17頁:窯の中を覗き込め

 すっかり日も暮れた堂野木高校の運動場は、時間なんて関係ないと言わんばかりに地面を蹴り上げる音が響き渡る。

 そんな音すらも遠く感じる渡り廊下で、俺と香嶋、それから途中参加の真紅は旧校舎への道を歩いていた。

 三人から聞き込みしてわかったのは、救いようがないくらいに言っている事がちぐはぐである事。本当に、わけがわからない。

「で、結局どうなの。シンデレラさん」

「残念だけどさっぱりだ……」

 さっぱりを通り越してまったくわからない。

 木坂も、呂中先輩も、是木も。怪しくないわけがない、むしろ三人とも怪しいから悩んでいるのだ。

「じゃあ質問を変えるわ、灰村くんは誰が一番怪しいと思う?」

「こりゃまた、直球な質問の事で」

 嫌味なんて欠片もないそれに、一周回って腹が立つ。簡単に言ってくれるけど、俺だって必死に考えているんだ。

「どうなんですか、先輩」

「お前ら……」

 俺ばかりに頭を使うのは押し付けてきて、こいつらは傍観者を決め込んでいやがる。諦め混じりで溜息をつくと、俺はそっと空を見上げ肩を落としてた。

 香嶋にはひとまずはぐらかしたが、個人的に怪しいと思う奴はいる。いるけど、まだ足りない。

 そもそもとしてヒントが手紙しかない状態から始まったもの、最初からわからない事だらけに決まっている。

「本当に、海里がいなければここまでわからなかっただろうしな……」

「海里って、長日部くん?」

 やぶ蛇の予感がした。

 目ざとく俺の口から出た名前に反応した香嶋は、案の定その言葉の中にある意味を察したらしく楽しそうに顔を近づけてきた。

「そういえば木坂くんが仲良しこよしなんて言っていたけど、本当に長日部くんと何があったの?」

「だかっ、その話はやめろって」

「あら灰村くん、女の子は噂好きなのよ?」

 俺の事を噂で片付けないでくれ。

「じゃあなんですか、教えてくださいよ」

「教えてって、お前海里には会った事ないだろ」

「趣味は人間観察です」

「初耳だな」

 新聞部の人間観察なんて、絶対にロクなものじゃない。

 肩から力を抜いて、溜息一つ。香嶋も真紅も興味津々で、本当にいい迷惑。

「ただの昔話だよ。あいつは……海里とは、幼稚園からの幼馴染みなんだ」

 押し負けて落ちた言葉は、遠い記憶の話。

「仲はもちろんよかった、一緒に馬鹿だってやったし怒られもした」 

「あら、じゃあなんでまたあんな険悪に」

「しょせんは、わかり合えない存在だったんだ」

 香嶋の言葉をさえぎり突き刺した言葉は、何年も溜めてきた俺の心の傷で。あぁ、わかり合えないよ。今も、これからも。

「海里は読み手だから、〈キャスト〉である俺の苦しみなんてわかりっこないんだ」

「先輩……」

「灰村くんそれは……」

「ほら、もういいだろ俺の昔話なんて。早く研究会に戻らなきゃ」

 強引に話を切り上げて歩く歩幅を広く取ると、スリッパと床が擦れ不快な音が響く。早く、早くこの空気から抜け出したい。

「待って、ねぇ灰村くん!」

 反射的に立ち止まると、香嶋が今にも泣きそうな顔で俺を見ていた。きっとこいつも、読み手との接し方で苦労したのだろう。

「きっと、きっと話せばわかってくれるよ」

「まさか……無理だよ」

 俺もあいつも、傷が深すぎる。

 磁石の同極みたく釣り合わない俺達が、昔みたいに馬鹿をやれるわけがないんだ。

「本当に、上手くいかねぇな……」

「悩んでいるようだなシンデレラ」

「だから突然現れるのやめろ」

 背後から聞こえた声に顔をしかめると、飄々と笑う会長とその横で首を傾げる月乃が俺の事を見ていて。今回はいつからいた。

「あ、しーちゃん!」

「月乃先輩こんにちはー!」

