10頁:窯の中からこんにちは
「
「驚いた……まさか灰村くんがハツカネズミ研究会の人間だったなんて」
「いや、俺はなんというか居候みたいなもので」
研究会の部屋の真ん中で笑う彼女は、同じクラスで男女問わず人気の子で。クラスの連中は物静かで清楚だと言うが、俺的には綺麗なブロンドヘアの三つ編みと水色の瞳がよく似合い女子達の中で無邪気に笑っている顔の方が印象に残っている、そんな奴だ。
けどどうして、その香嶋がここにいるのだろうか。
「もしかして……香嶋もハツカネズミ研究会のメンバーじゃ」
「いやよ、こんなダサい名前の研究会に入るの」
「さすがに心にきたかな」
いくら居候でも、そんな事を言われてしまっては返す言葉もない。だめだろそれを言っては、俺だって思っていたんだから。
「で、灰村くんは何の〈キャスト〉なの?」
「俺はただの読み手で」
「嘘つき、ただの読み手ならこんな場所に出入りしないわよ」
唐突に投げられた言葉はあまりにも的を射ていて、思わず言葉が詰まる。
確かに、少し考えれば当然の話だ。ここは〈キャスト〉が集まる堂野木でもさらに異質な空間、ハツカネズミ研究会だ。そんな場所に平然と出入りしているのだから、少なくともただの読み手なわけがないだろう。
「で、何の〈キャスト〉なの?」
「それは……そ、そういう香嶋は、どうなんだよ」
「あら、打ち返されちゃった」
このままでは彼女のペースに流されてしまうと感じ話を振れば、彼女はまぁいいわ、なんて呟きながら研究会の真ん中に配置されたソファーへゆっくりと腰をおろしていた。ふわりと笑った愛らしい笑顔はどこまでも残虐で、浮世離れしていた。
「王様が帰ってくるまで、灰村くんがお話相手になってくれる?」
「王、様……?」
彼女の言う王様が何を指すか最初こそ理解できなかったが、すぐに脳みそがその正体に気づき言葉を引っ込めた。
どうせあいつだろう、眼鏡をかけて余裕綽々に笑ってる面倒な奴。
あいつが王様なら、それは腑に落ちる話だ。いや、むしろ納得しかない。
「けど、本当に意外。灰村くんが〈キャスト〉だったなんて」
「俺だって意外だよ」
クラスで噂の清楚なイメージを持つ子が、こんなミステリアスな笑みを浮かべると誰が想像しただろうか。俺だったら信じないぞ、今だってこんな学校の吹き溜まりみたいな場所で笑っているのが理解できないんだから。
「それにしても、会長遅いな……」
「あら、さっきまでいたの?」
「大富豪で負けた俺をパシるだけパシってどこかに行った会長と副会長がいたんだけどな……」
「灰村くん、大富豪弱そう」
「ほっとけ」
教室では見れない香嶋の一面は愛らしく、同時に恐怖さえ感じてしまう。まるで、魔女にでも魅入られたようだ。
これ以上目線を合わせているとだめな気がして明後日の方向を見れば、ちょうど目に入ったのは無機質な学校特有の壁時計。針は俺が購買へ向かった時から半周も動いていて、本格的に二人の行方が気になってきた。
「本当、会長と月乃遅いな……」
「そうだな、最近のコンビニは品揃え豊富だからつい目移りしてしまうな」
「アイスもおいしいねー!」
「いつからいたこの眼鏡」
もう一度言わせてくれ、いつからいた。
「俺はただの読み手で、辺りかな」
「けっこう最初からだな」
いい雰囲気だったからな、なんて言いながら笑う会長は俺の頭を子どもをあやすように叩くと、目線を香嶋の方へ向け初めて会った日と同じ仮面のような笑みを浮かべていた。
「今日はお菓子が大好きなプリンセスと約束があったからね、買い足しをしに行ったんだよ」
「あら、それならもっと遅くこればよかったかしら?」
売り言葉に買い言葉だなと感じつつ話を聞いていると、突然肩を引き寄せられ何かに頭がぶつかる。何事かと思い上を見れば不服そうな会長の顔があって、なんだか怒っているかのように見えてしまう。
「あぁ、早く着いてしまってはうちの可愛いシンデレラがいじめられかねないからな」
「へぇ、灰村くんシンデレラだったの」
「おい会長」
嘘ついた、こいつ楽しんでいるよ。
香嶋にシンデレラである事がバレたのが気まずく目線を送れば、彼女は俺なんか目に入ってないと言わんばかりの表情で会長と月乃を一点に見つめていた。
会長へ向けて微笑む香嶋の顔は、教室なんかじゃ見れないだろうものだと思う。少女らしく悪戯っぽく、魔女のように獰猛だ。それはもう、記憶に焼き付けられるくらいに。
「今日はずいぶんと早いようだね、森では迷子にならなかったかい、グレーテル」
「お菓子の家じゃお腹は膨れないから退屈だったのよ――グリム卿」
聞こえてくる浮世離れした会話は何を言っているかさっぱりで、それでも単語としてはなんとか理解しようとしたが。
「……グレーテルって、あのグレーテル?」
俺の中で浮かんだのは、あの有名なグリムの童話。
お菓子の家と怖い魔女が印象的で悲しくて、無邪気なお話だ。
「灰村くんがシンデレラだってわかっているのに、私が教えないのは不公平ね」
そんな悲しみの塊である童話を冠する彼女は気にしていないと言わんばかりの愛らしい目で俺の事をうっとりと見つめる。
「私はグレーテル。錫色のグレーだから、グレーテルよ」
柔らかな雰囲気はまさに森の中を無垢に彷徨う少女で、妖美な言葉はさながら窯に閉じ込められた魔女のようだった。
「さぁ王様、私の大好きなヘンゼルはどこかしら?」
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