29頁:気のせいと違和感
普段研究会には設置されていないホワイトボードには、黒と青で目が回りそうなほどの言葉が躍っている。
演劇、展示、屋台に縁日。
どれもこれもオーソドックスな文化祭の出し物で、さっき教室でも散々見てきたものだ。
「さぁ、どれがいいんだい」
「どれも嫌です」
「新入りはずいぶんと辛辣だな」
興味がないから仕方ないだろ、ただでさえクラスの事でうんざりしているのだから。
「そもそも、これのどこが活動に関する出し物なんだよ。屋台に縁日とか無縁すぎだろ」
「ここに無理やりねじ込むの!」
「先輩わかってないですね」
「わかりたくもないな」
文化祭の出店は、何もクラスに限ったものではない。部活や同好会、研究会だって例外なく出していいのだが……まさかハツカネズミ研究会も出るなんて、そんなの想像すらしてなかったよ。
「バスケ部の時もやったけど、あれって確か部活のアピールも兼ねているから出すならその活動に沿ってなきゃだめなんだろ? まさか〈キャスト〉についてとは言わないよな」
ここ最近他の〈キャスト〉と交流が多くて忘れてしまいそうだったが、本来〈キャスト〉は静かに読み手の中で生きているものだ。大っぴらに〈キャスト〉の生活を手助けしてますなんてそんな、言えるわけがない。
「安心しろ、そこまで僕達も馬鹿ではない」
「研究会は表向きね、童話の保存に関して活動しているの。だからだいじょーぶ!」
何が大丈夫かはまったくわからないが、二人がそう言うのなら俺は何も言わないぞ。触らぬグリムに祟りなし。それがハツカネズミ研究会で、俺が学習した一番の事。
「それでも童話が絡むものなんて、たかが知れているよ」
「じゃあ、なるるんのクラスは何になったの?」
「俺のとこ?」
唐突に振られた話題はあまりにも飛躍していて、目を白黒させる。
二年の出し物なんて、大して面白くないと思うから。
「それはな」
「答えるな海里」
俺のそんな言葉はもちろん無視。お前俺の事を気にかけているって言うけど、絶対にまだ嫌いだろ。俺だって好きじゃないけど。
「教えてやるよ、真紅」
手をまるでお化けのようにひらひらすると、にやりと脅かすように悪い笑みを浮かべていた。
「お化け屋敷だよ、それもとびっきり怖い迷路が一緒になったな」
「生徒会からストップが入らないか心配ですね」
「安心しろ、僕が許す」
「職権乱用」
働け生徒会長。
「じゃあお化け屋敷はパスだねー」
「僕達のクラスは唐揚げの屋台だから、それもパスだな」
「そんな、被ってもいいだろ別に」
「気分的に嫌じゃないですか?」
「あっ、はい」
ホワイトボードに書かれていた文字達に次々とバツが書かれ、どんどん選択肢が削られていく。
お化け屋敷は俺と海里のクラス。
屋台は会長と月乃のクラス。
宝探しゲームは真紅のクラス。
ついでに言うと、縁日のヨーヨー釣りは美国先生の担当するクラス。
「って、ほとんど埋まったじゃないか」
候補で残っているのと言ったら、後は演劇と展示くらいだ。
「よし、じゃあ演劇だな」
「流れるように決まったぞ」
「うちは展示ができないからな」
ほら、なんて言いながら会長が指差す先には、貴重な童話達の初版本。確かに、この部屋に研究会以外の人間を入れてはむやみやたらに触られてしまいそうで怖いものがある。
「ん……よし決まったか」
「あぁ、美国が寝ている間にな」
「そんな事言うなって、長日部」
いかにも寝起きですと言いたげな先生は、腰を伸ばすと深く溜息をつきじゃあ、と小さく呟いた。
「そうだな、ついでの話をしよう」
なんて、悪だくみしている様子で渡されたのは紙の束。
真っ白なわら半紙に印刷されたそれは大量のインクで文字が染みついていて、細かな文字はその白い世界を真っ黒に染め上げてしまいそうな質量をしていた。
