うちの剣士と聖女の恋愛スキルは絶望的です

久里

その①うちの剣士と聖女が永久に結ばれない

剣士「僕は、あの女のことなんて、なんっっともおもっていないぞ」

「はーっ。良い仕事をした後の酒は、やはり格別だな」

「…………」

「なぁ、ギーク。僕の華麗なる剣裁きを、半月ぶりに目にした感想はどうだ? うん?」

「…………」

「そうかそうか、言葉では形容しがたい程に格好良かったか! はぁ、毎度のことながら君の褒め上手っぷりには、頭が上がらないよ。ギークってば天才だなぁ」

「…………ルド。一つ、確認してもいいか?」

「うんうん。うちのパーティが最高難易度ダンジョンを完全制覇してから早半年が経ったが、あれからも万一の時に備えて一日たりとも鍛錬を欠かさなかっただけのことはあるだろ……え? 確認?」 


 この席に通されてからというものの、出された酒にも口をつけず無言を貫き通し続けていた目の前の男が、やけに緩慢な動作でジョッキを一口煽る。


 ギークは、ドン、とわざと音を響かせるようにしてジョッキを机に置き直した直後、口元は綺麗な弧を描いているのに、目の付近は全く笑っていないという無駄に器用な笑顔を浮かべていた。


「お前には、あんなクソしょうもねえ仕事のために、朝から叩き起こされて貴重な睡眠時間を蝕まれた俺の気持ちが分かるか? あん?」


 む、やけに棘を含んだ物言いだな。元々鋭い目つきが、さらにものものしくなってるし。


 一体全体、我らが盗賊シーフは何に腹を立てているというのだろう。僕は一冒険者として、パーティを率いるリーダーとして、何一つ間違ったことをしていないというのに。


 ここはひとつ、剣聖たる僕が慈愛に充ち溢れた優しい心でもってして、この低血圧野郎のねじ曲がった根性を矯正してやるとしよう。


「やだなぁ、ギーク。僕ら冒険者の仕事は、主として、魔物の討伐だろう。仕事が発生したから、仕事仲間パーティメンバーに招集をかけるのは至極当然の摂理。パーティーリーダーの僕に課せられている崇高な義務でもある。はぁ、僕は嘆かわしいよ……君はいつから、仕事で呼び出されて逆ギレしだすような社会不適合者に陥ってしまったんだい?」

 

 アホなギークにも分かるよう、懇切丁寧に、説明を施してやった。

 がしかし、それにも関わらず、奴は余計にこめかみのあたりをぴくぴくと震わせ始めた。


「もっともらしい顔をしてうだうだほざいてんじゃねえ、このクソ馬鹿剣士が!!」

「はああ!? お、おまっ、いま、この僕にむかって馬鹿と言いやがったな!?」

「ああ、そうだよ! この際だからハッキリ言ってやるが、お前は、剣の腕が立つほか何の取り柄もない紛うことなき正真正銘のアホたれ馬鹿野郎だ!」

「な、なんだって……っ!?」


 こんの、クソ野郎! 数百年に一度の逸材とまで謳われた神に愛されし剣聖たるこの僕をここまでボロカスにけなすだなんて、良い度胸してんじゃねえか。二度と生意気な口をきけないよう、この剣でもって思い知らせるほか――

 

「どこの世界に、魔物界隈最弱のスライム十匹を討伐するためだけにわざわざ熟練パーティ全員に招集をかける馬鹿がいるんだよ、このドアホ!!!!」


 うっっ……!


 我がパーティの誇る最速の盗賊シーフ様は、僕の一瞬の隙を好機と見るや否や、もともと刃物のように鋭い瞳をギラギラと血走らせはじめた。


「俺はな……昨夜、明日は久しぶりの休日だと思って、それはもうおいしく酒を飲んでたわけだよ。程よく酔いも回ってきて、今日は心ゆくまで惰眠を貪ろうと幸せな気持ちで床についたんだが、ところがどっこい、まだ日も昇ってないようなどえらい早い時間に『一刻を争う緊急事態だ』と叩き起こされたわけだ。無視して二度寝するか数分ぐらい考え込んだ結果、魔物討伐を生業としている身として、本当に一刻を争う事態が起きているのなら見逃せないと思ったから、集合場所に行ったわけだが……」


