14頁:光速爆走合法赤ずきん
「歩く校則違反のスクープです!」
「お前自分もなのにそろそろ気づけ」
生徒もほとんど帰ってしまった、そんな堂野木高校の長い廊下。
そこには俺と香嶋、そして赤いポンチョに身を包んだ茶髪のボブカットが印象的な少女がいた。
「お前は……」
少しだけ腰を落として、警戒心は保ったまま。校内であちらも派手な攻撃はできないだろうし、最悪ここは俺の〈トラウマ〉で逃げるしかない。
「あぁ待ってください、そんな警戒しないで!」
そんな俺の様子を察したようで、赤いポンチョのそいつはにへらと微笑みスカートの裾をつまみながら礼儀よろしくお辞儀をした。
「スクープとは言いましたがただのご挨拶です。別に我が新聞部は、そんなつまらない色恋沙汰で閲覧数を増やそうとは思っておりません」
「どこからツッコめばいいかわからなくなるけどとりあえず今ディスっただろ」
だめだ、こいつのテンションについていけてない俺がいる。いやけど無理な話だろ、最初からジェットコースターな奴に合わせるのは。
「あぁ、申し遅れました」
「本当だよ」
ここでようやく自己紹介らしく、俺は半笑いになりながらも力を抜く。よかった、ようやくこの奇天烈女の素性がわかる。
「私自他共に認める自称合法赤ずきん、堂野木高校一年二組新聞部とハツカネズミ研究会所属の
「すごい言葉の矛盾が生まれてるけど大丈夫か、その自己紹介」
ごめん、謎が深まっただけだったよ。
そもそもなんだよ、自他共に認める合法赤ずきんって。どう考えてもおかしいだろ。
「それに新聞部とハツカネズミ研究会って……ん?」
待て。今俺、なんて言った?
新聞部と、ハツカネズミ研究会?
「もしかして、お前が会長の言っていた真紅……?」
「王様がどう申していたかは謎ですが、おそらく真紅の事でしょう!」
よく見れば改造されたフリルの制服をいじりながら笑う彼女は、森の中にでも住んでいそうなくらいにあどけない。
「あら真紅ちゃん、今日は部活いいの?」
「今日はこっちの活動もあるので早退です!」
「知り合いかよ」
いやそりゃ、研究会に出入りしているのだから知っているのが普通だろう。なるほど、わかった。彼女が例の情報通というわけだ。
「さて、激弱シンデレラ先輩」
「初対面への口の利き方を勉強しろよ餓鬼」
さすがに俺も怒るぞ。
「冗談です、初めまして灰村先輩」
くるりと一回転して可憐に笑う彼女は、俺の顔を興味津々に見てくる。それがなんだか恥ずかしくて、思わず目を逸らしてしまった。
「王様に、お二人の手伝いをしろと申しつかりました」
「会長が……?」
なんだか、意外なのが正直な感想だ。
あの眼鏡が俺達のためにそんな事をしてくれるとは思ってもいなかったが、やはりそこは生徒会長であり童話の祖だなと感じる。
「違うわ、灰村くん」
「え、何が」
「王様、きっと自分で動くのが嫌だから真紅ちゃんに頼んだのね」
「働け」
そして数秒だけでも会長の事を見直した俺の心を返せ。
「けど真紅ちゃんが手伝ってくれるなら、安心ね。とびっきりの情報通だもの」
どうやらこの赤ポンチョ、信頼はあるらしい。人は見かけによらないというのは、まさにこの事だ。
「そう、真紅がきたからには百人力です!」
……大いに不安だけどな。
「先輩、今心配だなと思いましたよね」
「当たり前だろ」
「私からすると、先輩の方が危なっかしくて心配です」
その言葉は変に挑発しているのではなく、純粋に心配しているような声音だった。
「話は伺っております、先輩は〈克服〉をされていないとの事で」
「あ、あぁ」
きっとあの会長だろうな、後で説教だ。
「この堂野木で〈克服〉していないのは命取りです、ましてや童話殺しに狙われているのにそんな平然と出歩いて……命はもっと大切にしてください」
「別にそんな大事では」
「灰村くん、本当にそれ言っているの?」
そんな棘のような言葉が飛んできたのは、真紅ではなく香嶋からで。おそるおそる首を縦に動かすと、代わりといわんばかりに一際大きい溜息が戻ってきた。やばい、今のは大きすぎる。
「あのね、灰村くん」
まるで子どもをあやすように話し始めた香嶋は本気で怒っているようで、思わず首を亀みたく引っ込めてしまった。なんだか、小さい頃に海里といたずらをして怒られた時の事を思い出す。
「私達〈キャスト〉は、過去の〈トラウマ〉に縛られている。それを〈克服〉しないと、その〈トラウマ〉は弱いまま……って、それくらい知ってるでしょ?」
「ご、ごめん……初耳だ」
「はぁ!?」
「王様に教えてもらってないんですか!?」
そんな事を言われても、二人の言う王様は俺の事をイレギュラーとだけ言ってそれ以上何も教えてくれなかった。だから、俺は何も知らないんだ。
「なら教えてくれよ。その〈克服〉ってやつと、あの会長の能力」
「王様のって……あぁ、スナップの事ね」
「先輩、ほんっとうに何も知らないんですね」
「悪かったな、俺にも事情があるんだよ」
なんだか言うのが嫌で言葉を濁すと、二人は腑に落ちないような顔をしながらもいいよ、と小さく呟いた。
