四章 どっちの王子ショー
28頁:両方参加は大前提
シンデレラ。
むかしむかしあるところに、灰かぶりと呼ばれる娘がいた。
本来貴族の娘であった彼女は意地悪な継母とその連れ子となる二人の義理の姉から妬まれ、召使同然の生活を強いられていた。
そんなある日、城に住む王子様が舞踏会を開くらしく二人の義理の姉は着飾って出かける準備をしている。もちろん、王子様に見初められたくた。
シンデレラも行きたいと申し出たが連れて行ってもらえず、彼女は一人部屋の掃除をしながら寂しく泣き出してしまった。
その瞬間、シンデレラの前に仙女が魔法の杖を手に現れ舞踏会に行くための美しいドレスやかぼちゃの馬車、そして美しく輝くガラスの靴を用意してくれる。
これで行けると喜ぶシンデレラに、彼女は一つだけ助言をした。
「十二時を過ぎると、ドレスも馬車も元の継ぎ接ぎに戻ってしまう……だから必ず、十二時までには戻るようにしなさい」
シンデレラは助言を守ると約束して、大喜びで舞踏会へ出かけた。
さて、舞踏会に着いた美しいシンデレラはたちまちみんなの注目を集める。
王子様も例外ではなく、踊りに誘い彼女の虜になっていった。そうして夢のような時間を過ごしているうちに、シンデレラは時の経つのも忘れてしまっていた。
案の定気がつくと、時計が十二時を打ち始めている。
仙女との約束を思い出したシンデレラは、王子様の手を振り払い駆け出した。
まだシンデレラがどこの誰だか聞いていなかった王子様は、引き留めようとしたがシンデレラはあっという間に消えてしまいまいわからないままになってしまう。
後にはシンデレラが履いていた美しいガラスの靴が片一方だけ、取り残されていた。
しかし、王子様だって黙ってるだけではない。
どうにかしてあの舞踏会の女性を探し出そうと、おふれを出したのだ。ガラスの靴がぴったり合う女性を自分の妻にする、というとびっきりのおふれを。
それに便乗した身分の高い女性達は、王子様のお使いがいる街の広場で次々にガラスの靴を試してみたがガラスの靴がぴったり合う女性はいるわけもなく。シンデレラの義理の姉達もどうにかしてガラスの靴を履こうと無理をしたが、それも当然ながら無理な話だった。
途方に暮れていた王子様のお使いの元へシンデレラが現れ、私にも試させていただけませんか、と申し出た。義理の姉達は召使風情が何を言うか、と大笑いをしたが王子様の命令はすべての娘に試させるように、というものだったためお使いはシンデレラにも履かせる事にした。
すると、どうだろうか。ガラスの靴はまるであつらえたようにぴったりだったのだ。
シンデレラはおずおずともう片一方をポケットから取り出し、そっと足を入れる。
お使いは、この方こそ王子様の探しておられた女性だ、と言ってシンデレラをお城へ連れ行く。
王子様はたいそう喜び、数日後にシンデレラと結婚式をあげる事になった。心優しいシンデレラは、今までの意地悪を詫びた義理の姉たちを許し幸せに暮らしたとさ。
***
「おはようございますー」
「あっ、なるるん!」
豆原の一件も落ち着いた、そんなある日。
普段より幾分か騒がしい校舎を抜け研究会に顔を出した俺は、見慣れない男の人影が座っているのに気づく。
藍色の髪をオールバックにキメてスーツはだるだる。ネクタイだってまともに締めてなくお世辞にも清潔とは言えない出で立ちのそいつは、紫色の瞳で書類の束に目を通していた。
「遅いです、先輩」
「悪い、文化祭の候補が決まらなくてさ」
そう、この堂野木高校でもっともと言っても過言ではない盛り上がりを誇る文化祭まで、あと二ヵ月。どのクラスも準備に取り掛かる校内では俺のクラスももちろん例外ではなくて、さっきもお化け屋敷にするか喫茶店にするかでもめていたところだ。
「なるるん、かっくんは?」
「あいつは文化祭実行委員だから、そっちに顔出してからくるって……えっと」
「なるほど、長日部がいないのなら変なツッコミも入らないな」
「いや、誰」
「それでは早速だが宮澤からの調査依頼について」
「だから誰!?」
俺の事なんか知らぬ顔で進んでしまう会話に声を荒げれば、そいつはいかにもめんどくさそうな顔で俺を一瞥しおい、と呻るような声を漏らした。
「なんだ宮澤、こいつが言っていた例の新入りか?」
「うるさい犬で申し訳ない」
「誰が犬だって」
少なくとも、俺は犬じゃないぞ。
