6頁:昨日の今日で赤の他人
一夜明けた平和な世界の、堂野木高校。
昨日の出来事はまるでなかったかのように時が流れ、新聞や報道各社だって昨日の惨劇を取り上げていない。
俺はそんな普通と異常が混在する世界で、普段と変わらない日常を過ごしていた。
「おはよう、灰村成くん」
「……誰だてめぇ」
そう、件の自称会長が目の前に現れた事以外は。
「なるるんおはー!」
「いや、誰」
「あえて他人を貫き通すところ、嫌いじゃないよ」
「嫌いであってくれ」
無駄にお腹の虫が鳴くのを抑えきれなかったが運の尽き。昼休みに購買で菓子パンを買った俺に話しかけてきたそいつらは、いかにも昔からの友人のように近づき肩を叩いてきたのだ。
「……」
「こらこら灰村、そんなに睨むな」
「睨むわ」
まさか、昨日の事を忘れたなんて言わせないぞ。
あの時突然なくなってしまうから、本当に瓦礫の処理をどうすればいいのかわからずに俺はその場で為す術なく立ちすくんでい。結局罪悪感四割に対して捕まりたくない気持ち六割が押し勝ち逃げ帰ったが、正直今は罪悪感でいっぱいだ。
「なんだよ」
「言ったじゃないか、近いうちに会おうと」
「そんな昨日の今日じゃなくてもいいだろ……何が目的だ」
この二人の事は昨日の夜に理解したつもりだ。指を鳴らすだけで〈キャスト〉の力を増強する謎の能力に、かぐや姫の〈キャスト〉。迂闊にこちらから出れば、どうなるかわからない。緊張感は維持して、警戒心はそのままで。俺は二人が何か怪しいをしないよう、頭の先から足の先までゆっくりと観察した。
昨日と変わらない校則通りの服装と、若干短くも感じるスカート。それから、昨日はなかった生徒会の腕章――
「ん?」
待て待て、今のはさすがに見逃せないぞ。
左の腕にある、昨日まではなかった腕章。そこには何度見ても予想もしていなかった文字が書かれていて。
「……せいと、かい」
「まさかとは思っていたが……本当に僕の事を知らなかったみたいだね」
少し悲しいよ、なんて呟かれてもそんなの知るか。そもそもなんだよ、生徒会って。俺が知ってる生徒会役員は金髪に眼鏡のすらっとした奴で……
「お前じゃん!」
「灰村は何を一人で言っているんだ」
真実に気づいた脳みそとその真実を受け入れたくない思考で、頭がどうにかなってしまいそうだ。
だって、俺の記憶が正しければその金髪の役職は――
「生徒、会長……」
「その通り」
ようやく気づいてくれたな、なんて添えられた言葉は俺を冷や汗の大洪水に陥れるには十分で、そんな俺の様子を見ながら二人は楽しそうに笑っていた。
「では改めて……僕は宮澤・G・クルト、堂野木高校三年二組、肩書きは生徒会会長さ」
「同じく! どーのぎ高校三年二組、生徒会副会長の月乃だよ!」
その自己紹介はあまりにも明るく、漫画のキャラの登場シーンみたいで。どうやら自称会長ではなく、本物の会長だったらしい。いや、どっちも俺からしたら一緒だけどさ。
「けど待て、さすがにこれは目立つ……」
素直にこぼれ落ちた本音は建前なんかではなく、純粋に周りを見ての感想だ。二人の大声の自己紹介に興味を持った野次馬が増えているのに気づき、気まずく感じた俺は急いで二人の手を掴んだ。
「あぁもう、こっち!」
たくさんの視線を浴びながら話すなんて、俺はそこまで神経図太くないからな。
二人を引っ張りながら人混みを抜け、校舎の端にある人気が少ない階段まで連れて行く。踊り場は案の定空っぽで、俺は息を切らしながら二人の手をゆっくりと離した。
「なんだ灰村、今日はずいぶんと積極的だな」
「おまっ、それを素で言ってるなら今この場で殴らせろ」
誰のせいだと思っているのだ、本当にさ。
「冗談だ……で、僕に何か言いたいんじゃないか」
「当たり前だ!」
言いたい事なら、山のようにある。
昨日の事がどうして話題にするならないのか。
童話殺しの狙う〈アクター〉とかいうやつは何なのか。
あの時、殺される直前だった俺の〈トラウマ〉に何が起こったか。
そして、こいつは――〈キャスト〉の事をどれだけ知っているのか。
口に出せばキリがないだろうそれはどれから投げていいのかわからず、俺は目を挙動不審に泳がせながら言葉を選んでいた。
「そんなに焦るな、僕は逃げないぞ」
そんな様子を見てだろうか。会長はなだめるように言うとそうだな、と俺に対して言葉を続けてきた。
