二章 お菓子の家はとんだ突貫工事だ

9頁:招いてないのに会いにきた

 汚いも綺麗も、善も悪も。角度が変われば意味だって変わってしまう。見るものすべてで、世界は変わる。あんな意地悪だったおばあさんだって、もしかしたら善人かもしれない。あんなに可愛い彼女だって、お腹の中は汚いかもしれない。


 すべての童話の登場人物が本当にその通りの考えかなんて、きっと誰にもわからないのだから。

 

 ***


 あの最悪な出会いの夜から、一週間。

 あくびをお供に購買へ向かう足は、どうしてだか重たいものがある。

「ハツカネズミ、研究会……」

 半ば強引といった表現が正しい入部騒動後、会長と月乃は時間があればすぐ俺の教室へ顔を出すようになった。生徒会長ともなれば仕事が多いのではと思っていたが、ところがどっこいこいつらは仕事を抜け出してまでこちらに来るのだ。どれだけの暇人なのだろうか。

「いや、そうじゃない……」

 問題はそこではない、どうやって研究会から距離を置くかだ。

 研究会に賛同して入ったわけではないため居候を名乗っているが、あの二人はそんなの気にせず授業が終われば毎日教室の前で待機しておりずるずると俺を連れて行ってしまう。あぁもう、本当にいい迷惑。

「最近は、みんなの目も痛いしな」

 そりゃ冷静に考えれば、今まで他学年と交流のなかった俺に突然生徒会長が迎えにくるのだ、それも満面の笑みで。そんな事があれば誰だって興味が出るはずだ。

 少なくとも俺だったら気になるけどな、もちろん他人事ならの話だが。

 今日だってそうだ。教室を出て待っていた二人に連れ出されたと思えば、そのまま研究会へ強制連行。やる事と言えばトランプやボードゲームで一体何の研究をしているのかいまだにピンとこないが、存在をしているのだからきちんと活動はしているのだろう。

「えっと、会長がコーヒーで月乃がいちごオレだったかな」

 ただし、活動は今のところ遊んで負けた俺が罰ゲームでパシられているだけだがな。一度でいいから勝ちたい気持ちがあるのは内緒だ。

「……〈アクター〉が何かわかれば終わり、我慢、我慢するんだ」

 そう、俺が大人しくいる理由はただ一つ。

 童話殺しが探している〈アクター〉が何かわかれば、もうあの研究会にいる意味もない。そう考えれば、パシられるのもトランプをするのもどうって事ない。

「あぁ、けど……」

 何もしないのは、逆に怪しいものがある。

 この一週間二人を観察していたが、本当に何もやらない。トランプに校内パトロールと称した購買への買い物、教師の手伝いと内容こそ様々でもこれじゃただの雑用だ。

 メンバーだって、いつも二人で他の人間がいるのを見た事がない。話を聞くにあと二人いるとの事だが、まるで部屋には最初から二人しかいないみたいだ。

「本当に、何が目的なんだ……」

「なんだよ、そんな辛気臭い顔しやがって」

「っておぉ!?」

 まるで幽霊のように現れたそいつは、いつだって紺色のマフラーを首に巻いている伏目がちな元親友で。

「なんだ、海里か……」

「悪かったな、俺で」

 別に嫌がっているわけではないのだが、きっと訂正してもこいつは聞いてくれないに決まっている。

「珍しいな、こんなところで」

「そういう海里こそ」

 俺の記憶が正しければ陸上部の長距離に所属している海里は、この時間なら筋トレか校内を走っている頃だろう。こんな購買前の自動販売機にいては、ただのサボりじゃないか。

「いいだろ、俺の事は」

「俺のセリフだ、それ」

 いつからかもわからないイタチごっこも慣れたもので、俺は研究室にいた時以上に大きな溜息をつく。あぁもう、これじゃキリがない。

「じゃあ、俺行くから」

「また、研究会か」

「っ……」

 かけられた言葉に、答えが出ない。

 いや、同じクラスなんだから会長や月乃が俺と話しているとこくらい見ているはず。少し調べればあの二人が生徒会の他に怪しい研究会に在籍している事くらい、すぐわかるだろう。

「……お前には、関係ないじゃん」

 だってそうだろ、これは俺の問題だ。小さい頃から俺の気持ちなんてわからなくて、俺だって海里の気持ちはちっともわからない。

 俺の、〈キャスト〉の気持ちなんて、こいつにはわからないのだ。

「そうだな」

 それでも海里は何を考えているかわからない瞳で、俺をじっと見つめてくる。どんな森よりも深い緑色の双眸は俺の事を絡み取り、まるで俺の中を見透かしているかのようだ。

「……けど、成」

「な、なに」

「会長には、気をつけろ」

 その一言は、呪いのようだった。

 明らかに俺の身を案ずる一言はねっとりと絡みつき、耳から離れようとしない。 

「海里、お前……会長の事はどこまで知っているんだ?」

「……さぁな、俺とお前は一生わかりあえないんだろ?」

「そう、だな」

 その一言がどうしてだか心に刺さって、息苦しい。

「じゃあな、深入りはするなよ」

 俺に背を向けて何事もなかったかのように歩き出す元親友を、俺は見送る事しかできなかった。


 ***


「ただいま帰りましたよっと……あれ?」

 研究会へ帰ればさっきまでいたはずの二人の姿がなく、自然と首を傾げる。

 まさか俺を購買に行かせておいて先に帰るなんて、そんな薄情な事はないだろう。多分、パーセンテージにすればかなり低いけど。

「ない、よな……」

 いや、ないと信じたい。まだ入って一週間の場所だ、一人になってしまっては鍵の返却とかもわからないぞ。第一俺、顧問にすら会っていないのだから。

「会長……月乃ー?」

 呼んでも帰ってこない返事に、さすがに焦りがにじみ出る。まじかよ、置いていくか普通。

「俺がパシられた意味ないじゃん……!」

 なんのために俺はコーヒーといちごオレを買ったのだ。怒りを通り越して悲しみしか出てこないぞ。

「俺コーヒー飲めないんだよな……どうしようか」

 

「あぁもう、王様遅いわよ」


「……え?」

 突然本の奥から聞こえた澄んだ声は、ここには場違いのもので。思わず目を丸くしてそちらを見てしまう。

 知らない声ではない。

 俺はこの声を、知っている。

「あれ……?」

 どうやら向こうも俺に気づいたらしい。

 くるりと可憐に振り向いたそいつは、俺の顔を見るなり意外そうに口を開け、首を傾げる。

「灰村くん?」

「なんで、お前がここに」

 童話が支配する異様な空間で。

 ブロンドヘアの三つ編みが印象的なクラスメイトが、おどけるように笑い俺を見ていた。

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