37頁:自業自得だ

「よかった……」

「綺麗だったな……」

 おぼつかない足取りで、そんな語彙力の欠片もない会話を交わす俺達は周りから見たらただの変な奴だろう。いや、けどそれだけよかったんだよ。

 ダンボールの中は光なんて何一つ入ってこない密閉された世界で、頭上に映し出されるのは科学館顔負けの星達。それに合わせて聞こえてくるのは放送部を中心とした聞き心地のいい説明と、非の打ちどころのないくらいに完璧なものだったんだ。

「特に最後のよかったよな、夏の大三角辺り」

「あぁ、あそこは臨場感が……ん?」

 ふと、そこで視界に何かが動く。

 視界と言うよりは、廊下の向こう。慌ただしく走る数人の人影はどれも大人で、その中でも一際だらしない奴に関してはそもそもとして見覚えがあった。

「あれは……美国先生?」

「本当だ、あの死んでも運動が嫌いな美国が走ってやがる」

 いや、論点はそこではないと思うのだが。

 そんな的外れな会話をしていると、あちらが俺達に気づいたらしい。ドタドタと音を立てながら走り、こちらへ近づいてきた。なんだこの、猪の突進を見ている気持ちは。 

「おい灰村、お前今変な事考えただろ」

「気のせい」

 思いっきり考えたけどな。

「まぁいい……ところでお前ら、変な奴は見なかったか?」

「変な奴?」

「いや、特には……」

 あれだけだらしないはずの美国先生が血相を変えているんだ、きっと何かあったんだろう。そう思いどうしたんですか、と聞くと美国先生は最初こそ躊躇していたが、何やらぶつぶつと口の中で言葉を転がした後でこっちだ、と俺と海里を人気のない生徒出入り用の階段へと誘導した。

