたしの、片想いだったの!?」

「ルド。アリスは俺がどうにか引き留めておくから、お前はぼけっとつったってないで、さっさとマノンを追いかけてこいっ」


 急に話の矛先を向けられて、心拍数が急激に跳ねあがる。


「は、はああ!? どうして、僕が……っ」

「お前がいかないと、収まりがつかないからに決まっているだろう! 元はと言えば、全部、お前のせいなんだから早く責任を取ってこい!」



 追い立てられるようにして店を出たら、辺りはすっかり暮れなずんでいた。


 僕が、わざわざ店を一度出てまであの女を迎えに行くのは、これもパーティリーダーに課せられた一つの使命だからであって、僕個人の意志とは全くもって無関係である。こんな夜更けに女がふらふらとほっつき歩くだなんて、変な男に絡まれたらどうするつもりなんだ、だなんてやきもきしていない。


 大体、あの女の方から勝手に店を出て行ったんだろう。一人淋しく泣いていようが、自業自得だ。僕には何の関係も――


「…………仕方、ないじゃないですか。だって、私は……これっぽっちも、可愛くないのですから……っ」


 ――あの女は、店の裏口前でうずくまって、一体なにをやっているんだ。下手したら、店の人に踏みつけられるんじゃないか?


 全く。うちのパーティの女どもは、本当に面倒で、手のかかるやつらばかりだ。


「そんなところでうずくまっていて、店の人に踏みつけられても知らないぞ」

「!?」

「なぁ。君、もしかして、いじけて店を出て行ったのか?」

「ち、ちがっ……!」


 頑なにうずくまり続けていた彼女が慌てて顔をあげた時。


 唐突に、魔が差した。


 いつも高慢でいけ好かないことばかり言う君が、今にも泣きそうに瞳を揺らしながら不安そうな顔をしているのが、あまりにも、その……。


「アリスは、たしかに可愛いけど……君の方が、ずっと――」


 お互いの視線が交差した瞬間、心臓がどきりと音を立てた。


 まるで、時が止まってしまったかのような、一瞬の後。


 彼女はみるみるうちに白い頬を真っ赤に染めながら、瞳の端を吊り上げた。


「~~っっ!! 剣士様のバカバカバカっ!」

「はああああああ!?」

「そ、そんな、薄っぺらいお世辞には騙されませんわよ! 余計なお気遣いは結構です……!」

「ハッ。お世辞だって? そもそも、君はまだ僕がなにを言おうとしたか、聞いてもいないのに随分と自意識過剰なことだなぁ!」

「あの文脈で、言い逃れができるとお思いで? お見苦しいこと」

「そういうところが、ほんっとうに可愛くない」

「可愛くなくて結構ですわ。フンっ」


 女は颯爽と立ち上がり、唖然とする僕を取り残して機敏な動作で店に戻っていった。


 前言撤回。

 あの女はやはり、可愛げの欠片もない……っ!


「お前ら、どうしてあの状況でなんの進展もねえの? むしろ、すげえよ」

「「そもそも、進展しようと思ってないっ(ですわ)……!」」


【その①うちの剣士と聖女が、永遠に結ばれない 完】

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