三章 独活の豆の木
20頁:童話としてそれはありなのか
ハッピーエンドが、すべてではない。
救いようがない童話がごまんと存在する世界は、息辛く、生き苦しい。
こんなシナリオのない読み手の世界で作家達が物語を紡いだ理由を、俺達〈キャスト〉はわからない。わかるわけがない、しょせん俺達はシナリオの登場人物でしかないのだから。
ならばせめて、生み出してくれた『あなた達』の心は理解したかった。
***
家路を急ぐ生徒が行き交う中で、俺は深い溜息を吐き出していた。
「灰村、今日はどうする?」
「あー……悪い」
「またかよ」
「また今度な」
「おう……」
先日まで一緒に帰っていた奴らを見送り、肩を落とす。
気づけば誰もいなくなった教室で一人、俺は何をするでもなく机に体重を預けていた。
「おっそいなあいつ……」
待ち人の顔を思い浮かべると、殺意さえ湧いてくる。俺だってできるなら、帰りたかったさ。
「確か部活のミーティングに呼ばれたとか言っていたけど……そんなにかかるか?」
俺だって一年とちょっとバスケをやっていたが、ミーティングだけじゃここまではかからない。むしろ長引くと言ったら、終わった後でミニゲームを始めてしまうからだ。
「んん……帰ろうかな」
そうだ、何も律儀に待たなくてもいい。本来俺達はそういう関係なのだから。それでも俺がこうして待ちこうやって付き合うのは、真実が知りたいから。
「……どうして、『あんな事』を言ったのか」
――成を、ハツカネズミ研究会から辞めさせる。
それが俺は、知りたいだけなんだ。
「なるるん!」
そんな中ふと聞こえたのは、月乃の声。けれども周りや廊下を見ても本人はどこにもいなくて、俺は首を傾げた。
「えっと……」
「こっちこっち!」
今度こそ声したのは俺の背後からで――背後?
「……何やってんだ、月乃」
俺の後ろに、ぴったりとくっつき笑う月乃の姿があった。
「久々なるるん!」
「久々って、この前会ったばかりだろ」
「……この前から、会ってない」
「っ……」
悲しそうに目線を落とす月乃は今にも溢れてしまいそうな涙を必死に溜め、じっと俺の事を見ていた。やめろよ、そんな見られたらこっちも苦しくなる。
「なるるん、かっくんとお話ばかり、月乃とだって話して!」
「話してってお前……」
俺だって、好きであいつといるわけじゃない。
ハツカネズミ研究会のある旧校舎へ行こうとすると何かにつけて邪魔をしてくるし、帰りだって一緒に帰るなんて言いながら他の奴と喋っている俺をずっと待っている。
「かっくんはずるいよ、なるるん独り占めしちゃって」
「悪かったな、独り占めで」
唐突に廊下から聞こえた声には、もう驚かない。むしろめんどくさそうな顔を作りながらもそちらへ目線を移すと、俺はそいつにありったけの嫌味を投げつけてやる。
「そんな長く捕まるなら、部活に出たらどうだ――海里」
「しばらく休むと伝えてある、顧問に試合の打ち合わせをされてな」
「はいはい、エースはいいご身分で」
なんだか自慢に聞こえて、苛立ちだって覚える。
「出たなー大魔神かっくん!」
「ネーミングセンスがないぞ、月乃」
大魔神かっくんに不覚にも笑ってしまったが、どうやら本人は真剣に言っていたようだ。
「ねぇかっくん、なんでなるるんを研究会に行かせないなんて、そんないじわるするの」
「元々こいつは、そうありたかったんだ。こいつのありたい世界を、俺は守る」
「それ、ちゃんとなるるんに伝えてないでしょ」
「俺の、ありたい世界……?」
聞いてない。聞いてないし、言った事もない。
こいつは一体、俺の何をずっと見ていたんだ。
「けどけど、それ全部なるるんの口から聞いた事が」
「言ってないだろうからな」
何もかもお見通しのその言い方に、月乃はけど、だってと話を続けようとしてくる。
それが嫌だったのだろうか。海里は眉間にしわを寄せながら月乃を見ると、深く深く溜息をついた。
