15頁:脅迫なんて滅相もない
案内されたのは、さっき離れたばかりの運動場。
何をするのだろうと香嶋と二人後ろから見ていると、真紅はとことこと自主練習をしていた男子部員に近づいていく。なんだろうか、知り合いかそれとも何か心当たりがあるのか。
「ねぇ、そこの君」
「知り合いの線はないな」
知り合いとかならきっと、名前で呼ぶだろうし。
辛うじて真紅の声が聞こえる場所で耳をすましてみると、何やらあのハイテンションなではなくもっと大人びた柔らかい声で喋っていて――
「ねぇ、今から教えてくれたらこの前の例の件、なかったことにしてあげる」
「っておぉい!?」
何に関してかはさっぱりだが、こいつ突然脅し始めたぞ!
「あら、真紅ちゃんらしい」
「いやいやいや」
俺でもわかる、そこは和むべき場所ではない。
わけもわからず真紅と香嶋を交互に見ていると、それに気づいた香嶋があのね、と補足を入れてくれた。
「真紅ちゃん、校内に沢山コネクトがあるのよ。どうしてもわからなかったり〈キャスト〉関連の話になると、いつもそのコネクトに聞いて回ってくれるの」
「コネクトの使い方が間違っている」
いつ後ろから刺されてもおかしくないよそれは。
若干ヒヤヒヤしながらも真紅の様子を見ていると、彼女は脅しをかけた彼に手を振るとふらりとどこかへ行ってしまった。
「……あれは」
行く先を目で追うと、バスケ部が活動している体育館と文化部が活動している旧校舎の中を順に回っていて。距離からすればかなりあるが、それほど体感的には時間が経っていないタイミングで彼女は戻ってきた。
「わかりましたよ先輩!」
「ありがとう脅迫犯」
「人聞きの悪いあだ名をつけないでください」
今のお前に世界一似合うあだ名だと俺は思うけどな。
「で、何がわかったんだ」
あまりにもとんでもな内容にツッコむのは諦め、俺は言葉を投げる。
話を聞くに、さっき脅し……もとい調査で聞いたのは該当の時間に部活にいなかった奴がいるかって事。
その中今回浮上した三人は、予想の通りの部活らしく。癪だけど、海里の情報のおかげだからそこは感謝だ。
「一人目は陸上部二年の木坂春樹、先輩方の隣のクラスである九組ですね。昨日は自主練中にふらりといなくなってしまったそうです。二人目は吹奏楽部三年の呂中犬弥、彼は部活自体は引退していますが音大志望で今でも練習に出入りしているそうです。普段は練習熱心だそうですが昨日だけ上の空で、途中気分が悪いからと早退したそうです。時間にして五時過ぎ。三人目は、その……」
「どうした?」
突然覇気を失った真紅に疑問を持ちつつ顔を覗き込むと、心底嫌そうな顔で頬をかき目線を泳がせていた。
「いや、全然いいんです言うのは、その、なんというか」
「いいなら言えよ」
俺は話がまとまらないのが好きじゃない、言うならはっきりしてほしい。
「……わかりました。灰村先輩、一年の
「……あぁ、あいつか」
そいつなら俺も知っている。
バスケ部時代の後輩で、ポジションは一年ながらにセンター。身長の高さと力強さが武器のあいつは、強さこそ部員全員が認めているがサボり癖が悩みの奴だ。
「昨日は最初の方こそいたそうですが、一年で猿まわしをしようとなった際にふらりと何も言わず帰ってしまったそうです。お恥ずかしながら、是木は私のクラスメイトでして……」
「まぁ、それがあいつのデフォだからな」
めんどうなのも、気にされるのも嫌い。それが後輩の是木だ。
「それに、あいつはなぁ」
是木はサボり癖だけではない、ある問題がある。
噂程度のものだが、簡単な話が交友関係だ。あいつは、是木は校内でも粗相が目立つと有名な二年のガラが悪い奴らとつるんでいるらしい。
堂野木高校の中でも練習熱心で強豪の扱いに入るバスケ部だ、そんなのがいては印象が悪いと定期的に騒動になっている。
「俺も、あいつは苦手なんだよな」
そもそもとして俺より上手かったのは認めるが、馴れ馴れしいし馬鹿にしてくる。
「いや、灰村くんは……」
「致し方ないですね……」
「おいそこ」
全部聞こえてるぞ。
ぐうの音こそ出ないけど、なんだか癪に障る。俺だって仮にも先輩だ、少しくらいは威厳がほしい。
「で、そんな事よりどうするのよ灰村くん」
「ご決断を!」
「突然居候に決定権押し付けるな」
しかも今そんな事よりって言っただろ、そんな事って。
「ご決断をと言われてもな……」
人がわかっても実際会わなければそれ以上の事はわからないし、どうしてその時間に部活を抜け出したのかも気になる。
「……しょうがない、直接本人達に聞くぞ」
またあの地雷に会う可能性はあるけど、それでも行かなければ知りたい事がわからない。それなら、俺が動かなきゃ。
「お、先輩やる気になりましたね」
「あぁ、頼まれた事は最後までやりたいからね」
「あら、私のためって言いたいの?」
満更でもない様子の香嶋と、煽るように目を細める真紅。会長も月乃もいない分きっと香嶋には頼りないけど、俺だって馬鹿じゃない。
だから、やってやろうじゃん。
「さっさとヘンゼル見つけて、あの会長を唸らせてやるぞ」
せめてそんな強い気持ちで。
三個の部活の活動場所を頭で浮かべた俺は、溜息と一緒に静かに笑う。
また面倒な事に巻き込まれたのはわかっているが、今回はそれほどでもないなと思ってしまう、そんなお人好しの俺がそこにいた。
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