不服そうな表情を作り睨んでみれば、本人は気にしていないと言わんばかりに鼻で俺の事を笑っていた。
「けどおれも、しばらく顔を出していないのが悪かったな……」
立ち上がって背伸びを一回、おまけに屈伸運動までして完全に身体をほぐしてから溜息をつく。
「おれは三年社会科教員の
「みにくいアヒルの子って……」
俺達と同じ〈キャスト〉になるその童話は、幼稚園で嫌と言うほど聞かされていた話の一つ。
他のアヒルの中で唯一薄汚い灰色の羽毛で生まれたひなは、周りのアヒルから仲間はずれにされる事が耐えられなくなり家族の元から逃げ出す。しかし他の群れでも醜いといじめられながら一冬を過ごし疲れ切ったひなは白鳥の群れに出会い、そこで自分が大人になっていた事とアヒルではなく白鳥であった事を初めて知るのだ。
「そうそう、そのみにくいアヒルがおれ」
ずいぶんと態度がでかいアヒルの子だな、感情移入の欠片もできないぞ。
「それにしても……シンデレラなぁ」
「……?」
不気味に口角を吊り上げると、美国先生は静かに立ち上がり俺の方へゆっくりと向かってくる。それがなんだか怖くて、嫌な汗が額を流れ落ちる。
同じ〈キャスト〉なのに、同じ人間なのに何かが違う。そんな謎の恐怖で感情が支配されている俺を楽しそうに見下ろすと、突然なんの前触れもなく右手で俺の頬を掴んできた。
「んぐっ!?」
「へぇ……〈キャスト〉の癖にずいぶん初々しい反応をするんだな、まるで読み手だ」
そりゃ、最近まで読み手に溶け込んでいたんだ。この空間にいるのもいまだに慣れないし、正直怖いものだらけだ。
「ほっぺたもちもちじゃないか、面白れぇ」
「いはいやめほ!」
「あまりいじめないでなってくれよ、美国先生」
「そうだよみっくんせんせー、なるるんには怖い番犬がいるんだよ!」
「がおー、です!」
思っていた以上に掴む力が強くて、ただでさえ掴まれて歪んでいる顔が余計に歪んでしまう。おまけにそこ三人は絶対遊んでいるだろ、本気で痛いんだこれ。
「おまけによく伸びる」
「いはいって!」
「痛いかそうか……ん? 目の色も変わるのか、見せろ」
「っ!?」
その一言に、悪寒が背筋を走った。
見せろと言うが、こいつは明らかに見ると言うよりは俺の眼球に触ろうと手を伸ばしている。そんな事をされては、どう考えても無傷では済まない。
「やは、やめお!」
「そんな怯えるな、ちょっとちくっとするだけだからよ」
ちくっとどころかごりっとすると思うんだけど、気のせいだろうか。
ごあいにく俺はちくっともごりっとも嫌なんだ、どうにかしてこの状況を打開しなきゃいけない。
「ほれ、逃げるな」
さっきよりも引き寄せられ、逃げる事ができない。
「ぐっ……!」
やばい、このままじゃ眼球抉られる。
ならばせめてもの抵抗で、顔を逸らして楽しそうな笑顔を見えないようにした、が。
『我が主人は、鬼城と共に』
瞬間、俺と美国先生の間を縫うかのように薄緑色の壁が現れる。
「これは……」
もう驚かない、だってこの数週間で散々見てきたものだから。
そんな事を思いながらそっと壁を撫でると、今度は勢いよく後ろに引っ張られ、何かに身体がぶつかる。あぁうん、誰か確信したよ。
「それ以上はやめてくれ、美国」
「……遅いんだよ、文化祭実行委員さんよ」
俺の幼馴染み兼犬猿の仲……そして最近俺の従者って称号も増えた海里は威嚇するように美国先生を見ると、猫とは思えないくらいに低い唸り声を喉の奥から鳴らしていた。これじゃ、犬は海里の方だ。
「宮澤から噂には聞いていたが……かなり可愛がられているようだな」
「えっと……」
「美国?」
「冗談だよ、そんな毛を逆立てるなドラ猫ちゃんよ」
ゲラゲラと下品に笑う美国先生は両手を上げると、ご挨拶だよ、と俺に呟いて部屋の中をぐるりと見渡す。
「まぁいい、久々にメンバーも全員揃ってんだ……時期も時期だしおれ達もそろそろ話そうか」
「話そうって……さっきの、会長からの依頼とか」
「そいつはついでだ」
会長からの頼みをついで扱いできるのは、そうそういないと俺は思う。
目の前の教師に恐怖心八割驚き二割の感情を持ちつつ話を聞いていると、美国先生はそんな難しい事じゃないなんて言いながら楽しそうに俺達に笑って見せた。
「ハツカネズミ研究会の、文化祭についてだよ」
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