36頁:束の間カルチャーフェスティバル
朝よりも一段と騒がしくなった校内で、あくびを一つ。
文化祭も始まり生徒以外も出入りする堂野木高校は、まさにお祭り状態だ。
「なぁ海里」
「なんだ」
「暇だな」
まぁ俺達は、小道具の見張りだけどな。
「お前が暇って思うから暇なんだ」
「なんだよ、その哲学」
冗談に笑って、顔を見合わす。
ハツカネズミ研究会の順番は午後からだけど、この前の紛失騒動の手前そう呑気に構えてられない。当日にそんな事が起きてはたまったものではないからと、美国先生の発案で時間交代の監視についているってわけだ。
「んー……なぁ海里、次って誰だっけ」
「生徒会の仕事が終わり次第、会長と月乃がくるはずだ……そうだ、これが終わったら一度クラスにでも戻るか?」
「そうだな、それがいい」
俺も海里も、最後まで準備には貢献していないし完成形を見ていない。だから、八組のお化け屋敷がどんなものか少し気になっているのだ。
「やぁ、お待たせお二人さん」
「遅れてごめんねなるるんかっくんー!」
噂をすれば、なんとやら。
どこからか聞き慣れた声が聞こえ顔を動かすと、そこには何やら紙コップを手に持った会長と月乃がいて。
「はい、差し入れだよ」
「うちのクラスのからあげだよー!」
手渡されたそれを覗き込むと、確かに唐揚げが五つ、顔をそっとこちらに向けている。こんがりきつね色をしたそれはポン酢がかけられていて、爪楊枝もご丁寧に二つ刺されていた。
「よかったらだが、二人で食べてくれ」
「たべあるきいいよー!」
ありがたく受け取り時計を見ると、針は十時を指している。昼過ぎには戻ればいいから、これならかなり回れそうだ。
「よし、行こう海里!」
「おぉって、痛い、お前本当にこういう時は積極的だよな!」
今度は俺が海里の手首を掴み、そのまま文化祭をやっている校舎の方へ走り出す。
「転んで靴を落とすなよ」
「あとでねなるるんかっくんー!」
今はスリッパだから、ガラスの靴を落とすわけがないだろ。
そんな事は言葉に出せばやぶ蛇だから、絶対に言わないけどな。
***
「ちょいとお二人さん、おみくじでもどうだい?」
「ん?」
「あ、呂中先輩」
八組のお化け屋敷を回った後の、校舎の一角で。
残っていた最後の唐揚げをどっちが食べるかで争っていたところにかけられた声は、神主もどきの服を身にまとったロバの呂中先輩からだった。
「いや、なんですかその格好」
「よく聞いてくれたね、灰村成くんよ」
「どうしてそこでフルネーム」
ツッコミどころのオンパレードだな。
ジト目で睨みつけながら溜息をつき、一応今日はどうしたんですか、と一言聞いてやる。
「いや、うちのクラスの神社に興味はないかなと思ってな」
「ひんひゃ?」
「出し物で神社とはまた奇抜な……おい海里、お前勝手に唐揚げ食べただろ」
俺達の様子を見ながらゲラゲラと笑い俺に目を移す。
「今なら唐揚げを食べられてしまった不幸なシンデレラに、祈祷とおみくじをサービスしよう。もちろん、信じるか信じないかは君次第だがな」
「胡散臭……まぁいいや、付き合いますよ」
「そうこなくては」
さぁこちらへ、なんて頭を下げながら通されたのは、呂中先輩のクラスである教室。
目に止まったのはダンボールで作られた鳥居、狛犬は発泡スチロールで精密に作られ同じく発泡スチロール製の石碑には堂野木高神社と書かれていて、なかなか精巧な作りだと俺は思う。
「ようこそ、堂野木高神社へ。参拝はもちろんおみくじご祈祷、お守りと御札だって取り揃えているよ」
さぁどれがいいかい、と聞く呂中先輩にじゃあ、とおみくじを指さす。
「いくらですか」
「サービスするって言っただろ、このじじいからのプレゼントだ」
言われるままにおみくじを選ばされ、紙を渡される。触り心地といい本物のおみくじに近いそれには、本物よろしく文字が連なって印刷されていた。
「小吉って微妙だな……成はどうだ?」
「俺は……あ、まじかよ」
今、自分でも顔が歪んだのがわかったよ。
だって、当たり前じゃないか。そこに書いてあったのはおみくじとしてはあまりよろしくないもので。
「ほぉ、なんだ灰村、凶とはかなり運がないようだな」
「……うるさいですよ、先輩」
そう、そこには大きく凶の字が踊っていたんだ。内容だって、旅行も学業も恋愛だってボロクソに書かれている。唯一いいのと言ったら、この失物で――
「……近くにあり?」
俺のなくしものって、記憶とか?