「ここなら、人はこないからな」

「美国先生、本当に何が」


「堂野木に出たんだよ――童話殺しが」


「っ!?」

 空気が、世界が凍ったのをこの肌で感じた。

「誰を狙っているかは知らねぇが、この堂野木だ。無差別かもしれない」

「……」

 俺だ、俺をあいつが殺しにきたんだ。

 それがどうにも怖くて、俺の身体が小刻みに震えているのがわかった。

「……成」

「……わかっている」

 もうあの時の、あの夜の俺ではない。

 わかっているけど、身体は無意識に反応してしまうんだ。

「今教師陣で探しているが、部外者だらけの今じゃ見つけるのも苦労でな……お前らも変な奴がいたら、すぐに連絡してくれ」

 そのまま俺達を置いてその場を後にしてしまう美国先生をただ眺める事しかできず、俺も海里も呆然と立ちすくむ。

「……大丈夫、俺が守るから」

「よく言うよ、自分だって怖いくせに」

 あれだけ世間を騒がす童話殺しが近くにいて、自分達に狙いを定めている。そんな、怖くないっていう方が嘘だ。

「とりあえず、今の成は人が多いとこにいた方がいい。早く校舎の方に」


「何こんなとこでコソコソしてんだ?」


 突然、俺達以外の声が聞こえる。

「誰だ」

 俺を後ろに下げ海里が睨む、廊下の先。そこにはふらりと一つの影があって。

「…………いや、そんな警戒しなくても」

「その声……鏡也?」

 そう、そこには同じクラスの大幸鏡也が不思議そうな顔でこちらを見ていたのだ。

「お前、どうしてここに」

「それはこっちのセリフだ……いや、俺はただ今から呼子だから、ここから表に出ようと思ってだけど」

 なるほど、この通りは使われていないように見えてこういった連絡通路に使われていたのか。おいこら美国先生、場所のセレクトミスだぞ。

「なんだよなる、この世を恨んでいるような顔しやがって」

「誰のせいだよ」

 いつもみたいに笑いながら言ってやると、俺かよ、なんてふざけた言葉が返ってくる。そうだよ、お前だよ。

「二人とも、やけに仲いいな」

「なんだ海里くん、ヤキモチかい?」

「うるさい、純粋に思っただけだよ」

 こいつもこいつで、以前ほどではなくてもまた過保護になっているのが困りものだ。別に、仲よくてもいいだろ。

「それに海里、まさか忘れたのか?」

「なにが」

「仕方ないよなる、俺達が今みたいに話すようになったのもあの一件以降だしな」

「あぁ、まぁそれもそうだな」

 なんの事だよと顔をしかめる海里を、鼻で笑ってやる。こういう姿はなかなかレアだからな、見ていて楽しいよ。

「俺達と鏡也が同じ中学だって事、忘れてるだろ? 元々あの廃墟騒動から仲良くなったけど、同じクラスだったんだから覚えといてやれよ」

 そう、この鏡也は同じ中学の出身。家が近いからって理由だけで堂野木を受けたらしいこいつは、そのままズルズルと俺とこうして話してくれているってわけだ。

「あと、接点はそこまでなかったけど八王子もだよな」

「あれ、そうだっけ」

 それに関しては俺も忘れていた。

 本当に接点がなかったからだろうか、同じクラスなのはおろか顔すらも覚えていなくてなんだか申し訳ない気持ちにすらなる。

 覚えていなかったのが恥ずかしくて頬をかいて誤魔化していると、察してくれたのはそう言えばさ、と鏡也が口を開いた。

「お前ら、こんなとこでいたら危なくないか」

「え、なにが」

 逸らすためとは言え突然振られた話が何かわからず首を傾げると、なんだよなる知らないのか、と馬鹿にしたような鏡也の言葉が続く。

「童話殺しだよ、どんな奴かは知らないけど、さっき教師達が侵入したらしいって騒いでいた。こんな人が多い日だし、読み手でも無差別に殺しかねないぞ」

 そもそも俺達〈キャスト〉だけどな、なんて口が裂けても言えないやつだな。

「そんな、俺達は大丈夫だって」

「お前のそういう緩いのが命取りなんだよ、相手は正体不明の殺人鬼だぞ」 

「誰かわからないって、そんな……ん?」

 そこで、俺の中で何かが詰まる。最初は小さな疑問の種でしかなかったそれは徐々に大きくなり、確かな矛盾に変わっていく。

「……待て、ねぇ、待ってくれ」

 頭の中で、何かが違うとオレが叫んでいる。違うって、整理しろって。

 あの時の会話、あの笑いと不可解な話。


 そして――明らかにおかしい、矛盾の言葉達。


「なら、もしかして!」

「おい、成!?」

「どこ行くんだよ!」

 どうやら無意識に、身体が動いていたらしい。

 二人の心配そうな声で現実には戻ったけど、それでも俺はこの違和感を捨てる事ができなかった。

「あ、えっと……ちょっとクラスに忘れ物した!」

 我ながら無理な誤魔化しだとは思っていたけど、それでもこれしか思い浮かばなくて。

 俺は二人の方なんか振り返らずに、教室とは反対の方へと走り出した。


 ***


 文化祭の立ち入り禁止線を飛び越えて、ハツカネズミ研究会の扉を勢いよく開ける。

 今回はどこも展示に使っていないらしくがらんとしたそこは静かで、いつもの騒がしさは嘘のようだった。

「えっと……シ、シ、シン……あった」

 他には目もくれず向かった本棚の、とある一角。そこには金色のエンボス加工された文字でシンデレラ、と書かれていた。

「俺の……〈トラウマ〉の話」

 思えば居候なのに一度も、シンデレラの本を読んだ事がなかった。

 パラパラとめくったそれはどうやら解説とかもついた考察本らしくて、厚みこそあるけど最初は普通のシンデレラが載っている。

 みすぼらしい格好から、仙女に助けられて一発逆転。誰もが羨むシンデレラストーリーが、そこにはある。

「まぁ、記憶になんてないけどさ」

 特にここ、ガラスの靴の描写。

 そんな冷たい靴を履いていれば、嫌だって覚えていると俺は思うんだけどな。

「……じゃなくて、えっと」

 そう、俺はそこを見たくてきたのではない。もう少し前のページの、とある描写。

 そこを読み込めば読み込むほど俺の中の矛盾は確信に変わっていき、絡まっていた紐達はゆっくりと解けていく。

「あぁ、やっぱり」

 そうか、道理で引っかかったんだ。

 解けた事によりスッキリしたはいいけど、それでもまだ疑問は残っている。どうして、『あいつ』があんな事をしたのか。

 それがわからずパラパラとページをめくってみたけど、解説に書いてあるのはごく一般的な解釈と作者のペローについて。

 わかりきった事だからとしばらく読み飛ばしていたが、ふととあるとこで自然と手が止まってしまう。

「……ん、これって」

 解説を挟んだ、次のページ。 

 やけに残りページが多いと思えば、どうやらもう一つ話が収録されていたらしい。

 そこには表紙ほどの精巧なものではないが、静かに冷たく、文字が踊っていた。

「これって……」


 ガタッ


 ページに手を伸ばした瞬間、何やら外から物音が聞こえる。どうせ、俺の事を探しにきた海里だろう。

「なんだよ……お前俺に発信機でも付けてるのか?」

 そんな冗談を言いながら、扉に手をかける。そう……そこで、怪しめばよかった。開けなければよかったんだ。

「なぁ、なんとか言えって海里」


「あぁ、ようやく一人になってくれたね――灰かぶりの、お坊ちゃん?」


「え……?」

 最後に耳に残ったのは、やけに民族的な……そんな笛の音だった。







 

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