21頁:必殺セルフ背水の陣

 ジャックと豆の木。

 イギリスが起源の伝承であり、現在日本で有名なのはジョゼフ・ジェイコブスが民話集に収録したものとされている。

 ジャックは幼い頃に空からきた巨人に父親を食べられた少年で、母と二人牛のミルクを絞り貧しい生活を送っていた。

 けれどもその牛も年老いミルクが出なくなったため、母は牛を手放し牛を売ってお金にかえるよう、ジャックに町へ行くよう伝える。

 言われた通り町へ行く途中、ジャックはとある老人にその牛と植物の種を交換しないかと持ちかけられ交換してしまい、母は怒って豆を窓から外に投げ捨ててしまう。

 次の日、ジャックが外へ出るとその投げ捨てられた豆が成長し、一晩のうちに天まで伸びていたのだ。

 ジャックが興味本位で豆の木を登ると、雲の上にある巨人の城にたどりつく。城で出会った巨人の妻はジャックに、夫はオーガだから早く逃げるよう伝えるがタイミング悪く巨人が帰ってきてしまう。


「美味そうな人間の匂いがするぞ」

「馬鹿を言い、昨日食べた人間の匂いが、きっと鼻に残っているんだい」


 巨人の妻のおかげで隠れていたジャックは巨人が寝た後、たまたまいた金の卵を産む鶏を手に持ち豆の木を降りる。そして後日、また豆の木を登り金と銀の入った袋を奪いしばらくはいい生活を送る事ができた。

 しかしそのまた後日、今度は美しい音色を奏でるハープを持ち出そうとするが、なんとそのハープが喋り出し巨人を起こしてしまう。


「助けてくださいご主人様、ご主人様!」


 急いで豆の木を降り家に帰ったジャックは豆の木を斧で切り、追ってきていた巨人を落として殺してしまう。人から奪って掴んだ幸せに意味がないと知ったジャックは真面目に働くようになり、母と共に幸せに暮らしたとさ。


 ***


 駅前のシャッター街で静かに営業を続ける、フランチャイズのファミリーレストラン。

 そこの奥に設置されたボックス席で俺と海里、そしてテーブルを挟んだ向こう側に豆原が座りジュースを喉に流し込んでいた。何も知らない人から見れば、まるで修羅場か何かだ。実際は、誰も喋らないのが原因だけど。