 あ、これ、結構やばいやつだ。想定以上にげきおこぷんぷんまるくさいぞ。

 

「起き抜けの鈍い頭じゃなかったら、集合場所が、スライムぐらいしか出てこないナギ平原だった時点で勘付けていたんだがなぁ。残念極まりないことに、どこぞのルドヴィークとかいうアホ野郎のせいで、ろくな睡眠時間もとれてなかったからなぁ」


 ゴゴゴゴゴ、と、ギークの背中のあたりに漆黒の禍々しいオーラが漂い始める。あまりの迫力にごくりと唾を呑み込んだ。


「でもさ、流石のうちの馬鹿リーダーでも、まさか、冒険者を志し始めた初心者パーティにうってつけのしょうもなさすぎる依頼クエストを引き受けるなんてことは、流石にしねえと思うじゃん? まぁ、曲がりなりにもパーティーのトップにたってるわけだし、全員呼び出すってことはなんか意図があんのかもしれねーって信じたいじゃん?」


 魔王も裸足で逃げ出すレベルの圧倒的な邪気に、さっきから震えが止まらない。


「それがまさか、種も仕掛けもなんにもなくて、ただ本当にスライムを数十匹討伐するだけだったとはなぁ」

「ギ、ギーク。いったん、落ち着こうか?」

「一体、どんな神経してたら、剣聖のお前が何の恥ずかしげもなくあんな依頼クエストを引き受けられんの? 受付の姉ちゃん、ぜってー、半笑いだっただろ?」

 

 うう……。


 まぁ、思い返してみればたしかに、『ル、ルドヴィーク様……本当に、この依頼クエストを引き受けられるのですか? えっ、し、しかも、お一人ではなく、パーティ全員で? さ、さようでございますか。あ、あのぉ、念のための確認なのですが、なにか別の依頼クエストと勘違いされていたりとかは、されないですよね?』と、三回ぐらい念を押して、聞かれた気はするけれど。


 ええい、そんな、僕を責めるような目をするな! だって、だってだってだって、仕方ないじゃないか! 今日引き受けられる依頼クエストが、スライム討伐ぐらいしかなかったのだから……!


「百歩譲ってそんなにスライムと戯れたかったんなら、お前一人で引き受けてくれば済んだ話なんだよなぁ。お前が一振り通常攻撃をかましただけで、クエスト達成。俺も、マノンも、アリスも、ぼけっと見てただけでなんもせず終了」 


 剣聖の僕ことルドヴィーク=カレイドの他を寄せ付けない圧倒的な強さは、語るまでもないこととして。僕のパーティーの面々は、冒険者界隈では知らない人はいない錚々たる有名人ばかりである。


 例えば、マノン=ルーセンハート。

 彼女は、古くから脈々と優秀な聖女ヒーラーを輩出し続けているルーセンハート家の由緒正しき長女だ。幼い頃から血の滲むような努力を重ね続け、若干十七歳にしてこの世に存在するありとあらゆる治癒魔術を習得。彼女に癒せない傷は存在しないとまで絶賛された、我がパーティーが誇る最強の癒し手。


 アリス=ネブラシカ。

 一般人の数百倍にも及ぶ魔力をその体内に秘める、魔導士マジシャン。本来、長い詠唱と複雑な魔方陣を必要とする一撃必殺級の高火力型魔法をほぼノータイムかつ晴れやかな笑顔で次々にぶっ放す姿は、正直、味方の僕から見ても狂気じみていると思う。ちなみに戦闘面以外では、救いようのないアホ女。


 目の前に座っている、一見ただの酒浸りな怖い兄ちゃんギーク=ユライだって、僕たち冒険者界隈では彼に解けないギミックはないとまで称された疾風迅雷最速の盗賊シーフ様である。


 僕はさることながら、僕の仲間たちパーティメンバーも、実はすごい人たちばかりなのである。


「ルドヴィーク。そろそろ、素直に認めたらどうなんだ」


 冷や汗が、だらだらと背筋から垂れ落ちる。

 やばい。ものすごく、嫌な予感がする。


「仕事のためだとかもっともらしくほざいているが、お前はただ、マノンに会いたがために、無理矢理、口実を作っているだけ――ふがっっ」


 実力行使で黙らせた。具体的には、目にもとまらぬ猛スピードでおぞましい発言をしでかそうとした口を塞いでやった。なにやら、もがもがとほざいているが全力でスルーする。


 この僕が、あの女に会いたいが為に、わざと口実を作っただって?