「んな、まさか……」
「言っただろ、信じるか信じないかは君次第だと」
にやりと笑う呂中先輩は、お見通しと言わんばかりに俺に声をかけてきた。
「だがな灰村、信じるかどうかはさておき……信じればわかるとだけ言っておこう、まぁ老人の戯言だがな」
***
呂中先輩の神社を後にし、ふらりと歩いていた校舎の二階で。
「あぁ、灰村先輩」
「お、是木か」
ヘンゼルこと、バスケ部時代の後輩是木歩は俺を見つけると、めんどうと言わんばかりの顔をしながらも俺に近づいてきた。
「なんか劇やるらしいっすね、バスケ部総出で見に行ってやりますよ」
「勘弁してくれって」
どうしてだか劇の事が広がっていて、大変に遺憾の意だ。
乾いた笑いを投げながらくるなよ、と呟いていると横から海里がなぁ、と俺に話しかけてくる。
「どうした?」
「えっと、こいつは……」
「バスケ部一年の是木です。陸上部の長日部先輩ですね、灰村先輩からお噂はかねがね。仲直りおめでとうございます」
「どんな噂かは触れないでやるよ」
「助かる」
こいつに話した海里の事なんて、ボロくそな内容しか覚えていないからな。
「ところで先輩、錫がこない内にうちのクラスにも寄っていきませんか? 幸い教室もすぐそこでして」
「あぁ、じゃあ寄らせてもらうよ」
回れる内に、知っている奴のクラスには回りたいからな。
こっちですと目を細めながら前を歩く是木についていくと、後ろからおい、と海里の声が聞こえてきた。
「錫って、香嶋の事か?」
「あぁ……って、知らなかったか、あいつはヘンゼルとグレーテルのヘンゼルだからな」
「なんだ、香嶋の奴ヘンゼル見つけてたのか」
準メンバーでも、やっぱりヘンゼル探しには一枚噛んでいたらしい。なるほど、道理で香嶋の奴、海里の話をするといつも意味深な反応をしてたんだな。
そんないまさらな話をしていると、ここです、と是木が急に立ち止まってきた。
「えっと、これは……」
「プラネタリウムです」
「意外とファンシーだな」
割とドヤ顔だったから、どんなものかと思ったよ。
「しかし、作り込まれてはいるみたいだぞ」
海里の言う通り、見た目はダンボールの塊であるそれは外見こそ貧相だけど周りの機材がガチガチに固められた本格仕様だった。
「なんかこう、金に物を言わせた感じ」
「失礼っすよ」
これでも頑張ったんです、と笑う是木には以前ほどの怖さがなく、これも香嶋に出会ったからだろうななんて勝手に想像してしまう。
「何ニヤついてるんすか、灰村先輩」
「ベツニ」
嘘ついた、今背後に一瞬ライオンが見えたぞ。
「では先輩方、中へどうぞ」
ライオンも引っ込み手招きをする後輩に、二人で顔を見合わせて目を細める。見た目は明らかに喧嘩っ早い奴だけど、こうやると歳相応な男子なんだなって思うよ。
「んじゃ、お邪魔します」
入口は一人ずつしか入れなかったから、海里がお先、と呟いて俺より先に中に行く。
「ほら、次は先輩です」
「あぁ」
いつもに増して楽しそうな是木に、頬が緩むと同時にふとある言葉が思い浮かぶ。
「……あのさ、是木」
「なんすか」
足を止めて声をかけると、是木はいかにも嫌そうな顔で返事をしてきた。そんな、人殺しのような顔をしてるとまた香嶋が飛んでくるぞ。
「そのさ、お前変わったよな」
「……は?」
最初こそ意味がわからないと言わんばかりの顔をされた。けど、それも一瞬の事。すぐにいつもの不機嫌な顔になると、鼻で笑いながらいや、と言葉を続けてくる。
「何言ってるんすか……あんたが一番変わったよ、灰村先輩」
「俺?」
とんだブーメランが返ってきた。一体、俺のどこが変わったと言うのだ。
「お互い様です。俺もあんたも、あの時よりはずいぶん変わりましたよ」
「そんな、俺はどこも」
「わかってないだけです……ほら、後が押してんだから入った入った」
「わ、ちょ!?」
強制的に話を切られ、強引に背中を押される。
その力は以前の是木みたいな暴力さがない、優しい暖かさに包まれたものだった。
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