「さっきも言った通り私達は過去の〈トラウマ〉に縛られているの。灰村くんの場合だと、時間が止まる事。月乃先輩なら、月に還ってしまった事に」
それくらいは知っている。だから俺達〈キャスト〉の能力は、〈トラウマ〉と呼ばれているんだ。
「……そして、その力を制御するための事が、自分の〈トラウマ〉の原因を知り〈克服〉するという事」
「原因を、知る……」
なるほど、どうして会長が俺に〈克服〉を教えてくれなかったか納得がいったぞ。
だって、俺の〈トラウマ〉は断片的で知る事はおろか原因なんてわかるわけがない。教えたところで、きっと時間の無駄だ。
「……けど」
湧き上がったのは純粋な不安。
今の話を聞いていると、その〈克服〉ってやつには自分の〈トラウマ〉を知っているのが大前提になる。それすらもわからない俺は、結局――
「〈克服〉が、できない?」
それなら、どうやって童話殺しから身を守ればいいんだ。ハツカネズミ研究会の世話になっている意味がなくなってしまう。
「話は終わってないわ」
そんな中ふと遮られた言葉に首を傾げると、言葉の主は少し楽しそうに笑う香嶋。
「なんらかの理由で〈克服〉できない、もしくは〈克服〉する勇気がない人を助けるのが、王様の力よ」
「灰村先輩も見たんじゃないんですか、あのスナップ」
「……見たも、何も」
俺はあの恩恵をもろに受けた身だ。それは、痛いほどわかっている。
「王様のスナップは私達〈キャスト〉の心を震わせる。それがグリムの、童話の祖としての力」
「だから俺は、あの時」
普段ないような、攻撃的な力が付いたんだ。
「そういう事よ。まぁそこまで強くなりすぎるのも、また不思議だけど」
「会長も、そんな事言っていた」
「んん……会長もわかってないのね。シンデレラは私達よりも有名な童話ですものね、その関係かしら」
「まだまだ〈キャスト〉の奥は深いです」
「そう、だな」
なんだか釈然としない話の切り方に生返事をしながら、俺は話を最初の方へ巻き戻す。今の論点は俺の〈トラウマ〉ではない、香嶋のヘンゼル探しだ。
「……待てよ?」
「灰村先輩?」
「……そういえば、ヘンゼルは〈克服〉してるのかな」
ふと思ったのは、そんな事。
「……は?」
「先輩、どうしてまたそんな話に」
「いや、どうしてって」
俺は〈トラウマ〉がわかっていなかった以前に、〈キャスト〉としての世界を知らなかった。俺だけがこんな風に外部と関わりを持たずに居るのかと思ったが、この一週間で感じたのは〈キャスト〉でも様々な考えがあるという事。
つまりそれが俺だけだとは、誰も断言できないはずだ。
「それなら……俺みたいに、ハツカネズミ研究会の存在すら知らない奴の可能性だってあるんじゃないか?」
「……なるほど、先輩たまにいい事言いますね」
「たまには余計だ」
まったくその通りだよ。
「けど、そこまでわかったところで誰かわからなきゃ意味がないのよ」
「灰村先輩、もっと知恵出してください!」
「いや、俺人探しには特化してないから……」
俺はあくまでも時間を止める〈トラウマ〉だ。そんな、人探しには向いていない。期待されたところで、できるとしたら聞き込みくらいだ。残念だが、俺は刑事じゃない。
「香嶋はどうなんだよ、お前の〈トラウマ〉は人が探せないのか」
「残念だけど、私の〈トラウマ〉はワケアリでね」
「……?」
ワケアリなんて聞いたら気になるが、香嶋の表情は明らかに言いたそうではない。どうやら、今の状態を打開できるものではないのは確かのようだ。
「じゃあ、えっと……真紅は」
「あいにく、真紅が〈トラウマ〉を使ったら地面に穴が開きます」
だめだ、もしかしたら俺がここまで出会った中で一番の攻撃型の〈キャスト〉かもしれない。
「ならどうするんだよ……俺も香嶋もこれじゃ、本当に足で探すしかない」
「そうね……せめて三人が誰なのかわかればいいけど」
手がかりがあればいいが、俺達の手元にある情報はそいつの恰好と人数、あとは時間のみ。これじゃ、わかるわけがない。
「バスケは俺も辛うじてわかるが、後がなんとも……」
「私も、茶華道以外はさっぱり……」
「なるほど、そういう理由ですね」
「え……?」
聞こえたのはどこか自信に満ちた真紅の声で、突然の事もありなるほど、という言葉がが何を指しているか俺にはわからなかった。
「私が呼ばれた理由です、これでは頼りないですね」
「絶対ディスっただろ」
悪かったな、頼りなくて。
「いいですよ、先輩。頼りない先輩のお手伝いをしますね」
今のは完全に、面と向かって頼りないって言われた。
若干不服な顔を作りながらも溜息一つ。そんな俺の様子を見て、真紅は急かさなくても逃げませんよと見当違いのフォローを入れてきた。
そして飛びっきりの何も考えていないだろう笑顔を作ると、くるりと回りながら俺と香嶋に対してウィンクと大見得を張ったプレゼントを送ってきたのだ。
「さて、ここはこの真紅様におまかせを!」
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