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日常の中で一抹の不安と大きな違和感を感じながらも時は流れ、文化祭当日。
普段よりも少し早く登校した俺と海里は、今日一日まともに参加できない事もありクラスの出し物であるお化け屋敷の準備を手伝っていた。
「あら灰村くん、朝早いのね」
「そういう香嶋だって」
「私は茶華道の準備もあるからね……研究会の演劇は、ちゃんと見に行くわ」
「勘弁してくれ」
ダンボール達をガムテープで繋ぎ止めて、迷路を作っていく。そこに黒いビニールをかければ、迷路の一部に早変わり。
子どもだましなのに変わりはないがぐるぐると回るように配置されたそれは、自分達で作ったものでもなかなかの仕上がりだと思う。これなら、生徒だって楽しめる。
「あぁ灰村、朝早くから申し訳ないね」
ふと名前が呼ばれそちらを見ると、優しそうな仮面を貼り付けた八王子がにへらと笑っていた。腕には文化祭実行委員の腕章がすでに巻かれていて、もしかすると俺達なんかよりずっと早く学校にきていたかもしれない。
「研究会で抜けるから、これくらいはやらないとな」
「やっぱり灰村は優しいな」
なんて事を言いながら俺の頬に手を添えると、本物の王子様のように柔らかな表情を俺に向けてくる。あぁ、ようにではなくて元々王子様だったよ。
「これくらい普通だ」
それがなんだか俺にはむず痒く目を逸らして知らぬ顔をしたが、八王子は今日は機嫌斜めだね、なんて言いながらわざわざ目線を合わせてきた。
「そういえば隣のクラス、喫茶店やるんだって。時間があったら一緒にどうだい?」
「いや、俺は……」
「残念だが、こいつは一日俺達と一緒だ」
頭上から聞こえてきた声はそのまま俺の頭頂部に顎を乗せると、なぁ成、なんて呑気に口を緩めていた。
「痛い馬鹿猫」
「動くなガラス」
少し研究会の方を見てくると言って戻ってきていなかった海里は、もう全員いたぞとだけ耳元でささやいてきた。あいつら、自分のクラスや兼任している活動はいいのかよ。
「研究会の方に行くのかい?」
「なんかもう集まっているみたいで……これやってから行くよ」
なんて言いながら手際よくダンボールの設置を終わらせると、俺は机に投げ捨てていたカバンを取り肩へかけた。
「忘れ物はないな……」
「待って灰村」
不意にカバンを引っ張られ、身体が後ろへ斜めになる。
「なんだよ、八王子」
「いや、そのね」
その様子はいつもと変わらず、ふわりと笑いながら顔を近づけてきて――
「ハーメルンの笛吹き」
「…………え?」
突然ささやかれたのは、童話の名前。
ハーメルンの笛吹きと言ったら、あの実話を元にした集団失踪事件の話だよな?
「この前君の事を聞いてきたって奴。僕だって黙っているだけじゃないよ、僕なりに調べてみたんだ」
こいつ、素直にすごいよ。あの時会っただけで相手が〈キャスト〉だってわかるのは、相当だと俺は思う。いや、そう言えばこいつ、人探しの〈トラウマ〉とか言っていたよな。ならば、それを使ったのかもしれない。
「ハーメルンの笛吹きは噂に聞くくらいだけど、連続誘拐の前科がある。もしかしたら童話殺しに雇われているのかも……気をつけて」
「……ありがとう」
きっとそいつの狙いは俺じゃなくて、会長だ。そう俺の中の第六感が騒いでいるけど、八王子の手前口には出さなかった。
もう少し詳しく聞きたいと八王子の顔を見ようとすると、今度は反対側から手首を掴まれ力任せに引っ張られる。あぁ、こっちは慣れたものだ。
「行くぞ成、月乃が早くってうるさいんだ」
ほら、不機嫌そうな海里の顔と言ったら。
「ごめん八王子、もう行くよ」
「気にしないでくれ、劇楽しみにしているよ」
こなくていいよ。
本人に面と向かってなんて言えるわけではないから廊下からそっと呟くと、海里がけどよ、と大きな独り言を始める。
「なんだよあいつ、ここ最近成にベタベタするようになってよ」
「お、嫉妬か?」
「わけないだろ」
変だから言ってんだよ、と言う海里はいかにも腫物を見るかのような目で教室を睨んでいて、客観的に見ても毛嫌いしているのがわかる。
「あいつ、成とどういう関係だよ」
「あれ、言ってなかったっけ」
なるほど、俺がどうやら伝え忘れていたらしい。一応腐っても従者を名乗っているのだ、そりゃ得体の知れない奴なんかといたら警戒だってするさ。
「八王子ってね、シンデレラの王子様なんだって」
「……なんだって?」
俺の言葉に反応し、露骨に海里の顔がけわしいものになる。そんな、般若みたいな顔にならなくてもいいじゃないか。
「この前な、打ち明けられたんだよ。自分が俺の王子様だって」
「あの八王子が……」
よっぽど意外だったのだろう。海里はけわしい表情のままうつむき、ぶつぶつと何かを唱えていた。
「……海里?」
「……いや、なんでもない」
きっと思い違いだよ、笑う海里に何か違和感を覚えたけど、きっとこれ以上は何も教えてくれないだろう。
「ほら、行くぞ」
「あ、あぁ」
掴まれた手首はそのままで、されるがままに体育館の方へ引っ張られる。
――あぁ、あと少しでお迎えに行ける。
「……!?」
「成?」
今、明らかに声がした。
「なぁ、なんか迎えに行くとか聞こえなかったか?」
「そうか? 成の空耳だろ、ほら早く」
俺の聞き間違いだったか?
拭いきれない心のしこりは、徐々に大きくなっている。
校内に響く鐘の音は、今日ばかりは一般客の合図になっていて。
去年と何も変わらなくて明らかにナニカが違う。そんな異様な文化祭が、始まった。
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