 元気に挨拶をする二人を横目に会長は笑うと、新しいおもちゃをもらった少年のように鼻歌を歌い俺の前に立っていた。

「で、何に悩んでいたんだ」

「それがね王様」

「今回のヘンゼル探し、ひとまず三人まで絞れた」

 話を強引に仕切り直し発した言葉は、嘘なんかじゃない。

「そうか、さすがは灰村だ」

 おだてても何も出ないからな。

 眉間にしわを寄せながら会長を睨むと、ほら早く教えろなんて煽るように笑われた。まだわからないのに、そんな挑発に乗れるわけないだろ。

「怪しい奴はわかっているが、決め手がないんだよ」

「ほう」

 その一言を聞いただろうか。

 会長はいつものように目を細めると、右手の人差し指で空を指差しいかにもな表情を作っていた。

「じゃあ一度、話をまとめてはどうだ。物語は読み込むのも楽しみの一つだからな」

「お前楽しんでいるだろ」

 そういうとこが嫌いなんだよ、この独裁者。

 心の中でついた悪態は当然聞こえるはずもなくて、言われた本人は人が悪そうな顔で言葉を紡いできた。


「ほら早くしろ灰村、もたもたしていると十二時になってしまうぞ」


 ***


「結論から言うと、あの中にヘンゼルはいる」

 研究会に戻った俺達はソファーに腰をかけると、目の前に座った月乃と真紅に目を配り、横に座る香嶋と部屋の最奥でお茶を飲む会長を順に見た。

「誰なの、灰村くん」

「それがわかれば苦労はしないよ……」

 だから俺はこうして、研究会に戻ってきたんだ。ここで一度、すべてを整理するために。

「えっと……木坂は飲み物が切れたから靴を履き替えて買いに行っただったな、あとなんか俺のブレスレットが綺麗って言っていた。呂中先輩は体調が悪かったからと図書室の戸締りをして帰った、なんか耳はよかったな。最後に是木は、友達と遊ぶために帰ったから下駄箱なんて知らないって、覗く趣味がないのはまぁ同感だ」

 簡潔にまとめてみたが、どいつもこいつも筋が通った話でまったくわからない。けどどうしても、全員の発言には何かが引っかかるんだ。

「それがわかったら、こんな悩まないんだよな」

「王様、私そろそろこの独り言の横に座るのはキツいわ」

「誰が原因だよ馬鹿野郎」

 お前だよ、グレーテル。

「仕方ない、助け舟を出してやろう」

 そんなわけがわからない言葉が聞こえたがお構いなしに考えていると、部屋の奥から足音が近づいてくる。その足音は俺の横で止まり、座った俺を見下ろしているようだった。

「なぁ灰村」

「なんだよ、今俺は忙しい」


「お前らは童話だろ、童話らしく考えたらどうだ?」


「……会長は俺に喧嘩を売りたいのか?」

 突然飛び出した言葉にあからさまな嫌な顔を作ると、会長はちょっとした助言だよ、と笑っていた。嘘つけ、どこが助言だ。そもそも童話らしくなんて、読み手の世界に生まれてまでしたくない――

「……ん?」

 待てよ、今俺、なんて言った?

「読み手の世界に、生まれてまで……?」

 そうだ、よく考えればおかしな話だ。

 ヘンゼルとグレーテルは、童話の中では仲がよかったはず。そこに関しては香嶋を見ていれば一目瞭然だ。それなのにヘンゼルは、探される事を拒んだ。

「どうして……」

 ヘンゼルは、あんな手紙を残したのだろうか。そして、どんな気持ちでそれを残したのだろうか。考えて考えて、俺は『あいつ』のある一言にいきつき。

「あぁ……あぁ、わかった!」

 不確かではあるけど、俺の中で引っかかっていた何かが解けていく。

「香嶋!」

「な、なに」

 だから俺は、横に座る彼女を見ながら口を開いた。

 きっと今の俺の目は、綺麗な赤色だろうななんて的外れな事を考えながら。


「ヘンゼルが誰か、俺わかったよ!」

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