第14話 責任と覚悟
「――ふわあ、おはようミノル。あとトガクシも。」
大きな
昨日は座って寝たままぐっすりと朝を迎えそうな勢いだったため、下に服を敷いて起きないように慎重に横にした。まあ慎重にしなくても起きる気配は一切なかったのだが。
それにしてもよく寝る子だ。
「フハハ。オレはおまけかよ嬢チャン。」
トガクシは朝が早いようでだいぶ前から起きているようだった。
年齢の割に老けた生活リズムだなとも思ったが、もしかしたら化け物が来ないように見張っていてくれていたのかも知れない。だとすればやはり抜け目が無い男だということを改めて感じる。
大きめの岩に片膝を立てながら、以前港から仕入れたという煙草を吹かしている姿は、悔しいが中々様になっていた。
「ふああ、おはようカノ」
俺はというと例の如く緊張と不安とまだ慣れない環境から寝付くまで時間がかかってしまった。
こっちの世界に来てからもうほとんどまともに眠れていないような気がする。身体がダルい。
何より昨日は、
――あの村は特殊だ。
――あの村が嬢チャンの世界の全て。
その言葉が頭から離れなかったというのが一番の原因かもしれない。
「さぁてッ」
咥えていたものがジジジと音を立て一気に根本まで無くなる。ぞんざいに投げ捨てるトガクシ。
「さすがに待ちくたびれちまった。早いとこ嬢チャンの村に行こうぜ」
――出発から1時間は経っただろうか。
トガクシの案内でキャンプ地より北西の方角に車を走らせていた。
周りの景色は心なしか草木が茂ってきたようにも思える。自宅付近は砂漠寄りのほとんど何もない荒野だったが、今は乾いた草原が広がり所々に岩山が佇む荒野といった印象だ。比較的遠くの方に巨大な岩山も見える。
車内の運転席には俺、助手席にはカノ、肝心のトガクシはというと……
フラットにした後部座席の上の大量の荷物と天井との非常に狭い隙間に、まるでコンクリートの上で潰されたカエルのような格好で乗っている。というよりは
「オ、オイ……こりゃいくらなんでも扱いが酷すぎねえか?」
そんな拷問のような格好で喋りにくいのか、所々フゴフゴして非常に聞き取り辛い。
「すまんなトガクシ。でもしょうがないだろ、場所がそこしか無かったんだから。」
運転出来るのは俺だけ、カノは女の子という事で消去法で行くとその場所はもうトガクシしかあり得なかった訳だが、
これから案内をしてくれるという相手に対してはあまりにもな仕打ちだったかもしれない。
でもそれがトガクシなら何となくどうでもいいような気がした。
「トガクシ、面白いですね。ふふふ」
何の悪気も感じられない屈託のない笑顔でカノが笑っている。
「まあ嬢チャンが笑ってくれるならいいけどよ。フハハ」
トガクシのカノに対する態度はまるで、理解力がある親戚のお兄ちゃんといった印象だ。
「そういやずっと気になってたんだがよ。お前さんらそういう関係なのか?」
「ん?そういう関係って……?」
最初は意味が分からず思わず聞き返してしまう。
「だからよ、
「なっ」
顔が急に熱くなるのを感じた。
「なな何言ってるんだよ急に!そそそんな訳ないだろ!」
あからさまに狼狽える俺。残念だがこういう耐性は皆無だ。
「ほう……。そうなのか嬢チャン?」
何か含むような言い方をするとカノの方を向くトガクシ。
「た、頼むからそういう話をカノに振らないでくれ……」
呟くように懇願する俺。
「夫婦……って、お母さんとお父さんみたいなかんじですか?」
「まあざっくり言やあそうだな。で、どうなんだ?」
「えーっと……」
唇に手を当てて考え込むカノ。
「わたしはお母さんじゃないですし、ミノルはお父さんじゃないのでたぶん夫婦じゃありません」
恐らくそれはカノの頭の中で夫婦の関係というのを目一杯想像した結果だった。
