30頁:ハローハロー助言者

「はいむら……聞いてるか、灰村」

「あ……な、なに?」

 翌日の、堂野木高校二年八組。

 賑やかに笑い声が響く教室で昨日の研究会での事を思い出していた俺は、突然かけられた声に目を白黒させていた。

「話、聞いてたか」

「えっと……ご、ごめん」

「ったく……文化祭、希望が出てないのお前だけだぞ」

「嘘だろ!?」

 机の上を見ると、確かにそこには文化祭役割希望調査、と書かれた紙が置かれており俺にじっと目線を合わせてくる。もちろん、本当に目があるわけじゃないけど。

「いつの間に……」

「すまん、オレが置いた」

「しばく」

 後ろの席の同級生に、舌打ち一回。

 置いたなら置いたで、一言くれてもよかっただろ。

「ほら、早く」

「ごめん、もう少し待ってくれ。すぐ書くから」

 筆箱から適当に筆記具を取り出して名前を書く。あぁ、忘れていたよ。

「……海里」

「……」

「おい、海里」

「なんだガラスカメレオン」

「たまにはちゃんと呼べどら猫」

 斜め前に座る海里は俺に呼ばれたからかいかにもめんどくさそうな顔を作ると、あくびをお供にこちらを一瞥してきた。

「いや、研究会って結局どうなったんだっけと思ってさ。それでクラスの希望も変わるし」

「あぁ、多分全員参加だろうな」

「だよなぁ……」

 結局演劇に決まったハツカネズミ研究会の出し物は、あのまま〈アクター〉の話に移ったためそれ以上の話にはならなかった。正直な話出ないなら出ないで完結させたいが、海里の話を聞くとそうにもいかないらしい。

「んん……ごめん八王子はちおうじ、俺裏方がいいんだが」

「個人的には灰村って目立つから呼子をと思ったけど……わかった、調整してみる」

 俺に八王子と呼ばれた水色の髪のそいつは優しそうな笑顔を浮かべると、俺の机に置いてあった用紙を流れるように回収していく。海里もそうだけど、八王子の場合はクラス長も兼任しているからすごいものだ。俺なら絶対できない、断言できるよ。

「なんだよ八王子、なるには優しいよな」

「灰村はお前と違ってクラス外の活動があるからだよ……大幸おおこう

 八王子とは正反対のオレンジがかった髪をかきあげ楽しそうに笑う鏡也は、いいよな、なんて呟きながら俺を見てきた。 

「えっと……悪いな鏡也きょうや

「灰村はクラス外のがあるんだから、謝らなくていいんだ」

「やっぱ甘い」

「大幸」

 どうやら鏡也は、かなりハードな役割を押し付けられているらしい。二人の様子を見ながら心の中で感謝の言葉とか投げて、クスリと笑う。そういう奴のおかげで俺達はクラス外の準備ができるからな。