 ふふ。ふふふ。ふふふふふ。

 ギークは、面白いことを言うなぁ。


 一体全体、どういう思考回路をしていたら、そんな異次元級の結論を導き出せるというのか。前言撤回。ギークは盗賊シーフとしての確かな腕以外に褒めるところのない、筋金入りの阿呆だな……!


 僕は、あの女のことなんて、これっっぽっっちも、なんっっともおもっていない……!!


「ギークに、剣士様。お待たせいたしましたわ」

  

 噂をすればやってきたな、マノン=ルーセンハート。 


 ふわふわの黄金の髪。ミルクに蜂蜜を溶かしたような滑らかな肌。本物の翡翠にも劣らぬ輝きを放っている大きな瞳。瑞々しい唇は程よく厚みがあって、気品があるのにそれでいて妙にえろい。魔法衣から上品なネイビーのワンピースに着替えた華奢な身体はゆるやかな曲線を描いていて、女性としての美しさの上に、少女としてのあどけなさや可愛らしさも兼ね備えていて、さっきから何をうだうだ言っているかって、今日も今日とてこの女は反則的に可愛いぐぬぬ……。


 ま、まぁ、たしかに? 目の前のこの女が絶対的美少女であることは、流石の僕でも認めざるを得ない、けれども。


「僕は、ギークと楽しく酒を酌み交わしていたところだ。君のことなどこれっっぽっちも待っていなかったからな。ホ、ホントだぞ?」 


 ふいっと顔を逸らしながら、ジョッキを顔に傾ける。無性に顔が熱い気がするのは、アルコールが回ってきたせいに違いない。断じて、この女の可憐ぶりに狼狽したわけではない。


 聖女がむすっと白い頬を膨らませながら、ギークの隣の席に腰かけた瞬間、全僕の心臓が衝撃で轟いた。えええっ!? なんでっ!? 何故、あえて、そっちに座ったんだ!? もしかして、僕の隣がそんなに嫌なのか……っ!? なんてことは微塵も思ってなどいない、ホントダヨ?


「……冷静に、情緒不安定すぎないか?」


 黙れギーク。いつの間に読心術まで身に着けやがったんだよ、勝手に、人の心を盗み見るんじゃない!


 マノン=ルーセンハートはギークのぼやきに気づいた様子もなく、ふいっと明後日の方向に顔を背けて、悪態をついてきた。


「……べ、べつにっ、私だって、半月ぶりに剣士様とお会いできることを楽しみに等これっぽっっっちもしていませんでしたわっ。フンッ」


 マ、マジで……? た、たしかに薄々嫌われているような気はしていたけれど、君は、そんなにまで、僕のことを嫌っていたのか……? と僕が激しく動揺するとでも思っているのだろうかこのアホ女は……! 


 早々に不穏な空気が流れ始める中、かったるそうにため息をついたギークが呆れ顔でぼやく。


「お前ら、いい加減自分の気持ちを素直に認めて、そろそろ付き合ってくれないか? そして金輪際永久に、俺とアリスまで巻き込むのはやめろ」


 な ん だ っ て。


「「はああああああ!? 誰がこんな女(男)と!!!!」」


 一言一句ほとんどぴったりと発言がかぶって、両者、睨み合う。


 まぁ、この女が、涙を浮かべながら「一生、剣士様にお慕いいたしますわ……!」と申し立ててくるぐらいの根性を見せてきたら、そ、その、考えてやらないことも、ないけれど。


「「まぁ、この女(男)が、付き合ってくださいと土下座してきたら、考えてやらないこともないがな(ですが)……」」 


 驚きのシンクロ率二百パーセント。両者、恥ずかしい発言をかましてしまった羞恥心に頬を火照らせて、瞬時に顔を背けあう。


「…………ホントウに、大層、仲がよろしいことで」

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