「……お前だって、ニセモノじゃないか」
「っ……」
ニセモノ。
その含みのある言い方が妙に引っかかり、俺は何を言う事ができずに見る事しかできない。
「なぁ、なんの話を」
「成は知らなくていい事だ」
出たよ、すぐそれだ。
俺にだって教えてほしい。
「例え今の月乃がニセモノでも……月乃は後悔してない、かっくんみたいに〈克服〉が簡単な人ばっかじゃないの!」
「……誰も、俺が簡単だったなんて言っていない」
一触即発の空間に肩をすくめていると、そんな俺に気づいた海里が首を横に振ったのがわかった。
「……帰るぞ成」
「え、ちょ、海里!」
無理やり手を掴まれそのまま廊下へ出れば、迷う事なくそいつは下駄箱へと向かう。まるで最初から、月乃がいなかったような振る舞いで。
「なるるん、お菓子! すずりんからのお礼残してあるから!」
「あぁ、今度食べに行く!」
もちろん月乃は最初からそこにいて、俺は空返事に近いものを叫ぶ。
「そんな口約束するな」
「お前なぁ……」
そうやって言うが、口約束になってしまう要因を作っているのは誰だ。間違いなくお前だろ。
俺の手を掴み離す気がないそいつは、俺の手を掴んだまま器用に自分と俺の靴を下駄箱から出し放り投げてきた。乱雑なのを見ると、やっぱり俺の事が嫌いなんだなって理解できてしまう。そうだよ、俺だって嫌いだ。
あぁ、けどそういえば――
「なぁ海里、ずっと気になっていたんだけど」
「……」
「聞けよ背高のっぽ」
「うるさい眼球カメレオン」
「切り返しが斬新すぎる」
もう少し言い方ってものがあると思うけど、そこに触れたらきっと負けだろう。
「で、なんだ」
「あ、いやさ」
なるべくこいつを怒らせないように、これ以上関係をこじらせないように言葉を選ぶ。
「俺が〈キャスト〉だって知っていた言い方だったけど……お前はいつから、俺がシンデレラって知っていたんだ」
「……」
予想はしていたけど、返事はない。こいつはいつだってそうだ、今までも、これからも。
「……それは」
どう見ても言葉を選んでいて、何かを隠している。そんな様子がどうしても気に食わなくて、俺は静かに肩を落とした。
「いい、聞いた俺が馬鹿だ」
「あの、お取り込み中すみません……」
「ん?」
「……」
話を折るように突然かけられた謝罪の言葉は、謝ると言うよりは俺達を引き止めるためのものだろう。けど明らかに、俺や海里の声ではない。
何かと思い声した方を見ると、下駄箱から出た運動場の方。そこに一人、こちらをじっと見据えている奴がいた。
「えっと、長日部海里くんだよね」
「……お前は」
海里の威圧的な言い方に若干すごんでいるけど、それでも力強くこちらを見ていて。
「その、生徒会長が今手一杯らしくて、君に相談してくれって」
「あのくず」
どうやら、ハツカネズミ研究会絡みの話らしい。くずなのには同意だよ、あいつは生徒会長とは思えないくらいにくずさ。
「僕は二年四組の、
「待て、俺が当てる、ジャックと豆の木の〈キャスト〉」
「どうしてわかったんだい!?」
いや、名前からしてそうだろ。こんなぴったりの名前でこの世界に生まれたのも、なかなか珍しいと思うぞ。
「えっと、君は」
「二年八組の灰村成、〈キャスト〉に関してはノーコメントでいかせてくれ」
シンデレラでもそれが確定していない以上、俺は名乗りたくないからな。
「で、研究会に頼るほどって事だろ……要件は」
海里から投げられたあまりに直球な言葉に一瞬豆原は驚いていたが、聞いてくれるのにホッとしたのだろう。少し目を泳がせながらも頬を緩ませると、決意を固めたように目線を俺と海里に合わせゆっくりと口を開いた。
「僕の――ジャックと豆の木の〈克服〉の、手伝いをしてほしいんだ」
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