「よくわからねえが……とにかく夫婦じゃねえんだな?じゃあこいつの事は好きなのか?」
やめろトガクシ、お願いだからやめてくれ……
「ミノルのことですか?もちろん好きですよ」
さらっと言うカノ。
「トガクシのことも好きです」
続けるカノ。
「そういう好きじゃねえんだがな……。やっぱ面白えな嬢チャンは。フハハ」
分かっていた。分かってはいたが地味に一人で胸を高鳴らせていた俺は、孤独だった――。
――眼前には大きな山が迫っていた。
いやそれは山というよりももはや、山脈だ。
山肌には乾いた草木がいくつも生い茂っているが見える。
トガクシから山の直前で車を停めるように促され、全員で降りた。
「よし、ここから入っていけば村に着くはずだ。だろ?嬢チャン。」
「はい。ここからならわたしも分かります」
二人はさも当然のように話しているが。
「も、もしかしてこの山を登るのか……?」
こうして目の前まで来るともはやどれ程高いのか広いのか、そしてどれ程深いのかが全く分からない。
「そうだ、この山の奥深くにカベ村があるはずだ。なんだビビってんのか?」
「い、いや、ビビってる訳じゃないけど山奥ってのは予想出来なかったから……」
とは言いながらも心の奥では正直後悔してしまっている自分がいた。
「ミノル、わたしの村はもうすぐですよ。行きましょう♪」
自分の村を紹介出来るのがそんなに嬉しいのだろうか。カノは目を潤わせている。
「うん……まあここまで来たら行くしかないよな。よし!カノの村も見てみたいし。」
不安で仕方が無かったが、トガクシもいる事だしなんとかなるだろう。
と思った矢先だった。
「ほんじゃ、オレはここら辺で抜けさせてもらうぜ」
飄々とした表情で平然と言い放つトガクシ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!村まで案内するって言ってたじゃないか!なんでそうなるんだよ!」
唐突に梯子を外されて戸惑う俺。
「確かに言ったけどよ、何も最後まで案内するって言った覚えはねえぜ。それに嬢チャンがいれば村まで行けるだろ。何にせよ俺の出番はもうねえよ」
「最後まで……ってそんなの詭弁だろ!?だいたいトガクシがいなくてどうやって村まで行けばいいんだ?どうやってカノを守ればいい――」
「おめえが守るんだよ」
急に冷静に言い放つトガクシ。
「おめえが嬢チャンを守るんだ」
その目はいつぞやの鋭いモノに変わっている。
「嬢チャンの村に行くって言ったのは誰だ?何で一緒に行くって言った?そんときおめえなりの覚悟があったからじゃねえのか?」
「そりゃ村までの道のりも、仮に村に辿り着いてもそう簡単には行かねえだろうさ。でも勘違いすんなよ。それはオレじゃなくおめえが言った事だ。おめえからは自分で言った言葉の責任がさっぱり伝わってこねえ」
「別に誰かに頼ってもいいがよ、その前に自分自身の言葉に責任持って覚悟決めるのが先ってもんじゃねえのか?」
息が詰まる。
何も言い返せない。
「もう一度言うが、ミノル。おめえがカノを“護る”んだ」
そう断言すると、再びトガクシの目が緩んだ。
「まあまるっきし責任のせの字もねえオレが言う事でもねえんだけどな。お前さんら見てると何だか言いたくなっちまってよ。」
「チッ」と舌打ちしながらはにかむように頭を掻いて俺たちに背を向ける彼。
「じゃあな、缶詰うまかったぜ。達者でなお二人さん。くれぐれも気い付けろよ」
そう告げると、煙草を吹かしながら去っていってしまった。
「ト、トガクシッ――」
今の俺にはトガクシの言葉を噛み締めてその場に佇む事しか出来なかった――。
ニート、家ごと跳ぶ。 黒鉄 @kuromaruz
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