「灰村が知りたいのはきっと大きく分けて三つだろう。一つ目は昨日の出来事のその後。二つ目は僕と月乃が何者で、何を知っているのか。そして三つ目が――灰村自身の事」
「……っ」
まるで、見透かされているかのようだ。あぁそうだよ、大当たりのご名答だ。
「……教えて、くれるのか」
「それは、灰村次第さ」
俺次第、なんて言われてもわからない。いや、わかってはいるさ。あの言い方だ、何かよからぬ事を頼むに違いない。
「まさか、俺に生徒会へ入れとかは言わないよな」
「それこそまさかだ、うちはあいにく人が足りていてな。それにここは漫画の世界じゃない、そこまで都合のいい話はないさ」
「いや、〈キャスト〉が存在する時点で漫画みたいなものだけどな」
じゃあ、どうしろって言うのだ。
「今日の、放課後」
「……え?」
聞こえたのは時間を示すようなもので、俺は思わず聞き返してしまう。そんな、主語がなく時間だけを指定されては誰だって同じ反応になるさ。
「今日の放課後、旧校舎の前で待っているよ」
「……そこで、何をするんだ」
「それは放課後のお楽しみだ」
まるで罠だなと思った。
物は提示せずに場所だけ指定されれば、誰だって怪しむ。現に俺が疑っているだろ、疑うさこんなの。
「……もちろん」
そんな、俺が怪しんでいるのを察したのだろう。突然目を細めた会長は口を三日月のように歪ませると、くすくすと笑いながら言葉を紡ぎ始めた。
「無条件にとは、言わない」
「……例えば、どんなのだよ」
無条件ではないなんて聞けば、聞くしかないじゃないか。
「そうだね――まずはカッターシャツの上にパーカーを着ている、そのスタイル」
「えっ」
けれども返ってきたのは明らかに俺の服装に対してで、思わず自分でもわかるくらいに目を丸くしてしまった。
「緑のパーカーの重ね着は校則違反だと思ったが、僕の記憶は間違っていたかな?」
「うっ、それは……」
「それとその両耳のピアス、これも校則違反だな、ブレスレットを含むアクセサリーは違反だ」
こいつ、ここにきて権力の乱用を始めやがった。無条件どころか、これでは脅迫だ!
「合わせて、灰色みたいなカラーリングをした髪と色が変わるカラコンも違反だ。ハーフアップも整髪料を使っているな、好ましくないぞ」
「白銅色とアースアイって言ってくれ、こっちは自前だ!」
「ほお……珍しい色だからつい、それはすまないな。だが、これだけ校則を守らない者に手助けするほど僕も甘くはない」
失礼極まりないぞ、本当に。
ただ言われた事は全部正論だし、それを言われてはおしまいだ。悔しいけど、会長の言う事は正しい。
「……直したら、教えてくれるのかよ」
背に腹はかえられない。
俺だって自分の事を知りたいんだ、〈キャスト〉の事が、そして昨日の事が。
「いや、僕はそこまでは……ただ教師陣に耳打ちしようかと」
「そっちのがタチ悪いわ、馬鹿野郎」
幸いこの学校は校則に関してそれほど厳しくないが、元々はちゃんと決められておりどちらかと言えば教師が甘いだけだ。
それでも生徒会長が教師陣にチクられては、そんな甘い教師も黙ってはいないだろう。
「だから、だよ。僕は君のスタイルが嫌いじゃないから大事にはしたくない」
「もちろん月乃もね! 待ってるよ!」
「え、ちょっ……!」
二人はそこまで言うと、まるで話を強制的に切り上げように笑い出し、俺の横をするりの抜けて行く。
「それじゃあ、また放課後に」
「おい、話はまだ!」
終わっていないのに。
手を伸ばしても二人の姿は遥か彼方で、残されたのは俺一人。
「……だったら最初からチクろうと思うな」
ただの脅しなのはわかっているけど、モヤモヤする。それがあいつの策略なのはわかっているが、これに乗らなきゃ何もわからない。
「……旧校舎に行けば、わかる」
旧校舎なんて行ったことがないが、確かあそこは文化部の部活棟として使われていたはずだ。そこにはもちろん、生徒会の教室もある。
「……今日の、放課後」
肌をなでる風は痛くも感じ、授業の始まりを知らせる鐘が鳴り響く。
腑に落ちない気持ちと胸でざわつく違和感が鐘の音にも負けないくらい大きくて、ひどく耳障りに感じた。
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