第13話 新たな事実
「何が何だか分からんが……今のうちだッ!ズラかるぞッ!!」
化け物が倒れた隙を逃すまいとさっさと退却しようとするトガクシ。
その表情にはまだ緊迫感が漂っている。
「待ってくれトガクシ!多分もう……大丈夫なはずだ。」
緊張と安堵が入り混じったような表情で止める俺。
「大丈夫って……何が大丈夫なんだ!?」
「こいつらは多分もう死んでる」
「何だと……?|嘘だったら承知しねえからな……!」
緊迫から驚嘆、そして疑心へと目まぐるしく変わる彼の表情。
恐る恐る化け物を蹴って確かめる彼。
再生しようともピクリともしない化け物。
「コイツあ驚いた!本当に死んじまってるのか?一体どんな
安堵の表情を浮かべるトガクシ。
「からくり?トガクシ。からくりってなんですか?」
全力で話の腰を折りにくるカノ。
「何だ嬢チャン知らねえのか?まあそうか。うーむ、絡繰ってのはだな……風車とか水車とか……まあとにかく中に歯車みたいなもんが入っててよ、勝手に動くやつだ。まあ俺もよく分からねえけどな。」
その説明で到底カノが分かるとは思えなかった。知ってる俺ですら理解できない説明だ。
分かったのはどうやらこちらの世界にもカラクリという概念と言葉があるらしいという事だけだ。
「かってに動く……?もしかしてそれは中にこびとが入っていますか?」
「こびとか……面白え解釈だな。まあ見ようによってはそうかもな、フハハ。」
意外にもこの二人は通じ合っているらしい。
「そのこびとは――」
「カ、カノ……ちょっとその話はまた後で。トガクシ、さっき風車って言ってたけどこっちの世界にもそういうカラクリは結構あったりするもんなのか?」
カノの話を遮るように話し出す俺。
シュンとうなだれるカノ。
「ん?……ああ、まあこのあたりにはねえけどよ。港周辺はここらへんよりもずっと栄えてるから結構あるぜ。デカい船とかもあるしな。」
港?風車?デカい船?どういう事だ?
カノの話ではこの世界の住民はかなり原始的な生活スタイルのはずだ。
生活水準があまりにも違いすぎる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。カノから聞いた村と世界の状況と全然違うぞ……?通貨は?お金はあるのか?文字はあるのか?」
奥歯に何かがひっかかるような違和感を感じて思わず続けざまに尋ねてしまう。
「その前にまず俺から兄ちゃんにどうしても確認せにゃならん事がある。」
両指を交差して胸の前で組み、鋭い眼光で俺を見据えるトガクシ。
「その奇天烈な服、聞いたことのないデカい音を出すデカい塊、どう考えてもこの辺の奴とは思えねえ。それにさっきお前さんは『こっちの世界』と言った。こっちの世界ってなんだ?まるで違う世界から来たみてえな言い方だった。極めつけはお前さんの助言であの厄介なオニどもがあっさり死にやがったことだ。なぜ倒し方を知ってる?百歩譲って違う世界から来たって奴が俺らでも知らねえことを知ってるはずがねえ。どうにもまるっと全部腑に落ちねえんだよ。何を隠してやがる?一体お前さんは何モンだ?」
静かな口調ながら淡々と最後まで喋り切るトガクシ。
どうやらこの男は普段は適当に考えているようで実際はかなり頭が切れるようだ。
別にやましい事は何もないが、この凄まじい迫力でこうやって捲し立てられると自分が悪い事でもしているんじゃないかと萎縮してしまう。これが尋問というやつなのか。
「べべ、別に隠してたわけじゃない。き、聞かれなかったから答えなかっただけだ。」
平然を装いながら返答するが、完全に声が震えてしまっている。
「じゃあ全部答えて……くれねえか?」
分かりやすく動揺しているのが裏目に出てしまっているのか、更に凄むトガクシ。
そういう意味で動揺している訳じゃないのに……
「わ、分かった、話すから。」
どうせ信じないだろうが話す事にした。
――元々高い建物が立ち並びそのデカい塊がそこら中で動いている世界にいた事、朝起きたら見たこともないこちらの世界の景色が広がっていた事、そうなった原因が自分では全く分からない事、今までの経緯を包み隠さず全て話した。
ただ倒し方についてはゲームの説明から入るとかなり面倒だったし、自分でも確信が無かったため最初のガキを倒したときに偶然弱点のコアを見つけたという事にした。これも別に嘘という訳ではない。
「オイオイ……そんな話を信じろってのか?」
彼はものの見事に予想していた通りの反応を示す。俺ですら信じられない。
ふとカノを見ると面倒な長話に飽きたのか焚き火の前でスヤスヤと座りながら眠ってしまっていた。
「信じるも何も事実だ。今の俺はこれ以上の答えは持ってない。」
目を見据え今度は狼狽える事なくきっぱりと答える。
「う、嘘……言ってるようには見えねえな。クソッどうなってやがる……」
動揺するのはトガクシの番になったようだ。
とりあえずやっとこれで俺の本題に移ることが出来る。
「ところでだいぶ前の質問を繰り返すようだけど、この世界に文字やお金はあるのか?えーっと、つまり物と物を取引する時に使う薄くて小さい金属製のやつとか紙の事ね。」
カノの時と同様に出来るだけ丁寧に説明するよう心がける。
「オイ、そんなイチからジュウまで説かなくても金くらい分かるわバカにしてんのか。……ああもちろんあるぜ、硬い金属で出来てるヤツがな。」
「分かるのか!?というかあるのか!?」
通貨があるという事は一国があるという事。そして誰かが上に立ってそこを統治しているという事だ。
それだけでもだいぶ生活水準が高いという事が伺える。
「じゃあ文字は!?文字はあるのか!?文字っていうのは他人が他人に伝えるためのきご――」
「オメエやっぱりさっきからバカにしてんだろ!文字もあるわ!」
「文字もあるのか!」
と……やはりトガクシの話を聞けば聞くほどカノの話す世界の内容とかけ離れているような気がしてならなかった。
「トガクシ。カノはお金も文字もない世界だと言っていた。同じ世界なのにどうしてここまで違うんだ?」
「待て待て早まんな、今の話は全部そこでの話だ。そこはこの大陸の中心だから別格なんだよ。それ以外の街や村はそんなに賑わってねえ。文字も金もまだまだ流通はしてねえだろうな。」
「そうなのか?まだ発展途上なんだな」
「とはいえ……な。」
トガクシは急に神妙な面持ちになる。
「このあたり……特にあの村は色々と……特殊なんだよ。詳しい事情は知らんが恐らく嬢チャンにとってはあの村が自分の世界の全てなんだろうよ。」
そう呟いてカノを見るトガクシの目は少し憐れんでいるかのように感じた。
「それってどういう――」
「まあ実際に村に行って確かめてみるこったな。さてオレはもう寝るぜ。」
そう言い残すとトガクシはこちらに背中を向けて横になって寝てしまった。
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