31頁:もしかしての答えの話
騒がしさは増す中でぽっかりと心に穴が置いた俺は、クラスの準備の傍らハツカネズミ研究会にも顔を出していた。
そんな日々が続く、ある日。
「お前らまずは題材から決めるぞ」
美国先生のだるそうな声が響くハツカネズミ研究会には、珍しくメンバー五人が顔を揃えていた。兼部や委員会に入っている奴が多いためになかなか話ができず、結局予定の話ができる今日に全部決めようとなったわけだ。
「僕は当然ながら、監督だろ」
「月乃はうさぎー!」
「おいクズ会長と副会長、今は題材決めだ」
出鼻からくじいてるけどな。
「はい、先生」
「なんだ赤嶺」
「私は狼のお腹の中に入った経験のある赤ずきんをやりたいです」
「実体験」
嫌だよ、そんな生々しい演劇をやるなんて。
薄々気づいてはいたが言いたい放題のハツカネズミ研究会に溜息をつくと、美国先生は突然俺の方を向き目を細めていた。あぁ、嫌な予感。
「新入りはどうだ、案あるか?」
ほら見ろ、俺に話が振られてきた。
「裏方で」
「題材の話って言ってんだろ」
もう題材とかどうでもいいから裏方に回してくれ。その一心で出した希望は通す以前の問題で、話はまったく進まない状態だ。
「じゃあ美国先生、こんなのはどうだ?」
普段以上にねっとりと紡がれた言葉にそれぞれ会長を見ると、本人はいかにもと言いたそうな顔でいわゆるドヤ顔をしていた。
「各々ゆかりのキャラの関係者として配役に置き、その童話に関しての説明をする。僕を語り部にすれば自然だし、活動も表向きのものにあっているからいいのではと僕は思うが」
「なるほど……」
本人ならさすがにだめだが、ゆかりの人間って役の独白とかならまだいいかもしれない。それなら、シンデレラに関して詳しくわかっていない俺だってできる気がする。
「俺はいいと思う」
「月乃もー!」
「成がそう言うなら」
「真紅も文句はございません」
「んじゃ、決まりか」
六人満場一致で、そうと決まれば話は早い。
みんなやりたい役をそれぞれ言いながらあぁでもないこうでもないと盛り上がり、小道具などの相談も始めていた。人がいる時にしか話せないからって、ちょっと急じゃないか?
「俺は仙女って言いたいけど……あれは女か」
さすがに全校生徒の前で女装を晒す勇気はないからな。
「無難なのは王子様のお使い辺りかな……会長は結局どうするんだ?」
「ん? 僕かい?」
海里も月乃も、真紅もやりたい役をそれぞれ言う中で聞こえてこない会長の希望が知りたくて、俺はくるりと奥の机に目線を移す。
「会長以外に誰がいるんだよ、お前の希望が俺は聞きたいの」
少し不服そうな顔を作り目を細めると、会長は静かに笑い――
「じゃあ僕は……世界を掌握する創造神なんてどうかな、もちろん冗談だけど」
そんな言い方をする顔は、どこか寂しそうだった。
***
「……なぁ、会長」
それぞれどこの部活も帰り支度を始め、研究会の面子も小道具の材料調達に行ってしまったそんな時。
唯一残っていた俺と会長は、茜色に染まる世界を窓越しに眺めていた。
「なんだ」
「……いや、さ」
どう言えばいいのかわからない。
ここ数日で思っていた言葉は俺の中で膨らみ、どうしようもないくらいに叫び声を上げている。お前の言葉を、ぶつけろって。
「もったいぶらなくていい、言いたい事を言え」
「っ……」
本人にそんな事を言われては、何も返せないじゃないか。
「……怒らないでくれよ」
なるべく波風たてないように笑い、一つ一つ選ぶように言葉を紡ぐ。
「ここ数日、ずっと考えていたんだ……会長の今までの言動や、意味深な話を」
「……」
「それから美国先生の持ってきた資料、あれには〈アクター〉の事が書かれていたけど……俺、思ったんだ」
会長からストレートな返答はないけど、言葉は止めない。俺が思った事を、知りたい事を伝えるために。
「会長が……〈アクター〉なんじゃないか?」
「……どうしてそう思う?」
「いや、それは……」
反論も肯定もされず理由を聞かれると、反応に困ってしまう。
どうして、と言うと答えは単純。あまりにも美国先生のまとめた資料が、会長の事を指しているからだ。
残虐な作品になる傾向があり、それ以外はなんら〈キャスト〉と変わりない事。どちらかと言うとグリスそのものである事。
言われてみれば、グリム兄弟の生み出した世界達は他の童話に比べてどこかホラーチックなものがある。
「馬鹿、あれは美国先生のでまかせで」
「でまかせにしては、できすぎている」
声を遮り、繋げるように言葉を投げつける。
「それに会長……〈アクター〉は確かに〈キャスト〉と変わりないってあるけど、誰も〈キャスト〉だとは断言していない」
「……その通りだな」
そう、〈キャスト〉であると明確に断言されていない以上、状況はすべて会長が〈アクター〉だと言っているんだ。
「だが灰村、その推論が正しいとなると僕はなぜお前にそれを言わなかったのだ? 童話殺しに狙われていない僕には、隠す理由がないぞ」
「そ、それは……」
「それに、童話はグリム以外だってじゅうぶんに残虐なものがある……灰村だって、知っているはずだが」
「うっ……」
綺麗に言葉を並べたつもりだったけど、どうやら俺の負けのようだ。
「話はそれだけか?」
「……あぁ」
今の声は自分でもわかる、明らかに機嫌が悪い声だったよ。
不貞腐れながら小道具の材料調達に行った三人と教師一人の事を思い出し、俺は何事もなかったかのようにここから目線を逸らす。そんな、大見得張って言ったのに的外れだったんだから気まずいったらありゃしないさ。
「灰村」
「……なに」
せっかく俺から離れてやろうと思ったのに、あちらから声をかけられては答えるしかない。
顔をしかめながら目線を動かすと、俺を真剣に見つめる会長の姿があり。
「お前は、そのままであってくれよ」
「……そういうのが、怪しいんだよ」
これ以上はきっとイエスもノーも答えてはくれないだろうけど、それでも知りたくて。
俺は皮肉を込めて、会長の事を鼻で笑ってやった。それはもう、馬鹿みたいにさ。
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