「これは……」
「ほらよ、宮澤に頼まれていた書類だ」
「助かる」
何を頼んでいたのか気になり覗き込むと、お前も見ろと会長に紙の束を指さされる。そこそこの重量がある束は分厚く、ずっしりと俺の両手にのしかかってきた。
「重い……」
「そりゃ、徹夜で調べてやったからな」
そこまでして調べる事なのかと感じつつ渡された束にそっとなぞり目を滑らせ、紙に書かれた文字に俺は目を丸くする。そこに書いてあったのは、間違うはずがないもので――
『〈アクター〉について』
「これって……!」
そこに書かれているのは確かに、俺が知りたい言葉が書かれていたワード。童話殺しの、探し物。
「僕もただ座っているわけではないからな、少なくとも今以上の情報は手に入るはずだ」
なんだか話を綺麗にまとめられているけど、まとめたのは美国先生だからな。
この紙の厚さだ、核心をつくものはないにしても何かヒントはあるはずだ。そんな事を考えると、胸の鼓動が早く聞こえる。
「美国先生、これって中見ても」
「好きにしろ」
強く握りしめて、深呼吸。
俺はそっとその一枚目に手を伸ばし、二枚目三枚目の紙に目を通した。
「えっと、〈アクター〉は〈キャスト〉の中でもさらに異質な存在で謎が多い……その〈トラウマ〉は、もはや呪いであるって……」
書かれた文字はひどく単調で、冷たささえ感じる。
何もかも会長から最初に聞いたものと同じ事が書かれた紙の上を視線が滑り流れていく。特にめぼしいものはなく溜息をつくと、ふと目に止まったのは小さな一文で。
――この〈キャスト〉は、童話の真実を変えてしまう脅威にもなりえる。
「童話の真実を変えてしまう、脅威……」
そんな、不穏な言葉がやけに目に焼き付く。
俺は〈キャスト〉だけではなく童話自体の平和すらも脅かす、それほどのもののせいで狙われていたのか。
「あとは……」
束ねられた紙をめくり、中を一つ一つ読む。〈アクター〉が認識されたのは明確にはわかっていないが、どうやら〈キャスト〉が認識される頃にはすでにいたらしい。それまでは〈悪魔〉と呼ばれ、忌み嫌われていた。
基本的に残虐な作品になる傾向があり、それ以外はなんら〈キャスト〉と変わりない。むしろ、読み手に近いものがある。
その考えは、どちらかと言うとグリスそのものだって。
「……グリム、そのもの?」
もしかして、まさか〈アクター〉って――
「もういいだろ」
「あっ……!」
後ろから紙を奪われたかと思うと、海里と会長がいかにもめんどくさそうな顔で俺の事を見下ろしていた。なんだよ、俺は必死なんだ。
「美国……成をいじめるのもほどほどにしてくれ」
「えっ」
「そうです、一応こいつはうちの大切なシンデレラなので……怖がらせるような煽り文を書かれては困ります」
「あ、バレた?」
「えっ!?」
待て待て、じゃあ俺が見せられたのは全部嘘ってのか?
「そりゃ……それはあんまりだよ!」
「ほら見ろ」
「なるるん泣きべそー」
「先輩ぴーぴーです」
「うるさいそこ!」
なんだこれ、総出で俺をからかっているだけじゃないか。
ついていけないと思い鞄を手荷物と、帰りますと呟いて溜息をついた。
「機嫌直せって」
「無理です」
ここまで言われて、戻す方が難しいだろ。
「……じゃあ一つ、歳上の話は聞けって」
「……なんですか」
そんな中で突然かけられた声に顔を向けると、ひどくめんどくさそうに……けど真剣な顔で、美国先生は俺を見ていて。
「案外脅威ってのは近くにあるからな……灰村成」
「……肝に、命じます」
異様に冷たく、他人事で。
そんな美国先生の言葉が、俺の心に深くしこりを作っていた。
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