「改めて……俺は長日部海里、ハツカネズミ研究会の準メンバーで長靴をはいた猫の〈キャスト〉だ」

「お前準メンバーだったんだな」

「成も自己紹介しろ」

「はいはい……俺は灰村成、一応ハツカネズミ研究会の居候」

「灰村くんも、やっぱりハツカネズミ研究会のメンバーなんだね」

「まぁな」

 すごい不本意だけど。

「僕は豆原貴一、灰村くんのお察し通りジャックと豆の木の主人公、ジャックの〈キャスト〉だよ」

 豆原は汗ばんだグラスに注がれたアイスコーヒーを青い瞳で見つめると、ひどく単調に静かに語り始めた。

「ジャックと豆の木は、有名な童話だ……だからすぐに〈克服〉はできると思っていたんだ、けど……」

「上手くできなかった、と」

「……そう」

 結論をまとめた海里の言葉に首を動かすと、豆原は悲しそうに俺達を見ていた。くしゃくしゃなくせっ毛が目にかかり、その表情すらも隠す。

「だから、ハツカネズミ研究会ならきっと、〈克服〉を助けてくれるんじゃないかって思って」

「そんなにあの会長は親切じゃないぞ」

「おい、海里」

 あまりにも慈愛のない言葉達に、さすがの俺も見ていられず横っ腹を殴る。確かに海里の言う事はもっともだが、今豆原にそれを言うのは可哀想すぎる。

「えっと、豆原はやっぱり〈克服〉したいんだよな」

「当たり前だろ、何を言っているんだ」

 ごめんな、俺はその当たり前がわからない〈キャスト〉なんだ。

「えっと……じゃあ、その問題の〈トラウマ〉について教えてほしいんだけど」

「引き受けてくれるのかい!?」

「あ、いやとりあえず無料相談的な」

「だから口約束はやめろと言ってるだろ」

 あぁもう、うるさいうるさい。

 俺だって研究会にいなかったらこんなの無視してるさ、けど居候なんだから仕方ないだろ。

「僕の〈トラウマ〉はこれだよ――『天まで行ったら落ちるだけ』」

「ちょ、待て店の中じゃ危、ない……?」

 突然読み手もいる中で使おうとするから思わず止めたが、目の前に飛び込んできたその光景に俺は止めるのも忘れて目を丸くする。えっと、これは――


「手が、蔦……?」


 目の前の豆原の手が、青々とした蔦になっていたのだ。

「これが僕の〈トラウマ〉、早い話が草人間さ」

「早い話で片付けていいのか、それは」

 だめな気がする。

「ずいぶんと平和な〈トラウマ〉じゃないか」

「だから、困っているんだ。この平和な〈トラウマ〉はあの時の豆の木……だけど」

「けど?」

 意味深な溜め方に反応すると、豆原はつばが悪そうに目線を逸らし力なく笑っていた。もったいぶるなと急かしてみれば、笑わないでよ、と前置きをされる。


「……僕、高所恐怖症なんだ」


 なんて言うその言葉は、ひどく他人事で――

「……いや、なんの冗談? ジャックジョーク?」

「冗談じゃないんだよ」

 嘘つけ、俺この話知ってるぞ。あの時ジャックは自分の意思でスイスイと豆の木を登っていたじゃないか。

「どうやらあの時登りすぎたみたいで」

「のぼりすぎた」

「帰ってこい成」

 思わずトリップしてしまいそうだった。嘘だろ、木登りってあれ規定回数越えると登れなくなるものなのか。

「じゃあ、別の方法で〈克服〉するしか」

「他の方法が、もうないんだ」

 俺の発言にすかさず返ってきた悲痛な反論に、言葉が詰まる。もうない、と言うと自分でも試してはいるようだ。

「他の心当たりも試したけどどれもだめで……童話の中で自分が嫌だと思った事や怖かった事は全部〈克服〉しようとした、けど、どれも根本的なものではなかったんだ」

「そう、なのか」

 なんだか可哀想になってきて、慰めの言葉すら見つからない。それじゃあ確かに、高所恐怖症が原因としか思えないよ。

「けど、高所恐怖症って言ったら精神的なものだよな」

 それをハツカネズミ研究会で、どうにかできるのだろうか。

「あのくず会長、どうにもならないから俺に押し付けてきたのか」

 ……どうやらかなり難しい問題らしい。

「それなら、俺達だけじゃどうにもならないと」

「……いや待て」

 どうにもならないとか待てとか、二転三転する奴だ。

 いかにもめんどうな顔を作りながら海里を睨んでやると、指を唇に当てて何かを考えているようだ。

「いや、しかし……もしかして」

「か、海里?」

 ブツブツとまるで言葉を転がすように呟くそいつに俺も豆原も首を傾げると、今度は何かに気づいたように顔をガバりと上げ俺を見てくる。何この、考えたり動いたりうるさい奴。

「うん、そうだな、それがいい」

「な、なにが」

 最近疎遠ではあったが、俺はこいつをよく知っている。こいつのこの目は、何かを思いついた時のめんどうな目で。


「よし決めた……成、お前がやれ」


「……いや、何言ってんの」

 もう一度言わせてくれ、何言ってんの。

「そんで、明日までに豆原の〈克服〉ができなかったら研究会を辞めるんだ」

「お前そっちが本命だろ」

 おそらくじゃない、絶対だ。

「えっと、辞めるって」

「豆原は気にしなくていいよ!」

 あまりに不穏な会話に、聞いている豆原が動揺している。心配かけさせたくなくて適当に誤魔化せば、すかさず海里の鼻で笑う声が聞こえてきた。

「なんだ成、お前昔からなんでもできるって大見得張るのにこんなのもできないのか?」

「こいつ……!」

 俺の扱いがよくも悪くも上手いこいつは、挑発だってお手の物。ここで乗ったら負けだって、だめだって気づいているけどさ。

「やってやろうじゃん!」

 ほら見ろ、いつも乗るんだよ俺は!

「やってくれるのかい!?」

「ほら、証人だっているからな」

「お前って本当に卑怯だよな」

 できなかった時に言い逃れしようと思ったが、どうやらそれは豆原という証人でできないようだ。

 やるって言ってしまったしここまで外堀を固められては、後戻りはできない。

 もちろん、後戻りをする気はないけどさ。

 

「わかったよ……俺が豆原の〈トラウマ〉を、〈克服〉させてやる!」


 正直やり方わからないし、ノープランだけどな!



 

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