「じゃあこれで、全員分だね」

 俺の机から流れるように用紙を取ると、ふわりと笑いクラスの全員に残り時間は自習だと伝える。本当に、このクラス長は人間ができている。

「あぁそうだ、灰村」

「なんだ?」

 そんな中でさっきの話に続けるように呼び止められ八王子を見ると、何やらもじもじとしながらワックスがけが綺麗にされた床を見ていた。

「どうした?」

「いや、ちょっと話があってさ」

「おぉ?」

 八王子との関係はどちらかと言うと、クラスの友人ってだけでそれ以上でもそれ以下でもない。そんな俺に、一体どんな話だろうか。

「灰村がいいんだ……今日、裏庭で待っている。一人できてくれ」

「一人って」

「待ってるから」

「ちょ、話はまだ!」

「どうした成、さっきから大声出して」

 あからさまに嫌そうな顔を向けてくる海里になんて言おうか考えていると、すでに八王子はどこかに言ってしまっていて。

「おい、八王子……!」

 答えのわからないままの俺は、叫ぶ事しかできなかった。


 ***


 授業も終わり、さらに部活動も早い場所は帰り支度を始める、そんな時間。

 俺はハツカネズミ研究会のメンバーの目を盗み、堂野木高校の裏庭にきていた。

「ごめんね、急に呼び出したりして」

「いや、俺こそ遅れてごめん」

 俺を呼び出した張本人で先客の八王子ににへらと笑うと、いやさ、と言葉を続ける。

「なかなかあいつらから逃げられなくてさ」

「ハツカネズミ研究会、だっけ……そういえばあれだけ仲が悪かった長日部とも、ここ最近一緒にいるもんね」

「そこはノーコメントでいかせてくれ」

 元々幼馴染みなのは周知の事実だったが、それでもやっぱりここ最近の絡みには疑問に思っていたらしい。そんな、実はずっと守ってもらっていましたなんて言えないだろ。

「そうなんだ……まぁいいや、今日は灰村に話があるから」

「そうだよ、俺に話ってなんだ?」

 今日呼ばれたのは他でもない、こいつの話ってやつだ。

「俺なんかで力になれるかはわからないけど」

「……君は昔から、優しいね」

「え?」

 含みのある言い方に首を傾げると、八王子は楽しそうに目を細めてくる。昔からって、俺はこいつとそこまで深く交流を持っていないぞ。

「本当に、覚えていなんだね」

「覚えてないって……なぁ八王子、お前は何を」

 俺の何を、知っているんだ。

「そうだね、まだ名乗っていなかったよ」

 ごめんね、と呟きながら恭しく頭を下げると、流れるように俺の前で八王子は跪く。それはもう、王子様のように。


「僕は八王子光斗はちおうじこうと……シンデレラに登場する王子様の〈キャスト〉で、君に恋をした人間さ」


「っ……!」

 きっと俺を怖がらせないように優しく微笑んだそいつを見れば見るほど、逆に俺の中で謎になって大きくなる。

「なんで、俺が〈キャスト〉だって……!」

 俺は、ハツカネズミ研究会に関わった奴以外に〈キャスト〉だとは明言していない。なのに、どうして八王子は俺がシンデレラの〈キャスト〉だと知っているんだ。

「簡単な話だよ……灰村が落としてしまった靴を思い会えない苦しみに包まれたのが、僕の〈トラウマ〉。おかげで人を探すのはお手の物でね」

 探してみたら灰村でびっくりしたよ、なんて笑う八王子は立ち上がりながらふにゃりと笑う。断片的にしかない王子の記憶はこいつの事を覚えていないからどうにも言えないけど、それでも本人が言うのだから本当なのだろう。

「けど、なんでそんな奴がいまさら……」

「そう、そこで本題に入るんだけど」

 一拍置いて、八王子の表情は真剣なものになる。

「灰村、誰かに喧嘩売った?」

「……藪から棒すぎないか」

 あいにくだけど、俺は喧嘩売るほどやさぐれてもないし強くもないからな。

「いや、さ……」

 そんな俺の反応を見てだろうか。八王子は目線を下へ落とすと、言葉を口の中で転がしていた。

「この前知らない生徒に尋ねられたんだ……君の、灰村が普段どんな生徒でどれくらいの時間に学校を出るかって」

「それって……!」 

 明らかに、俺の事を調べている。

 ここ最近で身辺を嗅ぎ回れるとしたら――心当たりは、一つしかない。

「童話、殺し……!」

 動き始めたんだ。あいつが、俺を殺すために。

「童話殺しって、どうして灰村からそんな名前が」

「いや、八王子には関係が」

「ある!」

 有無を言わさないその言葉に目を丸くすると、ごめん、と小さく謝られる。

「けど、そんな事言わないでくれ。僕は君の助けになりたいんだ」

「けど俺、男だし」

「それでも、シンデレラだ」

 ぐうの音も出ないその言葉に肩をすくめると、俺は観念して事情を吐き出す。あの日の夜の事もハツカネズミ研究会に入った経緯も、それから海里との事も。

「……なるほどな、それにしてもあいつ長靴をはいた猫だったのか」

「ごめん海里……」

 流れに乗り言ってしまったけど、余分だった気がする。

「けど、灰村も災難だったね」

「まったくだよ」

 この数ヶ月で、俺の周りは大きく変わった。それが災難かと聞かれると、答えはイエス以外の他でもない。

 肩を落として乾いた笑いを浮かべていると、けど灰村、と俺に顔を近づけてくる。

「しばらくは文化祭で校内もドタバタしている……人が多く出入りするだろうから、周りには気をつけた方がいい」

「……」

 その通りだ。この文化祭に動き始めたのが、何よりの証拠。きっとあいつは、この文化祭の騒ぎに乗じて俺を狙ってくるだろう。

「何かあったらすぐに言ってくれよ、僕は君の……シンデレラの力になりたいんだ」

「……ありがとう、八王子」

 夕日に照らされる裏庭で交わされたその言葉は、どうしてだか俺の心にひどく絡みつき離れてくれる様子はなかった。




 

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